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独占欲

 部屋で二人きりになり、ガロンさんは開口一番はこう言った。


「随分、ピュリアと仲良くなったんだな」


 仲良くなった。


 確かにそうなのだが、所詮僕は人間である。


 アグスタと言う、目の前の人狼も含め彼女達のような化け物達の領土で生きる為に、ピュリアさん達をティア様の力で僕の地獄に巻き込んだに過ぎない。


 だが、それは結局ガロンさんの質問を否定する要素には全くならないので僕は阿呆のようにこう返すのみだ。


「はい、仲良くなれました」

「ふうん」


 彼女らしからず、そんな気のない返事が返ってきた。


 自分から聞いた癖にと思わなくもないが、どうもいつもと雰囲気が違うものだからこっちとしても言葉を繋げるのにためらってしまう。


 結果、良く分からない気まずい空気が生まれてしまった。


 ガロンさんはこっちを見ないまま床に胡坐をかいてしまうし、座って良いともなんとも言われていない僕は馬鹿みたいに立ち尽くすのみで、パタン、パタンと言うゆったりしたリズムで彼女の尻尾が地面を叩くのを聞いている事しかできなかった。



 五分ほど、そのままでいただろうか。


「おいナイン。あいつはオレの直属じゃねえが、ただの偵察員だ」

「はあ」


 あいつ、とはピュリアさんのことを指すのだろうが、いきなりなんの話だろう。


「人間よりはそりゃあ強いだろうが、力の強さで言ったらまあウチじゃ下のほうだな」

「そうですか」


 そうとしか言いようが無い。

 ガロンさんは、何の話をしているんだろう。


「……そう言や、お前は一ヶ月間あいつと一緒にいたんだよな。ティアマリアで」

「ええ。良いパートナーでした」

「違うだろ。あいつはただの監視者だ。履き違えんなよ」


 そうでした。


 下手にピュリアさんが手伝ってくれました、なんて言っちゃまずいな、迷惑がかかっちゃうかも。


「さっき、あいつ言ってたな。アリスがどうとか。アロマの腰巾着のアリス・クラックスのことか?」

「えーと、あー、まあ、多分そうです」


 さっきからなんなんだよもう。

 ガロンさんらしくないなあ。


「いつあいつと知り合ったんだ? あいつ、諜報の関係だろ?」

「ひょんな事で知り合いまして」


 なにこの追求、意味が分かんない。

 なんだっての。


「ひょんなことじゃ分かんねえよ、教えろ」


 流石にイライラしてきた。


「ちょっとしつこいですよ。なんでそんなに食い下がるんですか、僕の事なんかどうでもいいでしょうに」


「あ?」


 空気が、変わった。


「オレが質問してんのに、なんで答えねえんだ、おい? やましい事でもあんのかよ」

「ひいい」


 なにこれ。


 ちょっと待って、なんかこの雰囲気、デジャブなんですけど。

 嫌な予感がプンプンする。

 なにこれ、ちょちょ、え、嘘ちょっと待って。


「ほほ、ほんとに、たまたま話すようになって、ちょっと顔を知ってもらっただけですよ?」


 う、嘘だけど。


「……はあん。まあいい。あいつも所詮はネズミみてえなモンだからな」

「ネズミって……僕は全然分かりませんが、結構重要な役回りでしょう? 情報扱うのって、軍では凄い大役じゃ……」

「いいんだよそんなこたあ。オレよか弱い、ってことが重要なんだ」


 へあ。何言ってんの。

 何言ってんの、この人?


「が、ガロンさん。あ、あんまり仲間のことをそういう物差しで判断するのは……よろしくないかと……思いますが」


 そう言うと、ガロンさんは僕をその鋭い目つきで、座ったままの上目遣いで睨み付けた。


「ちげえだろ」


「えっ」


「お母さん、だろうがよ……。ここには今、他に誰も居ないんだぞ……?」



 助けてティアえもん!

 ガロンさんがおかしいの!


 ――わ、私もちょっとこれ、予想外――


 てぃ、ティア様がなんかしたんじゃないの?

 でもガロンさんとは契約してないし……。


 ――ま、まあお母さん云々は貴方が刷り込んじゃったことだし。存分に甘えてみるっていうのはどうかしら――?



 だだだ大丈夫なのこれ。

 いや、普段どおりのガロンさんだったら喜んで甘えるかもしんないけど、今結構やばくない?


 ――やれば出来る。良い言葉ね。私達にチャレンジ精神の大切さを教えてくれる――


 答えになってねえんだよお。

 ティア様は本当に適当な女だよ!

 そんなんだから冬眠した後に食料の貯蔵場所を忘れて、涙目で僕に手伝いを頼む羽目になるんだ!



 ひどいひどい、忘れてって言ったのに、と騒ぐティア様を置いて、僕は現実の問題に取り組むことに決めた。


「おい、聞いてんのかナイン」

「もも勿論。ごめんなさい、母さん」

「……ふ、くく。母さんか。そうだな、やっぱりその響き、割と悪くねえもんだ」


 そう言ってガロンさんは立ち上がると、僕の後ろに回りこんできた。


 何する気?


 や、やめて、誰か男の人呼んで!


「なあ、ママって呼んでもいいんだぞ」


 両肩に手を置かれて、上の方から照れくさそうに、そんな声が降ってきた。


「そそそそれは流石にご遠慮いたします」

「そっか」


 そこの辺りには余り拘りがないんですね。助かります。


「……お前は弱いんだから。守ってやる奴が必要なのは分かるか? ちゃんとお嬢が世界を手に入れるまで死なないって、オレと約束したのは覚えてるだろ?」


「……ええ。僕と母さんの、大切な約束ですよね」


「ん、くくく。そうだな、オレとお前だけで結んだ、大事な約束だ」


 嬉しげに含み笑いを一つしたガロン母さんは、そのまま僕の後ろに座り込んで、両腕を僕のお腹に絡めてきた。


 蛇が絡み付いてきた、そんなイメージがよぎる。

 蛇はティア様なのに。

 ガロン母さんは、ただの幼い子犬さんだった、はずなのに。


「ピュリアもアリスも、その役目にはちょっと役者が不足してるんだよ……なあ、オレが言いたい事、分かっかなあ……?」


「ええと、ええと! ところで! 今日の勉強は何をやるご予定で……?」


「今日はオリエンテーションさ。久しぶりの講義だからな。お互いを改めてちゃんと知っとこうぜ」


 そう言って、彼女は両足まで絡めてきた。


 ちょっと、この子犬さん大丈夫?

 なんかもしかして発情してない?


 大丈夫なのこれ?


「……この一ヶ月、ピュリアと一緒にいたんだろ? 変な事はしてないよな?」


「へ、変な事と言いますと」


「バッカやろ、言えるかよそんな事!」


 照れるのかよ。


 人をそんな誘ってるようなマネしといてさあ、もうガロン母さんの事が分かんないよ!


「……別に、ピュリアさんと……そういう事は無かったですよ」


 結構ギリギリでしたけど。

 毎晩毎晩ベッドにもぐりこんでくるあの小鳥さんは、僕の理性をガンガンに削ってくれましたけど。

 耐えたよ、耐えましたとも。


 何せあの痴女は、こっちが我慢の限界に至ったと見るとふいっと姿を隠すのだ。


 本当に悪女。


 まあいいけどね。

 肉欲だけが愛じゃないし。


「……お前にはまだそういうのは必要ねえよ。ガキなんだからさ」


 僕もう二十二歳だよ!

 必要ねえってことはねえだろ。


 ひどいひどい。

 そろそろ童貞脱出したいんだよ。

 出来ればクリスで卒業したいけど。


「そうさ、お前だってもう分かっただろ? あんな泣きそうな声でよ、母さん母さんって。お前は、まだオレの腕の中にいりゃあ良いんだよ」


 ……先日の、彼女が僕にお母さんと呼べ、と言った後の事だ。


 結局その時はおっぱいは吸わせてもらえなかったものの……ああ残念、残念極まるが、それは置いといて、彼女に抱きついて暫く甘えさせてもらった。


 人肌を感じながら母を呼ぶのは、僕にとって何より安心する行為だった。

 七年前までティア様には毎晩のようにお願いしていたことだが、本当に久しぶりで、気持ちよくて。

 ティア様は蛇らしくちょっと体温が低かったのはご愛嬌。


 それでも、その時も僕は、泣くことが出来なかった。


 この十年間、一度も泣けた覚えがなくて。

 あの時は泣けるかな、と思ったけれど、やっぱり駄目だった。


 ……それはつまり、まだ足りない(・・・・・・)、と言うことだ。


 早く僕は家族を取り戻さないと。


 ガロン母さんは、思索にふける僕を放って首筋に鼻をうずめると、すんすん匂いを嗅ぎだした。


 超恥ずかしい。


 しかも、すごいくすぐったい。

 やめてえ。


「……お前、なんか鳥くせえな。それにエルとお嬢の匂いもする」


 鳥くさいて。酷い言い方ですね。


「……ピュリアさんとはさっきまで一緒でしたし。でも、魔王様とエルちゃんは昨日話しただけですよ? 朝にはちゃんと水浴びしていますし」

「今度からはもっとちゃんと体洗え。気になるし、それに」


 気にくわねえ。


 そう付け加えて彼女は体を離すと……体を軽く揺すり始めた。


 貧乏揺すりかと思ったけど、なんか……違う。


 段々、腰元をこちらに擦り付けてくるような動きに変化して、手は僕の胴に回して握り締め、太腿は熱を帯びてきている。


 一旦離したはずの体幹も、擦り付けて……やめて、おっぱい凄い当たってる。

 当たってるっつうの。


「ねえ、ちょっと勘弁してくださいよ。誘ってるんですか、これ?」


「バーカ、お前にはそーいうの、まだ早えって言ったろ? ……お前が誰のもんか分かりやすくしてやってるだけだ」


 ……おい、もしかしてこれ。まさかとは思うんだけど。

 考えたくないんだけど。


 マーキングって奴じゃねえだろうな。


 ――犬は、自分の物だと示すために匂い付けでマーキングするって言いますよね――


 あっばばばばば黙ってお願いティア様やめてえ!

 もうやめ!

 考えたくない!


「お前を認めてやれるのも、守ってやれるのも。オレだけさ。オレだけなんだ」

「……その気持ちは、めちゃくちゃ嬉しいんですけどね」


 本当に。

 ここまで執着してくれるのは本当に、予想外だ。

 ティア様は何もしていないって言うけど、正直信じられない。


 ピュリアさんも、アリスさんも、ティア様の契約で心を縛っているようなものなのに。

 なんでガロンさんは、付き合いの短い僕なんかにこんなに気を向けてくれてるんだろうか。


 ……もしかしたら、彼女にもなんかしらの心の隙間があったのかもしれない。


 だってこんなの、絶対に異常だ。


 こちらとしても、例え獣人であっても、豊満な女性にこんな事をされていれば当然正常な反応を示してしまう訳で、でもきっと彼女が『母さん』と言う言葉に執着している様子を鑑みるに、あまり男女的なニュアンスの意識を持っていないのではないか。


 彼女は僕を幼いといったけれど、彼女自身も幼いという印象は未だに拭えていないのだ。


 そしてそれはきっと間違っていない。

 彼女も、どこかに自分というものを置き忘れてきてしまったのだろう。

 そして、僕を代償にそれを必死に取り返そうとしている。


 哀れだ。


 僕なんかに、僕みたいな奴にそんな風に同情される彼女は、哀れだ。


 そしてそんな事を暢気に評している僕は、この上なく滑稽な男である。


「なあ、司祭服なんか似合わねえって。別の着ろよ」

「これしか無いんですからしょうがないじゃないですか」

「じゃあ、オレの服くれてやる。前やった上着と合う奴。男もんだから大丈夫だろ?」

「……すごい恥ずかしいこと言ってるの、気付いてます?」

「オレはお前の母親なんだろ、別に恥ずかしかねえさ。下着のシャツもやるよ、ズボンも」

「……使えと?」

「ああ、ちゃんと使えよ?」


 これ、変な事に使えって言われてるようなもんだよねえ。


 でも彼女の表情を見るに、単純に着るために使えって事なんだろうけど。

 この人はこの人で、ピュリアさんと違う方向で天然にエロいよなあ。


 ……まさかこれも、マーキング行為の一種?

 自分の匂いのついたモノを身に付けろって事?


 思わず総毛立ち、振り返ってガロンさんの目を改めて見てみたが、きょとんとした表情を向けるだけだ。


 無意識かよ。なんて女だ。



 ……まあ、ともあれ。


 彼女はお母さんごっこを楽しんでいる。

 それは間違いないようだから。


 僕もこの行為と気持ちが嬉しいことには間違いないし。

 暫くは、お互いに利益のある傷の舐めあいを堪能するとしよう。


 うん、だから、このおままごとに付き合うのは全くやぶさかではない。


「なあ、こないだはさせてやんなかったし、今日はまだ風呂入ってねえから恥ずかしいけどよ……今度、胸、ちょっと吸ってみるか?」




 やぶさかではない。






――――――――――





 ――やぶさかではないガロンさんとのままごとタイムも終了の運びとなり、部屋を出て、自分の寝室である牢獄に向かう。


 ここ最近は、割とハートフルでハームフルな日が続いている。


 エルちゃんにピュリアさんにガロン母さん、彼女らにやられっぱなしである。

 されど、これは余りよろしくない。

 主導権を握られるのは嫌いではないが、このままでは非常に都合がよろしくない。


 僕が彼女達を僕の地獄に付き合わせるのだ。


 彼女達が自分の意思でこちら側に来るのは余り好ましくない。


 履き違えてはならない。


 特にガロンさんだ。

 契約も無しにここまで懐いてしまうのは駄目だ、僕の罪悪感が薄まってしまう。


 僕は小心な屑なのだ。

 このままでは、簡単に居心地のいいぬるま湯に浸ってしまうことになる。


 彼女が自分でこちらに来るのを許容してしまっては、僕はそれこそ自分で自分を許せなくなる。


 ガロンさんが教えてくれた、『愛して、愛されて』なんて、そんなのは駄目だってティア様が言ってた。


 子犬さんの教えは忘れなさいって。

 そうしなれば、僕の目的は果たせないって。

 僕は与える者にならなければいけないのだからって。


 愛情っていうのは、きちんと相手以上に与えなきゃいけない。

 貰うことを求めてはいけない。


 ガロンさんはそんなものは愛じゃないって言ったけど、これだって立派な愛なんだよきっと。


 だってこれが、ティア様が僕にプレゼントしてくれた『まほう』の本質だもの。


 僕をこれまで生かしてくれた教えだもの。


 愛がなければ生きられない。


 僕はウサギさん、ひひひ。

 寂しいと死んじゃう、くくふふふはは。


 死ぬまで愛を搾り出してやる、搾り出して出なくなっても、雑巾みたいに搾り出す。


 自分の根っこまで搾り取る。



 もっと、もっと、もっと。僕は彼女達を愛せますように。




 ……うああ、でも愛されたいよう。




 ――それは駄目よ、もういらないの。捨てなさい――



 …… されたい。   たい。よし出てこないな、忘れた。

 削除しました、ティア様。



 で、ええと、なんだっけ。

 そうそう、彼女達が、僕をとびっきり憎んでくれますように。


 憎まれても、僕は、彼女達をどこまでも愛せます。

 愛します。愛しますように。


 自虐と罪悪感、贖罪、偽善、快楽、屈辱、苦痛、優越感、正気と狂気の狭間。


 バランスだ。


 バランスが重要なんだから。


 そこから愛を搾り出せ。


 くひゃぁははは。


 ひひ。


 あーあーあー。



 ……うん、これで良し。


 調整終了、これでもう大丈夫。

 彼女達の愛憎より、きっともっとずっとおっきな愛を与えることが出来るぅよ、ね、えへへ。


 大丈夫大丈夫、みんな愛してあげますよ、みんなね。


 ね、ティア様?


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