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アンチエイジングとか大事よね。わかるわ


「どういうことなの?」


 アリス・クラックスは現在、アロマ・サジェスタ宰相の前に引き立てられていた。


「……どういうこと、とは?」

「定期報告がなかったこと。あれからのピュリアの態度。それに……あの人間が集めてきた食料。一々言わせないで欲しいわ」

「定期報告用の伝書鴉がトラブルにより使用不可能になったことは報告済みです。それに、報告書については後でまとめて提出したはずですが」

「そんなものに意味はないのよ。どうやってアレが二百匹どころか、それ以上の人間を集めてきたのか。結局詳細が不明のままじゃないの」

「こちらで把握できた分は全て報告しました。ピュリアについては、単純に旅の中で仲良くなっただけじゃないですか?」

「…………あまり私を怒らせないで。アリス……何を隠しているの?」

「……私がアロマ様に隠し事をする筈がないじゃないですか」

「…………」

「アロマ様に拾ってもらって、もう何年でしょうか。私たち姉弟を助けていただいたそのご恩は、忘れておりません」

「…………」


 はあ、とひとつため息をついて。

 アロマは黙って手を振った。


 退室して良い、ということだろう。

 そう判断し、アリスは頭を下げて、その場を辞した。



 どうしてこうなった。アロマは、一人頭を抱える。



 確実に勝てる賭けの筈だった。


 万が一、期限内に戻らない場合は、脱走と見なしてピュリアに殺害の許可も出していた。

 これは、クリスも承知していた内容である。


 ……間違いなく勝てるはずだったのに、それが、現実はどうだ。


 苛立たしげにアロマは椅子を蹴倒し、執務室のドアを乱暴に開けて出て行った。


 偶々アロマの執務室にお茶を運ぼうとしていたセルフィは、不運にも般若のごとき形相のアロマを見て、涙目になってしまった。


 完全にとばっちりである。


 頭を冷やそうと大股で城内を歩き回っていたところ、大広間で自分の胃と精神に大打撃を与えてくれたクソ野郎が、エレクトラの遊びに付き合って、背中に跨らせてお馬さんごっこをしていた。


 アロマは、ギリ、と歯軋りをするのを抑えることが出来なかった。


 ああ、駄目、歯並びが悪くなっちゃう。

 私の美貌が。


 分かっていても、この怒りは抑えられない。


 もう一度、頭をよぎるのは、どうしてこうなった、という疑問と憤懣であった。 



 あの、クリス達との勝負が終了してから一週間。


 エヴァは、サンプルが手に入らなくて明らかに不機嫌だし。


 エルちゃんは、何故かアレに懐いているし。


 ガロンは、夜中にコソコソアレと会っているみたいだし。


 ピュリアは、この一ヶ月で何があったのか良く分からないけど、妙にアレにベタベタしてるし。

 出かける前はあんなに不機嫌そうにしていたくせに。

 人間なんかに尻尾を振って、あの尻軽め……。


 そして何だかんだで一番イラッとくるのは、無表情に見えて実はドヤ顔のクリスだ。


 内心で、「やっぱり私の勝ちだったな」なんて思っているに違いない。


 伊達に付き合いが長い訳ではないのだ。


 くそ、謹慎覚悟でアレが帰ってきた時に始末してしまえば良かった。


 

 はーあぁぁ、と。

 長く、細く息を吐き、自分を努めて冷静に、ニュートラルな状態に戻す。


 今気に掛けなければいけないのは、こんなことではない。

 やるべき仕事が他にもたくさん残っているんだから。


 ……でも、先ほどのアリスの様子がどうしても引っかかった。


 私に忠実なあの子が、定期報告もせずに、何より私に詰め寄られて怯える様子も見せなかった。

 小心な所があの子の長所でもあったのに。


 確実に何かが、アレに関わることであったのだと思うけれど。



 ……一体あの地で、何が起きたのだろう。


 ああもう。

 ヤダヤダヤダ。

 めんどくさい。

 もう考えたくない。

 全部アレのせいだ。


 でも考えなきゃいけない。

 ああいやだ。


 お風呂入りたい。

 よし入ろう。


 もういいや、ちょっと休憩。

 

 アロマ・サジェスタは、優秀ではあったが、想定外の事態に弱い女だった。



 とはいえ、脳内では現実逃避に浸るこんなザマでも、外面に出さない努力は認められてしかるべきかも知れない。




――――――――――





 ――――一ヶ月と、ちょっと前。


 僕とピュリアさんは、無事に与えずの森に到着した。


「はぁーん、相も変わらず陰気臭い場所やねぇ」

「アグスタの方からここに入るのは、生まれて初めてですけど。やっぱりなんか、懐かしい感じはしますね」

「へーぇ、そんなもんか。ウチはやっぱり、あんまりここ好きやないけどなあ」


 それは好みの問題だろうから、まあ特に思うところもない。


 少なくともこの森の中は、僕にとって第二の故郷と言っても良い場所なのだから、感慨深いものがあるのも致し方ないだろう。


 ナイル村が滅びた後の数年間は、この森の中でティア様と一緒に暮らしていた。

 森の入り口には食べるものがなかったけれど、奥深くまで入れば木の実も取れたし、果物も手に入った。 


 まあ、ティア様を見つけるまでは、止むを得ず別のものを食べていたけど。


 狩りが苦手だったから仕方ないと言えば仕方ない。

 美味しかったし。


 そう、美味しかったから、しょうがないよね。


「なんやヘラヘラして。思い出し笑いか?」

「あっはは、昔、故郷で食べたご飯が美味しかったもので、つい」

「郷土料理って奴か。まあ、もう食えんのやろうけど……」


 そう言って、聞かないほうが良かったかな、みたいな顔をするピュリアさんに、気にしてないよ、と手を振った。


 ここ数日で随分懐いたものだと思う。

 こちらの愛が伝わったんだろう。

 良い事だ。


 あんまりにも可愛いから、逆にいじめたくなってきてしまう。


「ええ、ところで。ナイル村では、鳥肉の煮込みが自慢でしてね……」

「ひっ」


 ニンマリ笑って話しかけると、顔を蒼白にして飛び退いてしまった。


 ちなみにハーピーって、鳥と同類扱いしてもいいんだろうか。


「う、ウチは食っても美味くない……」

「冗談ですよ。そもそも、僕が貴女に襲い掛かっても返り討ちでしょうが」

「せ、せやな、当たり前や。ウチが人間なんぞにビビる訳あるかい!」

「手羽先……」

「ひぃっ」


 そんな感じで、割と仲良く話しながら、森の中に作られた道を歩き始めた。


 昔はこんなものはなかったけど、外海の部分に僅かな通り道があるのを除けば、この森は完全にイスタとアグスタ、ひいては魔族と人間の領域を分断していた。


 魔族の侵略を抑えるのに一役買っていたともいえるし、あるいはかつて人間に追いやられた魔族の身を守っていたともいえるこの聖域は、最早その防波堤としての役割を果たしていない。


 かつてのファースト・ロストの際は、魔族の騎竜達が外海の方から大回りして、一斉にナイル村を蹂躙したのだ、と風の噂で聞いたことがあるが、既にイスタの中央までは魔族の支配領域といっても差し支えないので、彼らは堂々とこの森を切り開いたのだろう。


 まあ、それ以外にも街道ができた理由がある……と言うより、今まで魔族が森に入れなかっただけだと言うことは、先日のピュリアさんとの会話の中で把握できたけれど。


 あくまで推察でしかないが。


 未だに肩の上に乗っているハーピーに視線を向けると、翼で目を隠された。


「見ても気にしないって言ったじゃないですか」

「じろじろ見すぎや。流石に何度も遠慮なしに見られると気になるわ」

「貴女にとっての僕は、所詮ペットかそんなもんでしょう」

「目つきがエロすぎんねん、そんなペットがおるかい。それに何より! 人を手羽先呼ばわりするペットがいてたまるか!」


 そう言って、今度は肩車の要領でお尻をトスン、と肩に下ろしてきた。


 そっちの方がエロくない?

 え、え、ちょっと待って待って。


 首に当たってるんですけど。

 なんかやわっこいのが当たってるんですけど。

 当ててんの? 当ててんのね? 


 ちょっといい匂いがするんですけど!


 今夜はサタデーナイトフィーバー?


 エロいわー、この鳥さんエロいわー!


「んで、そろそろ教えてくれてもええやろ?」

「何をです?」

「決まっとる。これからどうするつもりなん? 逃げ出すつもりなら、流石に殺さなあかんねんけど」

「逃げても、今更行く場所なんかありませんし。……まあ、あえて今の時点で言えることがあるとしたら」

「……あるとしたら?」

「楽して、得する。そんだけですかね」


 そう言って、森の中ほどまで入った僕は、整備された道を外れて藪の中に入っていく。


「ちょちょ、アンタどこ行くん? あ、もしかして……やだもう、お風呂入っとらんに……」

「もしかしても何もあるかよ調子乗んなこの小鳥」


 ムギュギュ、と太腿で顔を挟まれ。

 バシンバシン、と翼で頭を叩かれた。


「口には気ぃつけや」

「すんません」


 頭が羽根まみれになってしまったが、まあ良しとする。

 色々気持ちよかったし。


「んで、道外れてどうすんの? 迷子になったって知らんで?」

「古馴染みに会いに行くんですよ」

「はあん? こないな所に誰がおるん。人間なんざ住めんやろが」



「人間じゃあ、ないですよ……あらま、迎えに来てくれたんですね」

「…………え?」



 ザワリ、と空気が変わったのが分かる。

 ああ、懐かしいこの感触。



 世界が、周りの空気が、彼女・・に怯える瞬間だ。



「な、なんやこれ。なあ、早よ戻ろ……?」




 ――お久しぶり。健やかそうで、何より――


「お久しぶりですティア様。直接会うのは、もう七年ぶりですね。お元気でしたか?」


「……な、なあ」



 ――ここに来たということは、覚悟が決まった、と。そういう事ね――?


「……当たり前じゃないですか。今更そんなこと、あっはは……本当に、今更です」


「なあって! ねえ、ナイン!?」



――……後悔は、しない――?


「……しています。これからも、きっと後悔だらけの人生です。でも、やらないと。でないと、きっと僕は僕でなくなっちゃうので」


「う、ウチこういう悪戯は好かんのやけど! ねえ!」



 ――馬鹿な子ね。でも、だからこそ私は貴方が愛しい――


「……ええ。僕は、馬鹿だから、無力だから、やっぱりこんな方法しか、見つけられなかったんですよ」


「アンタ、さっきから・・・・・誰に・・話しかけてんの・・・・・・・!? からかうのはよして……!」





 ――では、古の理に基づき、契約を結びましょう。


                 貴方は何を捧げますか――?



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