想起
「まあ、ご苦労、とだけ言っておく」
条件を達成した翌日。
魔王様に呼び出されて、アロマ様に射殺されそうな目線で睨まれながら、僕は王座の前でひれ伏していた。
「これで貴様も晴れて余の下僕になれたと言う事だ。どうだ、嬉しいだろう?」
「はい、身に余る光栄です」
「ふん」
鼻で笑うクリス。
この野郎。
「とは言え、そこそこ頑張ったようだしな。こっちに来い、褒美をくれてやる」
「へへえ」
てこてこと彼女の目の前まで近寄っていくと、クリスは右手の人差し指を立てて、それを下に向けた。
「這いつくばれ」
「……はい」
「ちょっと姫様、何するつもりですか」
「アロマは黙っていろ。あと、姫様はやめろ」
とりあえず言われたとおり、四つん這いになる。
クリスを上目遣いに見ると、無表情の中に、楽しげな光が一瞬浮かんだのが分かった。
「余の脚を舐めろ。それをもって、忠誠の証とする」
「ちょちょちょ」
「変な声を上げるな。お前は昔から落ち着きが無いな、宰相殿」
そう言って、クリスは一つ笑み、組んだままの右足をプラプラと僕の目の前で揺らす。
「…………」
「どうした? ガロンの脚は舐められても、余の脚は舐められんか?」
「…………」
クリスの脚を捧げ持とうとしたら、顎を蹴りつけられた。
「手を使うな。まずは口で靴を脱がせろ」
「はい」
靴紐を咥えてほどき、彼女の靴を丁寧に脱がせる。
「靴下もだ。歯を当ててみろ、その場で首を落としてやるぞ?」
舌を脚と靴下の間に差し込み、純白のその布を咥えて、ゆっくりと引きずり落としていく
しみ一つ無い、人間ではありえないような、白い素足が目に映った。
「ほら、どうした。まずは指先からだ」
「…………は、い」
…………久しく思い出していなかった、この感覚を何と呼ぶか、僕は知っている。
屈辱だ。
ヘラヘラして、自分を騙し騙しやっていた道化も、いざこの女を前にするとどうしても保つことが難しい。
アグスタに来たばかりの時は平気で出来たのに、この間、ティアマリアへの行きがけの駄賃で墓参りをしてしまったのがまずかったのかもしれない。
ここに奴隷として買われたときとは違い、長らくあの自分が置いた石碑の前で色々考えてしまった所為か、初心が少し蘇ってしまった。
指先を口ではみ、舌を這わせると、少し塩の味がした。
……魔族も、汗の成分は人と同じなんだろうか。
「休むな。指の股まで綺麗にせよ。それこそ、塵一つ残さずな」
「えろ。ん……はい」
舐めて、しゃぶって、爪と指の隙間まで念入りに綺麗にして、足裏に舌を這わすと、震えているのが伝わった。
「ん……ふ、山猿らしい、こういうのは得意なのだな」
「……ありがとうございます」
最後に、かかとを通ってくるぶしまで一舐めして、僕は顔を離した。
「姿勢を崩すなよ」
口の中に残る、彼女の味を意識しないようにしていると、背中に柔らかな重みがかかった。
「貴様には厨房と厠掃除の代わりに、新しい仕事をくれてやる。余が呼んだらすぐに来い、椅子にしてやるからな」
「ちょっと、陛下! いい加減にしてくださいな」
「黙っていろと言ったぞ、アロマ」
「いいえ黙りません! そんな人間などと戯れる暇があれば、公務をなさってください!」
「これからするさ。新しい椅子は存外座り心地は悪くない。捗りそうだ」
そんな会話が上方からされているのを聞きながら、僕は、自分が今どうなっているのかを改めて自覚した。
お母さんを。
お父さんを。
村の皆を殺した奴が今、僕に触れている。
僕を尻で下敷きにして、笑っている。
僕を見下しているんだ。
許せるか?
許すんだ。
愛せるか?
愛するんだ。
愛さなきゃ。
僕を馬鹿にして、見下している女、魔王。
魔王、クリステラ。
僕は、ただの人間だから。
彼女を、愛さなければいけない。
幸せだ。
彼女に乗ってもらえて、幸せだなあ。
僕は今、幸せに違いない。
愛してる。幸せ。
愛してあげる。
僕は今、幸せなんだ。
ろしてやる。
違う。
愛して ろしてやる。
愛。愛 ろしてやる。こ してやる。
愛して、愛してやる。
愛してやる。
そうそう、あっはは、僕は、彼女を愛しているんだ。
愛しているんだってば。
僕は彼女を愛しているんだ。
僕はもう、ナインなんだから。
ああ、うん。
ちょっと駄目だ。
まだ彼女を愛するには心もとないな。
ガロン母さんだけじゃ足りないや。
そうだ、まだお母さんが足りないんだ。
もっともっとお母さんを作らなきゃ。
お父さんもいるかな。
そうだ、ペットもいたほうがいい。
ナインにはそれが必要だ。
そうでしょ、ねえ、ティア様。
返事しろよ。
おい。
なあ。




