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女の前で格好を付けたがるのは男のサガ

 イスタの首都、ティアマリア。


 イスタに残っている最後の大都市であり、内海に面した主要貿易都市としてもかつて名を馳せていた。


 そう、かつて、である。


 現在は、北部はアグスタから、南部はリール・マールの親魔族派獣人からの攻勢に対する防護壁を備えた城壁都市としての名の方が知られている。


 とは言え、既に陥落寸前といっても良いイスタの中で唯一魔族達からの侵略を跳ね除け、大都市としての体裁が保てているのも、セネカからサリア教団の法術師、フォルクスから常駐軍が派遣されている為であると言える。


 所詮人間の国家間で真の友人といえる者は存在しない。

 人類側の様々な思惑が絡まった結果、イスタが魔族領となるデメリットを他国が許容できなかったため、ティアマリアはかろうじて存続できている状態に過ぎない。



 そんな危うい平和の中にあってさえ、中に住む人々は目に見える巨大な壁を心のよすがとしてしまい、外の脅威を徐々に忘れていってしまっていた。



「でも、入ろうと思えば入れちゃいますよね、ピュリアさんなんか」

「いやいや、馬鹿にしたもんやないで。アンタと同じ考えで空から突撃してった先輩達は、なんやよう分からん兵器に打ち落とされて涙目になって帰ってきたし」

「帰って来れたんですか」


 コントみたい。


「曲がりなりにも人間側にとって重要な拠点の一つらしいしな、落とされたらあちこちが困るんやろから、防衛力は侮れんらしいで。アロマ様の受け売りやけどな」

「まあねえ。リール・マールの親人間派も、イスタが落ちたら魔族側一色になりそうですしね」


 イスタは人間国家の中で唯一、親獣人的とも言える政策を慣習的にとっていたから、そのイスタが落ちたなら、未だに人間から差別的な扱いを受けているリール・マールの獣人達は魔族に付くのではないだろうか、というのが大概の予想である。


 それでも、獣人に対する対応を改めようとしないのが我々人間の愚かしさ、と言うか。


 さもありなんと言うか。


 そんな直ぐに手の平返しても、ねえ。


 誠実じゃないと言うか。


 エヴァさんも言ってたけど、生理的嫌悪感って言うのは、中々払拭できないよね。


 まあ、僕は愛しているけどね。獣人も。


「ちなみに、ピュリアさんの種族って獣人って言っていいんですかね」

「ウチらはどっちかっちゃぁ魔族寄りって言われとるけどな。まあ、どっちでもええんちゃう?」

「へえ」


 一つ賢くなったね。

 ハーピーは魔族側なのか、結局魔族と獣人の定義が良くわかんないけど。


「まあ、そないなんはどうでも良くて」

「はあ」

「どないして入るん?」

「どないして入りまひょか」


 僕達は、高い高い防護壁を見上げ、途方にくれていた。


「アリスが一緒にいればなあ、幻術で簡単に入れたんちゃうかな」

「だってあの娘、アロマさんに言われてこっそり僕達を見張ってたんでしょ? 一緒にいるのが万が一ディアボロの誰かにバレちゃったら、立場なくなっちゃうじゃないですか」

「……なんや、えらいアリスの肩持つなあ」

「可愛いなあ、嫉妬ですか」

「アホ、自惚れんな」


 ピュリアさんはそんなことを言いつつも、僕の肩を強く強く小さくなった脚で握り締めた。


 可愛いなあ、こんな態度も。


 まあ、ティア様が言うには、現在のピュリアさんの悋気は契約の副作用みたいなものだからその内収まるらしいが、もう暫くするとこんなにベッタリしてくれなくなるのはちょっと寂しくもある。


「まあ、ピュリアさんもその姿だし。何とかなるでしょう……って言うか、最初っからそうしてれば良かったんじゃないですか?」


「いやよ、窮屈なんやもん。それに、人間にウチらが変身できるって知られるのは、一応タブーやし。あんまり見せとうなかったん」



 現在ピュリアさんは、ティアマリアに入るに当たり、丸っきり鳥の姿に変身していた。


 まあ、彼女の魔法のお蔭で重くもなかったし、初めからこの姿でいられていたら眼福タイムがなかったから僕としては別に良いのだけれど。


 むしろ御褒美だったけど。


 この姿はこの姿で可愛いし。


 一粒で二度美味しいってところか。

 ハーピーって種族は素晴らしいね。


 何より、彼女は現在裸な訳で。


 彼女が着ていた服は僕の手の中にある。


 変身の際に不思議な魔力で収納されたり分解されたりとかはないとのことだった。


 素晴らしい。


 元の姿に戻る際は是非見せて欲しい。


 学術的な意味であって、それ以外の意図は勿論ないが。


 懐いてくれている今のうちに……今日の夜にでも是非に。


 でも、副作用が切れても記憶自体は無くならないらしいしなぁ、どうしようなあ、まあ僕に見られても無頓着っぽいから許してくれるかな。


 うん、許してくれるべや。


「で、話戻すけど。ほれ、どないするん?」

「そりゃあ真っ直ぐ行きますよ。他に手は無いじゃないですか」

「……アホか?」

「ま、見ててください。僕が使える男だって所を見せてあげますから」



 僕は堂々と、兵士達が控えている門に向かって歩いていった。








――――――――――




 ガシャァン、と。目の前で鉄格子が閉められる。


 兵士達に引っ立てられて、アグスタの僕の寝床そっくりな部屋へ案内してもらった。


 いやあ、お手数おかけしまして、とヘコヘコしてみたが無視されてしまう。


 挨拶も出来ない奴は、僕は嫌いだね。

 お里が知れるってもんさ。


「アンタやっぱりアホやな」


 こっそり離れて様子を伺っていたピュリアさんが、ひらり、と牢内に入って来た。


「おかしいな、こういうのって意外と平気で通れるもんだと」

「通行証もなし、毛皮被った蛮人が、魔族の領内通って自分のとこに手ぶらでやって来ました。アンタが門番ならどうする?」

「怪しい奴め、牢屋にでもぶち込んでおけ!」

「事実そうなったな。ウチならその場で殺すけど」

「物騒だなあ。いけませんよ女の子がそんなお転婆じゃ」

「アンタの頭がお花畑なだけやろ」


 失礼な。

 それはガロンさんのことだろうに。

 ガロンさんディスってんの?


 ああ、でもどうしようかな。ティア様、助けて!


 ――――私、こういう時に力になれることは特に無いわ、頑張って――――!


 使えねえなあ!

 ティア様マジ不便!

 貴女との契約ってクーリングオフ利くの?


 心なしかシクシクと陰湿な泣き声が聞こえてきたけれど無視して、とりあえずここから穏便に脱出する方法を考えなければならない。


・手元にあるもの:ガロンさんから貰った上着、靴。アロマさんから貰った腰巻。ピュリアさんの洋服 (くんかくんか)。


 以上。


・周囲にあるもの:鉄格子。石壁、石天井、石床。


 以上。


 Q.脱出は可能? 


 A.無理です。



「ピュ、ピュリアさん、助けて! どうにかなりません!?」

「まあ、ここの鍵を取ってくる位は出来るかも知れんけど」


 やっぱり最後に頼れるのはこの鳥さんだ!

 ティア様なんかいらなかったんだ!


 グスグスとどこかから鼻を啜る音が聞こえたが無視して、ピュリアさんに縋ろうとしたけれど、出来る女は男を甘やかさない、とでも言いたげな表情をその鳥顔に無理やり作って、こう言い放った。


「使える男だって見せてくれるんやろ? まずはそんくらい、自分でなんとかしてみい」


 存外ウザい顔だったが、そこを無視して取りすがってみる。


「すいません、調子乗ってました! 僕は世界で下から三番目くらいに無能な存在なんです! だからご慈悲を!」


 ちなみに下から二番目はティア様である。


 牢屋の中心で助けてください、と愛を叫んでも、ピュリアさんは聞く耳を持ってくれない。


「ウチ、一応アンタの監視役やし。あんまりアンタの肩持つと、アロマ様に殺されてまうし」


 畜生、所詮ティア様の契約の強制力なんてこんなもんだ!

 このティア様は出来損ないだ、役に立たないよ! 


 耳鳴りがするほどの哀れを誘う嗚咽が聞こえてきたが無視して、なんとか頭を捻ってここからの脱出策を練る。


 ……ふん。

 所詮は大都市といえど田舎国家、たとえ僕の生まれ育った国と言えど、たかがセネカの圧力に屈した弱小国だ。


 さっきの番兵さんの胸元に見覚えのある……と言うか馴染み深いマークがあったから、こんな手でいってみるとしようかね。


「おーい、見張りの兵士さん、いらっしゃいますか?」

「気安く声を掛けるな、不審者め」


 そう言いながらも、番兵はこっちに近寄ってきた。


「実はですね、僕は流れのサリア教徒でして。運悪く魔族に捕えられてしまったんですが、不幸中の幸い、アグスタまで運ばれる途中に脱出できたんですよ」

「………」

「ですから、なにとぞお見逃しいただくわけには参りませんでしょうか」

「……貴様の言うことを信じるに値する証拠がどこにある」

「教役者としての認可は頂いておりませんけど、これでも敬虔な信徒であったと自負しております。なんとなれば、この場で聖典の一節を諳んじても構いませんが」

「……正典第二章第一節は?」


 一字一句、間違えずに暗誦し終えた。      


「外典第三章第二節」

「第三章は節が分けられておりません」

「……しばし待っていろ」


 そう言って、番兵は鉄格子から離れていった。石床を叩く足音が段々遠ざかっていくのが、良く響く。


 蛇頭を貫く両翼を備えた十字杖に、蛇の胴体が巻きついているサリア教のシンボル。

 これが兵士の鎧に付けているということは、ここの組織はサリア教がトップであるか、多大な援助を受けていると言うことだろう。


 そんな中で、相互扶助の原則が教義に定められているサリア教徒を無碍には出来まい。別に犯罪を起こしたわけでもないし。


 結局、もっけの幸いというか、話を聞いてくれそうな手ごたえはあった。とは言え、まだ油断は禁物である。



 ――――……汚らわしいサリア教の文言など、口に出してはいけませんよ、ナイン。私の傍にある者として、自覚なさい――――!


 あれー、なんか聞こえたかな。

 役に立つ人の言葉なら喜んで耳に入れたいんだけど、今誰かなんか言ったかなー?

 そんな人、ここにはいないしなー?


 子供の金切り声のようなしゃくりあげが聞こえてきた気もするが無視する。

 この冷たい世の中にあっては、生き抜くために現実主義であるべきなのだ。

 使えるものは親でも使うし、使えぬものは言わずもがな。


 ……とは言え、まあ、今回はサリア教に助けられた訳だけれど。

 僕自身、この宗教のシンボルマークは好きじゃない。

 もしかしたらティア様のサリア教アレルギーは、あのシンボルの存在が加速させちゃったのかも知れないな。


 蛇をこれ見よがしに晒し者にするようなあの印は少し趣味が悪い気がするのだが、古代の医療に関わる神様を基に作った由緒あるものだということらしい。

 どうでもいいけれど。


 しかしながら、ナイル村の爺さま婆さま達がこの教えを受け入れようとしなかったのも、このシンボルのせいである。

 あの村では、蛇というのは神に等しいのだ。


 その理由は察することが出来る。

 きっと、ティア様がラミア……半人半蛇だからだろう。


 ティア様が住んでいた与えずの森と、その一番近くにあったナイル村。


 何がしかの関係があって、彼女に関わり深い蛇を神聖なモノとして扱うのは別に不思議ではない。


 そもそも、この街の名前だって『ティアマリア』だ、イスタという国自体に、何かティア様にまつわる伝承があるのかもしれないね。


 ……それにしても。


 まだビービー泣いている僕の女神様は、相変わらずヘタレで泣き虫だった。

 僕がヘタレなのは間違いなく彼女に育てられたせいだが、それは置いておくとして。この七年間で随分世の中は変わったのに、昔とちっとも変わらないティア様を見ることが出来たからだろうか。



 ちょっと安心した。

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