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カリスマブレイク

「おかしい」


 アリスからの連絡がない。


 アロマ・サジェスタは、自分の子飼いの珍しい怠慢に不満の声を上げた。

 あの子が私の言いつけを守らないなんて、これまでなかったことである。


 気に入らないし、それ以上に心配である。あの子が幼い時から面倒を見ていたこともあり、自分はまだ所帯を持ってはいないが、親のような気持ちで見守ってきたところもあるのだ。


 アリスはまだまだ甘えが残っている年頃ではあるが、自分としても気持ちを偽ることなく接することの出来る数少ない部下である。

 言ってしまうなら、こちらとしてもあの子に甘えてきたところがあるのかもしれない。


 だから今回の件も任せたわけだけれど。


 しかし現状を省みると、実力は確かとは言え、こんな情報が不明瞭なままで仕事を与えてしまったのは自分のミスなのか。

 いや、ただの監視任務であの子がヘマをするとも思えない。


 どの道、今更の後悔だ。

 今はただ五体満足で帰ってきてさえくれれば良い。

 戻ってきたら、精々お小言の一つはぶつけるだろうが、それでも怒りより安堵感が上回る事は間違いないだろう。


 とにかく無事でいて欲しい。それだけを祈っている。


「アロマ、邪魔をするぞ」


 そんな中で、クリスが執務室に入ってきた。


 あの賭けに関しては、私達は手出し無用という条件をつけたから、アリスを監視にやったのは割りとグレーゾーンの行為である。


 よって、クリスに知られるわけにもいかない。


 つまり、万が一戻ってこなかった場合、おおっぴらに助けることが出来ないというのも心配に拍車をかけている。


 正直今は余りこの娘の顔を見たくは無いが、そんなことをおくびにも出さないで、クリスに相対する。


 この程度の腹芸が出来なければ、宰相などやっていられないのだ。


「いらっしゃい、クリス。何の御用?」

「ああ、今度インディラから買い付ける小麦の話なんだが」

「ああ、それなら……」



 例え仕事の話であっても、周りの目がない場所でなら気安い筈のクリスとの会話も、今の気分ではなお落ち込んでしまう一方だった。


 ……と言うか、この娘もこの娘だ。


 あんな汚らわしい人間なんかに執心して、意味が分からないっていうか。


 貴女があいつに拘らなければ、私が今こんなことに頭を悩ませる必要などなかったっていうのに。


 ……昔から毎度毎度私を困らせて。


 高飛車な癖に、意外と寂しがりで面倒臭い貴女の世話を誰がしてやっていたか忘れたんだろうか。


 私の実家に泊まりに来た時、おねしょしたのが恥ずかしくて布団から出てこれなかったことも、自分が身代わりになって恥をかいてやったことももう忘れてるんだろうか。


 しかもこの恩知らずは、母に私が叱られている時に『おもらしアロマ』呼ばわりしたのだ。

 絶対に許せない。


 他の勢力からの面倒臭い鞘当ても全部私が受け持ってやって、アグスタの実質的な王としてふんぞり返っていられるのが誰のお蔭かもうこの娘は忘れたんだろうか!


 おねしょクリス!

 何さ、いつの間にか偉ぶっちゃって。

 いや、偉くなって欲しかったし、それを後押ししたのは私ですけど!

 もうちょっと私の心労を理解してくれても良くない?


 自分のことをあたしー、とか言ってたのに。

 あの頃は可愛げがあったのに!


 いつの間にか『余』って何、『余』って。

 アンタって形から入るタイプだったわよね!

 いっそ『我輩』にでもしなさいよ!


 未だにぬいぐるみを抱っこしてないと寝られないハナタレ魔王め!


「……なんだアロマ、何か言いたそうな顔をしているが」

「いいえ、何もありませんわ」


 ほほほ、と愛想笑いを一つ。


 駄目駄目、曲がりなりにも、若年であっても、この娘はもうアグスタのトップだし、自分だってもう立場のある身なのだ。


 昔とは違うんだから。こんな言葉をぶつけるなどもってのほかですわ。


 深呼吸深呼吸。

 ビークール。


「そうだ、忘れるところだった。あの山猿についてだが」

「何よクリ坊」

「……んん、耳が遠くなったか。アロマ、今何か言ったか?」

「いえ、なんでしょう陛下」


 危ない危ない。


 思わず黒歴史時代のあだ名で呼んでしまった。


 だって、今一番したくない話題を振ってくるもんだから。


「……聞かなかったことにしてやる。話を戻すが、奴のことについてだ」

「……アレがどうかしまして?」

「あいつの出自から、これまでの経歴を出来る限り調べろ。可能なら、奴を囲っていた奴隷商に連絡を取れ」

「随分と興味津々ですわね。そこまでする価値があいつにあります?」

「お前ももう気付いているだろう。あいつはただの人間ではない。少なくとも、余はそう考えている」

「あらそう。私には凡庸な薄汚い人間にしか見えませんが」

「……負けず嫌いは幾つになっても変わらんな、アロマ。まあ、お前はそれで良いんだが……」


 クリスに言われたくはない。


 貴女だって、相当なものじゃないの。


 でなければ、態々自分で賭けの条件を吊り上げたりはしないわよ。


「エヴァから少し話を聞いてな。奴はどうも、精霊信仰に関わっているらしい。あまり期待は出来んが、上手くいけば史書の空白を埋めることが出来るかも知れんぞ」

「……まあ、イスタの生まれとは聞いておりますが」


「それだけではない。あいつはナイル村の生き残りだ」


「…………!」

「あそこの征伐は失敗だった。イスタを落とすには必要なことだったが、まさか精霊に関わる資料が一つも無いとは思わなかったからな。口伝の類で伝わっていたのかも知れん」

「だ、だからと言って、あんなみすぼらしい奴が何かを知っているなんて思えません」

「今や、あそこの生き残りはあいつ一人だ。それは間違いない……だとすれば、僅かな可能性に賭けても良かろう。我々は、真実を知る必要がある」

「……例え、この先人間を滅ぼすことが出来たとしても? それでも、昔にこだわる必要がありまして?」

「当然だ。我々魔族はどこから来たのか。何故人間は、個として優れる我々を、かつて絶滅の寸前まで追いやることが出来たのか。足元が定まらなければ、民の心はいつか揺らぐ。同じことがまた起きないことを示す為、魔族の永遠の繁栄の為には、過去を明らかにしなければならない」

「その鍵が、精霊……確かに、お爺様達の世代は、あの存在を酷く警戒していましたけれど。精霊の聖地と言われる禁断の森にも、入ってはいけないと口を酸っぱくして教えられましたわね」

「その所為で、あの森を開拓する際にはご意見番の古老達が随分反対していたがな。あれは鬱陶しかった」


 貴女の苦労なんて微々たる物じゃない!


 調整とかは全部私がやったのよ!

 ほんと、恩知らずね!

 バカ!

 おばかクリス!


 ……駄目だ、今日は気が高ぶっちゃってる。


 クリスにこれ以上八つ当たりしても仕方ない。


 ――……あれ?


「クリス、アレがナイル村の生き残りって言いました?」

「ん? ……ああ」

「何でそのこと、知ってらっしゃるの? あいつの血統書には、イスタ産としか書かれていませんでしたわよね?」

「……急用を思い出した。さっき言ったとおり、後は頼むぞ」

「逃がしませんわよ。貴女、何を隠してるの」

「んむぅ」

「んむぅじゃありませんわ。あいつを気に掛けているのも、その辺が原因ね?」

「んむむぅ」

「んむむぅでもありません。幼児化していないで、しゃっきり喋りなさい」

「………………ないしょに、してくれる?」


 内緒話と来たもんだ。


 いい年こいて、秘密に出来ることと出来ないことがあるでしょうに。


 まあ、あの人間程度のことなら別に大したことでもないとは思うから、ここは頷いておいてあげよう。


「ええ、安心して。誰にも話しません」


 そう言うと、クリスは珍しいことに目を逸らし、ぽつり、と呟いた。


「……昔のことだ。かつてイスタで、余はあの山猿と会っている」



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