頼れる男、その名はウィルソン
……何だかんだで釈放はしてもらったものの、こんな不審者をうろつかせる訳には行かないという事で、滞在許可証をくれた上で貧民街の中に建てられた教会に引き立てられた。
いやあ、人情が身にしみますね。
「ちゅーか、ウチはどないすればええの?」
「監視役なんだから、適当に傍で見ていればいいんじゃないんですか?」
「教会とか近寄りとうないんやけど」
「大丈夫ですよ、どうもここにいるのはあんまり力の無い司祭さんみたいですから。ピュリアさんの正体がばれる事はありません」
「なんでそんなん分かるん?」
「魔族の侵攻を抑えるために、有能な法術師はもっと重要な所に配置すると思いますし、何より………」
「何より?」
「ティア様がそう言っています」
「ティア様がそう言ってるんならしゃーないな」
「でしょ?」
「ところでティア様って誰やったっけ?」
「ティア様はティア様ですよ。ピュリアさん、変なこと言わないでくださいな」
「せやったっけ……そっか、ティア様は、ティア様やったか……」
そうそう。余計なことは考えないでいいの。
「あれ……ウチら今なんの話してたっけ?」
「とりあえず、ピュリアさんは適当に僕から離れないようにしてくれればいいってことです」
「? まあ、ええけど。うん、ウチの仕事の目的としちゃ、それでええんやけど」
首をかしげながらも、ピュリアさんは納得したようだった。
アホの子で良かった。
ティア様から聞いてみるに、あんまり強い暗示は掛からないみたいだし。
とにかく、この教会を拠点に、この街での情報収集をしていきたいと思います。
アリスさんは別途動いてもらっているので、こっちはこっちなりに情報収集をしていくのが今後の方針、ということで。
「と言うわけで、暫くの間お世話になります」
「ええ、お話は伺っております。大変な目に遭われましたね」
ここの司祭である、ファーマーさんが笑顔を浮かべながらそんなことを言ってくれた。
そこそこ歳のいっている、優しそうなおじさんである。
「あまりおもてなしも出来ませんが、幸い部屋は空いております。この街に滞在している間は、ゆっくりしていってくださいね」
「ご厚意ありがたく頂戴します。卑小なこの身、返せるものなどありはしませんけれど……」
ええ人やなあ。お言葉に甘えさせてもらうとしましょうか。
「聞けば、汚らわしき魔族に捕まってしまったとのこと。かの者共には、近いうちにしかるべき天罰が下るでしょう」
「ええ全く。では、これから少し街を見て回って来ますね」
「分かりました。お気をつけて。貴方に神のご加護がありますように」
そんな決まり文句を受けて、僕はふらふらと歩き出した。
庭の木の上で様子を伺っていたピュリアさんも、司祭の目が離れたときを見計らって僕の肩に戻ってきた。
「どこ行くの?」
「情報収集といえば、まずは酒場でしょう」
「なんや、聖職者がそないな所行って良いんか」
「破門されてるようなもんですし。それに、本当は役場とか、図書館に行きたいんですけどね。所詮は不法侵入者ですから、取り合ってもらえないと思いますよ」
「世知辛いなあ」
本当にね。
お金があれば市民権とかも手に入るのかもしれないけれど、僕はアグスタで生きていくって決めてるし。
歩いて二十分ほどの所に、そこそこ大きな酒場を見つけたので入ってみよう。
品のない感じではあるが、そもそも貧民街に上品な酒場など有りはしないだろうし。
アリスさんと別れる前にちょっとだけお小遣いをおねだりしたので、酒代くらいはあるのだ。
「完全にヒモやな」
「ちゃんと返すもん。ぷんぷん」
「キモッ!!」
「ひどい……まあいいですけど、お店の中では喋らないでくださいね」
「分かっとる分かっとる」
両開きの扉を押し開け入ってみると、いかにも、と言った店内だった。
まず目に入ったのが、飲み潰れたやさぐれ者。
次いで、柄の悪そうなチンピラ達が、大声でガハハとグラスを開けながらカードゲームに興じる姿。
そして、きつい香水を振りまき、肌も露わに客を引っ掛けようとしている娼婦のお姉さん方。
いやあ、怖い怖い。
おしっこちびっちゃいそう。
こういう所では、おのぼりさん宜しくキョロキョロしてるといいカモに見られてしまう。
僕は堂々とカウンターに向かい、胸を張って言い放ってやった。
「マスター、ミルク一丁!!」
「そんなもん置いてねえよ」
なんだと。品揃えの悪い店だ。
「おいおい兄ちゃん、ここは酒場だぜ、酒頼まねえんだったら他所行きな!」
「そうそう、おうち帰ってママのしなびたおっぱいでもしゃぶってろ」
ギャハハハハ、と下品な笑い声が上がった。
失礼な奴らだ、ガロン母さんのおっぱいは張りも大きさも申し分ないんだぞ。
まだ触ったこと無いけど。
いつかお許しがでたら存分に触ってやるのだ。
肉球とどっちが柔らかいか調べてやるのだ。
ちなみにティア様のおっぱいは国士無双、比類なきサイズだが、触ると泣いてしまうから昔は中々タッチの機会が無くて寂しかった。
それでも触ったけれど。ティア様は泣き声も可愛いのだ。
「なら、カルーアミルクで」
「どんだけミルク好きなんだよ。ウチにはそんな洒落たカクテルはねえ」
うーん参ったな。僕は下戸なのに。
ミルクでも入ってないと酒なんか飲めないよ。
「なあ、そんなもん飲むくれえならよ、オレらに奢ってくれよ」
「そうそう、金の有効活用って奴だ」
そんなことを言いながら、チンピラ二人が近寄ってくる。
いやだいやだ、カモられるのは嫌だ……惨めな気分になってしまう……。
「僕はこう見えても聖職者ですよ。そんなことを言っていると天罰が下りまっせ」
「てめえみたいな聖職者がいるか!」
「どう見ても蛮族じゃねえか」
確かにバルバロイな格好のまんまだけどさ。
一応この街では聖職者で通そうと思っていたのに。
せめてファーマーさんに司祭服を借りてくれば良かった。
そしたら余計浮いてたかもしれないけど。
「まあまあ、迷える子羊たちよ、落ち着いて聞きなさい。この鳥を見てご覧なさいな」
そう言って、暢気に僕の肩の上で毛繕いをしているピュリアさんを指し示す。
「……この鳥がなんだってんだ」
「可愛いでしょう?」
「……ああ、まあ、確かに可愛いっちゃ可愛いが」
「ですよね」
「………」
「………」
「で?」
「で、とは?」
「だから、それが何の関係があるんだよ。坊主らしくそっから説法でも始めんじゃねえのか?」
「別に何もありませんよ」
「お前舐めてんのか!?」
おかしいなあ、ピュリアさんの可愛い姿を見れば和むと思ったのに。
見る目が無いんじゃないの?
よそのペットよりウチのピュリアさんが一番可愛いんだぞ。
「おこなの?」
「うるせえ! いいからさっさと金出しゃ良いんだよ!」
「そうそう、なんなら代わりにそのペットでもいいぜ。見たことねえな、珍しい奴じゃねえのか? どこで捕まえてきたんだ?」
「アグスタや!」
馬鹿鳥が元気良く返事しやがった。
今は黙ってろって言ったのに。
お前にとっちゃ僕がペットかよ。
夜のペットにならいつでもなってやるってのに!
「……おい、今」
「ああ、なんか今この鳥」
「腹話術です」
「いや、だって今」
「腹話術ですってば」
「………腹話術?」
「はい」
「……じゃあ、もう一回やってみろよ」
その後、何気に習得済みであった腹話術がウケて、何とか酒場の人達と仲良くなることが出来た。
結果オーライだけど、後でピュリアさんはお尻ぺんぺんしておこう。
ついでにティア様も。
ああ、それにしても。
ウィルソンで練習しておいて良かった!
――――――――――
他愛も無い話をしていると、最初に絡んできたチンピラさんが興味深い話題を提供してきた。
「そういや、この街には勇者の仲間が常駐してるってのは知ってるか?」
「はーん、勇者。勇者ねえ、胡散臭い連中ですが、どんなもんなんですかね」
はっきり言って、ここ数年で有名になってきた勇者一行とやらがどんな存在なのか詳しくは知らないが、僕にとっては敵である。
敬愛する魔王様に弓引く輩がいるのであれば、情報を集めておいて損は無いだろう。
「今ここに来ているのは、『怪力』のアビスの野郎だよ」
「二つ名からしてなんか筋肉モリモリマッチョマンな感じですが」
「いや、確かに馬鹿力が自慢らしいが、見た目は何てことはねえ優男さ」
「ふうん?」
「ただの若造に見えるが、腕の一振りで岩をも砕くって評判でよ。この街の周辺の魔物も、あいつに大体狩られちまった。暫くすりゃあまた増えるがよ、こっちは飯の食い上げさ」
「ああ、成程、魔物退治でお金を稼いでるんですね」
「俺達みたいなのを雇ってくれる場所なんかねえからな。あいつが来たせいで、こっちの景気はさっぱりだ」
「……そもそも、勇者ってのは何なんですかね」
「何だい兄ちゃん、旅してたって割には世間知らずじゃねえか」
「箱入りの放浪者と呼んでください」
「何だいそりゃ」
「伊達にさっきまでブタ箱に入っていたわけじゃありませんよ」
「おいおい、お前も前科持ちかよ! こりゃいいや」
周りもゲラゲラ笑っているが、まあここにいる皆、凶状持ちも多いのだろう。
別に僕は犯罪で捕まったわけじゃないけど。
「牢屋にいたんじゃ知らねえか。勇者ってのは、何年か前にセネカの大神官が神からのお告げとやらで見つけ出したガキでな、これが化け物みてえに強いらしいんだ。んで、来るべき時にそいつを頭にして魔王と魔族を征伐する、ってことになってるらしい」
勝手に長い間抑留されていた風に思われてしまったが、訂正するのも面倒くさいからそのままで良いや。
「やっぱり胡散臭いなあ。何ですかお告げって。神の声が聞こえゆー、なんて言う奴がいたら迷わず僕は病院を勧めますが」
「お前本当に坊主かよ。絶対法術とか使えねえだろ」
「なんなら貴方の為に祈りましょうか。今なら二十ゴールドでご奉仕しますが」
「はっ、そこらへんの生臭さは、この掃き溜めの坊主らしいな」
そう言って笑われてしまった。
こんな言われ方をしてるってことは、あの優しそうなファーマーさんも生臭なんだろうか。
「それでな。あのアビスって野郎もそうだが、勇者の仲間……使徒って呼ばれてんだけどよ、そいつらは勇者と一緒に魔王を討伐するためにあちこちから集められた戦闘のエリートさ。どいつもこいつもサリア教徒らしいがな」
「まー勇者がそういう立場ならそうでしょうねー。っていうか、サリア教の勢力圏から拾い上げてきたんでしょうねえ」
「そこらへんは、セネカのお偉いさんの意向だろうよ。で、そいつらは修行代わりに魔物退治とかを請け負って、来るべき時に備えてるらしい」
へえ、と素直に思った。
ティア様の元を離れてから七年間、世界中をうろついていたが、所詮は人買いの小間使い、情報なんて大して入ってこなかったから、こういう形で世界を知ることが出来るのは割りと新鮮な心持ちだった。
まあ、世界を知る以上に面白いことがあったから、周りに目が向かなかったってこともあるのかもしれない。
奴隷の世話は、凄く興味深かったし、勉強になった。
……ああ、もしかしたら。
人間とこんなに長く話すのは、もしかしたら十年ぶりかもしれない。
奴隷とは会話が禁止されていたし。
あっはは、ちょっと楽しいかも。かも。
独り言ばっかりの人生だったからなあ。 しかったのかな。
…………? 僕、今、何考えたんだ? 気のせいかしら。
――ナイン、ほら、そんなことより。もう結構な時間ですし、そろそろ戻ったほうがいいのでは――?
ああ、はいはい。分かりました分かりました。もう、いつまで経ってもティア様は僕のことを子ども扱いするんだから。
「それじゃ、そろそろお暇しますね」
「なんだ、もう帰んのか」
「ママのおっぱいをしゃぶりにね。何せ、僕のママはむちむちのぷりぷりですから」
「はっはは、それなら引き止めらんねえな」
今のママはね。頭がお花畑で、可愛い子犬ちゃんなんですよ。
早くアグスタに戻って、愛してあげなけりゃいけませんしね。
「なんなら僕のをしゃぶってみます?」
「最低だなお前! 絶対坊主なんかじゃねえだろ!」
そんなオチをつけて、僕は教会に戻っていった。
僕だって初めてが男なんて嫌さ。
僕の童貞は魔王様に捧げるって決めてるし。