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手を出してはならないモノ

「弁明したいことはありますか?」


「ありません」


「……貴方のやったことは、到底許されるものではありません。そこのところ、分かってらっしゃる?」


「返す言葉もありません」


 そんな誠意の欠片もない言葉を真面目ぶって言われ、ふう、とアロマはため息をつく。


 自分は目の前の男に、確かに辛く当たっていた。

 しかし、それも全てはクリスのことを思ってのこと、ひいてはディアボロのことを思っての行動だ。

 決して私怨のみで動いていたわけではない。


 ……とは言え、それに対してこの男がどの様な心証を持つかなど分かりきっていた事ではあるのだ。

 恨まれるのは当然だし、そこに対して言い訳をする気も毛頭無い。


 だからと言っても。


「我が領土では公営の物を除き賭博を禁じておりますわ。本来なら貴方、縛り首よ」

「みんな貧乏が悪いんです。銀シャリが食いとうて、オラ……」

「言い訳しないの。弁明はないと言ったのならば」

「……分かりました。僕のやった事が罪と言うならば、甘んじて受けましょう」


 そう、土下座したままの体勢でこの男はのたまった。

 こちらが罰せないのを分かった上で、こいつは口にしているに違いない。


「ですがどうか、どうか! 陛下をはじめ、エルちゃん、ガロンさん、ピュリアさん、ほか百二十四名の方々のお命だけは! お命だけはお救いください!」


 これだよ。


 この馬鹿につられて、馬鹿殿を筆頭にウチの子達が悪い遊びを覚えてしまった。


 クリス。

 貴女、カリスマと知恵が比例してないのよ。

 なんでこんな面倒なこと持ってくるの?

 この間のこいつを賭けたのとは違うのよ、金銭の絡んだ賭け事なんてしちゃ駄目って言ったでしょ?

 ギャンブルなんて不良のする事だって教えてあげたでしょ?

 国家の崩壊はそういう所から始まるのよ?

 なんでやるの?


 エルちゃん。

 貴女はまだ幼いけれど、それでもやっていい事と悪いことの分別くらいつくでしょうに。

 お尻ぺんぺんじゃ済まさないわよ。


 ガロン。

 もう金輪際貴女にお金は渡しません。

 ウチから出る貴女の給料は全部私が管理します。

 使った額と内容もご実家に報告しますからね。


 ピュリア。

 貴様の首は高く掲げてやる。

 ナインと共謀してやってたんだから論外。




 ――何故こんなことになったか……はさほど重要ではない。


 単純にコイツの供述どおり、食費欲しさの犯行らしい。


 確かに給料は最下層だけれど、とは言え支度金も含めれば、飢えない程度には渡していたはずであるが……まあ、それはいい。


 繰り返すが、何故この様なことになったのかは重要ではない。


 重要ではないが、今後この様な事が起きないように問題を整理する必要はある。



 そもそもこの問題は、コイツにウチの魔族達がお金を巻き上げられていたことから判明した。


 最初は、健啖家……と言うと言葉が優しすぎるからこう言うしかない、大食漢のガロンが妙にひもじそうな顔をするようになった辺りから違和感はあったのだ。


 家柄の割りには食べるものの質より量、という良家らしからぬ彼女であったが、持ち合わせに不自由があるとは聞いたことが無い。


 不審に思って問い詰めてみるも、


「なんでもない」


 と繰り返すだけ。


 ただ、去り際に、


「あそこで止めときゃあな、あそこまでは良かったんだよな……」


 と一人ごちていたのは覚えている。



 次にエルちゃん。


 最近移動する度にナインを馬にしていたから、あまりにはしたない為たしなめた際、彼女はこう返事をしていた。


「勝者のとっけーん」




 その他、冬場と言う外に出るには面倒で娯楽も少ない時期に、妙に他の魔族たちもソワソワするのが目立つようになり、特に私の姿を見ると、


「ヤベッ、隠せ隠せ」


 みたいな仕草をする様になるに至り、流石にこれはおかしいと感じたところでクリスが決定打をかましてくれた。



 どうにも沈んだ様子の彼女が執務室に来た時、私は思わずこう声を掛けた。


「どうしました陛下。何かお悩み事ですか」

「ん、んむ、実は少し相談があってな」

「どうしたんです歯切れの悪い。このアロマになんでも話してくださいな」


「………いか?」


 小さすぎて聞こえなかった。

 セルフィでもあるまいに、もっとはっきり話せばいいのに。


 そう言うと、彼女は。


「怒らないか?」

「怒りませんよ。何を怒るというのですか、貴女は王なんですよ?」

「そうか、そうだな……うん、余は何を迷っていたんだろう」



 晴れやかな顔で、迷いを断ち切った顔で、クリスはこう続けた。


「アロマ、お小遣いをくれ」


 仮にも王が。


 一臣下に金の無心を。


 私は泣いた。


 泣いて、クリスの頭を引っぱたき、彼女の部屋へ有無を言わさず足を運んだ。


「お、怒らないって、怒らないって言っただろう、言ったのに!」

「物事には限度があります。世の中には嘘もあります。覚えておきなさい」

「お、お前もあの山猿とおんなじだ! アロマも余を騙すのか!」


 なんですって。

 あの人間と同じ。

 同じ?

 この私が?


 振り向いた。


「ひぅ」


 察してくれたのだろう、クリスは引きつった声を出した後、私に引きずられるままに部屋に向かう。




 彼女の部屋には、価値ある陶器、家具、ティーセット、宝石の他、有事の際に金に換えることのできる様々なモノが蓄えてある。

 勿論国庫とは別だが、ここの金庫には先に挙げたものの他にも十分以上の資産、資金が残っていたはずである。


 表情はあまり動かずとも、あわあわとうろたえる彼女をおいて、部屋を開けると。


 何も無かった。


 天蓋つきのベッドも、絨毯も、シャンデリアも、インテリアも、鏡台もなくなっていた。


 そこにあったのは、広々としたディアボロ領を一望できる窓がある部屋にポツンと居座る、ちゃぶ台と、鮭を咥えた熊の置物。あと、クリスのお気に入りのぬいぐるみ。


 それだけだった。


 それだけだったのだ。



「クリス」


「なんだ」


「座りなさい」


「はい」


 そう返事をして、ちゃぶ台に座り込んだ彼女を蹴り飛ばした。


「痛いぞ」


「正座」


「はい」


 表情だけは毅然としているが、不安げに熊の置物を手慰みとして撫で回していた。


「クリス」


「はい」


「説明しなさい」


「……はい」





 ――クリスの言い訳は長い。


『無限』の二つ名に相応しいほどに長い。

 それは昔からの付き合いだ、知っている。


 話が脱線する度に蹴りを入れて修正する必要があるのもまあ、構わない。


 だが、この笑い話にも成らない事態は、余りに大事になっていた。



 ――最初は陛下があの人間に与えたペナルティから始まった事らしい。


『余の脚を舐めよ。貴様は減点が十を超える度に、余への忠誠を新たにせよ』


『はい、喜んで』


 一通り脚を舐めさせた後。

 というか、あの人間が指の股に舌を這わせる度に何か下腹に得体の知れないむずむずが湧き上がってきたので、むりやり止めさせた後に(二度とやらせない様に厳重に陛下には注意した)。


『もちろんこれだけでは済まさんぞ。そうさな……何か余を喜ばせる余興をしてみるがいい。最初の罰だからな、この程度でも良かろう……無論、下らぬものであればその首が残らぬものと知れ』


『……ならば、じゃんけんで』


『良い覚悟だ。死ぬが良い』


『待って待って待ってくっださいな! 十連勝! 陛下、僕、陛下に十連勝をしてみせましょう。こんな趣向ならいかがです?』


『……面白い。ならば、一回毎に手の指を賭けてもらおう。余に向かってこのような条件を出したのだ、それ位の覚悟はあろうな』


『……はい、もちろんです』


『良し、ならばその覚悟に免じて、ペナルティの場ではあるが達成した暁には褒美をくれてやろう。何でも一つ申してみるが良い』


『ありがとうございます! ならば、この部屋にあるモノを一つ頂きたく存じます!』


『……ふふ、身の程知らずな。ここにある物は、いずれも貴様如きでは手に入れること適わぬ逸品だというのに……掴む指も残してやらんからな』





「……それで?」


「全敗した。びっくりした」


「びっくりしたじゃ有りませんよ! なんで貴女はそう調子に乗るんです! そもそもペナルティのはずなのになんで貴女がモノを失う話になってるんですか」


「……そう言えばそうだな。何故であろうか」


「貴女が調子に乗ったからです! もう一度言いますよ、貴女が、調子に、乗ったから! このお馬鹿!」


「それは言い過ぎではあるまいか。余だって怒るときは怒るぞ」


「……おいクリ坊、ええ加減にしいや。ワシ怒らしたんは誰か分かってそがいな口利きよるんか」


「こ、怖いぞアロマ。その口調はずるい。それに、恥ずかしいからもうしないって」


「ああ?」


「すまぬ……すまぬ……ごめんなさい……」


「……で? 取られたにしても一つだけじゃなかったんですか?」


「余が求められた」


「はあ?」


「だから、余が求められたのだ。流石に拒否したのだが」


「当たり前! 当たり前です! あいつ何考えてるの!?」


「……そうだな、それが当然だ。怒るのが普通だ。何故だろう、何故余はあの時、奴を無礼討ちにしなかったのか」


「全くですよ。そんな口を利いたならば、殺してしまえば良かったのに」


 私の面倒もなくなったのに。


「それが……腹は立ったのだが、何故かそういう発想が出来なかった、ただ……ああ、駄目だ。アロマ、少し頭を冷やしていいか」


「……? 陛下、まだ話は終わっていませんよ」


「……余りにも、腹が立ってきた。山猿の分際であのような事を、余に向かって……何故余は奴を生かしておいたんだ……?」

 


 分からん、と一言呟いて、


「一刻程時間を置いて、また来てくれ。少し、冷静になって整理してみる」


 そんな言葉を残し、陛下は今やちゃぶ台と置物しかない部屋から私を追い出した。





「……冷静になるも何も」


 ギャンブルで、部屋の中のモノ全部巻き上げられたんでしょうが。


 頭冷やすタイミングが遅すぎるんですけど。


 とは言え、まあ落ち着いて状況を話してくれるなら少し位時間を与えるのは悪いことではない。


 その間にエルちゃんにも話を聞いてみたが、何故かエルちゃんは勝ち越しており、特に失うモノはなかったらしい。

 というか、この娘は大した物を賭けてはいなかったみたいで。

 とりあえず、関係者全員から話を聞いてからお仕置きしようと考えていたけれど。



 部屋を出る前の彼女の台詞を思い出す。


『ねえアロマ。あの子、やっぱり面白いでしょ?』


 面白い面白くないの話ではない。何より私にとっては面白くない。


『お姉様、なんで勝てないのか不思議がってたんじゃない?』


 ……それよりは、なんで自分が怒らなかったのかを不思議がっていたんですけれど。


『……うふ。ならやっぱりお姉様も……アロマも、ちゃんと自分で考えないとね。だって』


『疑問と回答を繰り返すことで、真実に近付くことができるんだから』



 そう、おしゃまに嘯くエルちゃんが、妙に癇に触った。



 ――約束どおり一刻後に陛下の部屋に行くと、クリスがまたちゃぶ台に座っていたから正座させた。

 

 彼女ももう自分の感情に整理が付けられたようで、その後は淡々と話を続けた。


 とは言え、くだらないくせに未だに長々と続く話ではあったのだ。



 陛下自身の代わりにベッドを取られたのが皮切りであった、と言う。

 しかもその際は、陛下自身→身に付けている下着→普段抱き枕に使っているぬいぐるみ→ベッドという逆スライドな交渉を行った上での事らしかった。


 バカじゃないの。ほんとバカじゃないの。

 ヤクザのやり口にすらなってないじゃないの。


 まあ、それはそれとして、後に引けなくなった陛下がその後もちょくちょく同じ条件で賭けを行い、その度に部屋の物の数は減っていってしまい。


 次いで、偶々その現場に出くわしたエルちゃんが真似をしたところあっさりエルちゃんがあいつに勝ってしまったものだからなおさら陛下は頭に血が昇ってしまい。


 エルちゃんから話を聞いたガロンが参戦し、陛下同様に(元々ガロンはギャンブルに向いた性格ではないのに)はまってしまい、じゃんけん以外にもカードゲームなどをやるに至り、負けが込んで夕食をたかられていたとの事。


 仕舞いにはそれを聞きつけたピュリアと一緒に、ナイン達が胴元となり、じゃんけんや簡単なゲームに留まらず、賭場を開催し始めてしまったという。


「ほら、余は悪くなかろうが」


「どの口でそんな事を言っているの!」


「みんなあいつが悪い。余は悪くない」


 そう言って立ち上がろうとするクリス。


「誰が足崩して良いって言いました?」


「……も、もう痺れが限界だ、これ以上は無理」


「無理。良い言葉を聞けましたわ。それを口にしている内はまだまだ大丈夫ってことが分かりますから……あ、魔法を使ってズルしても駄目よ」


「アロマ、お前は鬼畜だぞ」


「お黙り」


「余に向かって黙れとはなんだ! 余が誰か分かっているのか!」


「裸の王様に傅く者はおりません。この一文無し!」


「ひ、ひどいぞひどいぞ。マーちんの馬鹿!」


「ひどいのはクリ坊の方じゃない! 何よ、私が忙しいの知っててこんな、こんな面倒なことばっかり持ってきて! あんたが率先してそんなお馬鹿やってたら、下に示しがつかないって分かんないの!?」


「ぐぬぬ」


「もしこれであの人間を罰することになったら、アンタのお馬鹿がアグスタどころか世界中に漏れるかもしれないでしょ! ウチは一応法治国家なんだからね! 万が一『シャイターン』とか『ヴェーダ』の駐在武官に知られたら、物笑いの種じゃ済まないのよ!」


「こ、声が大きいぞ。その大声でばれるかもしれん」


「アンタが! 大声を! 出させてるんじゃないの!」


 はあ、はあ、はあ。

 ふう。


 …………よし、落ち着いた。


「……とりあえず。あの人間にかっぱがれた物は私が取り返してきますから。陛下はもうこんなことはしないとこの場で誓ってください」


「……王が奴隷などに敗北したままで良いと言うのかアロマ。これは余のプライドの問題で」


「そんなくだらねえプライドなんか犬に食わせちまえ!」


「はうう」


「……他に、この件に関与したものにも事情を聞いて。二度とこんな不祥事がないようにします。よろしいですね」


「…………」


「いいな?」


「はい」


「それに、こんなつまらないことで敗北も何もありませんよ。変な所で劣等感を植え付けられるから体を求められて怒ることも出来なくなるんです」


「……んぅ、どうも、やっぱり多分そうなのだろうな」


「? なんです、歯切れの悪い」


「……いや、なんでもない」



 クリステラは首を捻る。


 指の一振りで命を奪える筈の人間に、何故……自覚したくは無いが、あの時下手に出るような真似をしてしまったのだろう。


 そもそも奴とは対等でないはずなのに。

 ここまで自分は愚かではなかった筈なのに。


 確かに、あれに執着しているところはある。

 そこは認めざるを得ない。


 しかし、それにしてもこのクリステラが逆らえなくなることなど、両親とアロマを除いて今までただの一度も無かったのに。

 賭けに負けようが、首をはねると脅せば済んだだけの話だった筈なのに。


 何故だろうか。










 ――ようやく一割ってところかしら――


 ――順調といえば順調なのだけれど――


 ――ナイン。安全圏には程遠いわよ。少し下手を打てば、簡単に貴方の命は費える――


 ――次はもうちょっと上手くやりなさい――


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