いい日旅立ち
――善は急げ、と言うことで、未だにそっぽを向いているピュリアさんをお供に、僕はとりあえずイスタに向かうこととした。
最初の目的地は与えずの森。
ちなみに、昨日の夜、どうせ用意してもらえないだろうからと、ガロンさんがこっそり靴と服をくれた。
ほんとに頭が上がらないね。
最初に貰った上着を羽織ると、まだ残っている彼女の匂いが温もりに変わるような気持ちになった。
……さあ、まずはティア様との約束を果たしに行こう。
その為にも、まずはこいつの機嫌を直さなければならない。
与えずの森に着くまでに、徒歩では二日以上掛かりそうだし。
「おうい、ピュリアさん、こっち向いて」
「…………」
「別に馬鹿にしてたわけじゃないんですよ、本当に。だから機嫌直してくださいよ」
嘘だけど。
「…………」
「ねえ、ピュリアさーん、こっち向ーいて?」
「…………」
「……あんなことしちゃったのは、悪かったですけど。ピュリアさんもいけないんですよ」
「…………ウチが何したって言うん?」
「だって、ピュリアさんが……あんまりにも可愛いから」
「……何言うとるん、アホちゃうか」
「凄い可愛いリアクションとってくれるから、ついあんなことしちゃったんです」
「…………そないな口車に乗ると思っとる?」
「本気ですよ、ピュリアさん。だって貴女、凄い可愛いですもん」
ちなみにこれは本当である。
なんだかんだで、アホ可愛いのだ、このハーピーは。
ついからかってしまうのは、初対面のときの仕返しでもあり、リアクションを見たいからでもある。
「……ウチ、そんなん真に受けるほど軽い女やない」
そう言って、口を尖らせるピュリアは、落ち着かなげに翼の毛づくろいを始めた。
「まあええわ、水に流したる。その代わり、今度からあんまり調子に乗ったらあかんで?」
デレた!
いいなあやっぱり。
ピュリアさんはやっぱりアホ可愛いなあ。
ガロンさんもそうだけど、なんか朴訥だよね、魔族って。
アロマさんとかエヴァさんとかは除く。
「……んで、どないするつもりなん? イスタの方行ったって、あんまり人間居らんよ?」
「首都のある南の方には、まだ沢山いるでしょ?」
「首都って……ティアマリアのことか。あそこまでウチに運べって? めんどいなぁ」
「まあまあ、与えずの森の中は徒歩で行きますから」
「与えずの……? ああ、禁断の森のことか」
「魔族ではそう呼ぶんですかね」
ファースト・ロストの後、魔族はアグスタからイスタ間を遮る与えずの森……魔族に言わせれば禁断の森らしいが、そこを切り開いて街道を整備した。
何せ僕は、その道を通ってアグスタまで運ばれたのだから、知らない訳ではないのだが。
「何で禁断の森、なんて名前なんて付けられたんですかね」
「さあなぁ。ウチもあそこはさっさと切り開けばもっと早くイスタを攻められたと思うんやけど、当代の魔王様になるまで誰も触れようとしなかったらしいわ」
「禁断……なんか、言い伝えでもあったんですかね。触れるべからず、みたいな」
「爺様達は、あそこに近付くなって言ってたけど……でも、確かに小さい頃は、あそこにはなんか近付きたくなかったわ。今は全然平気やけど、なんやったんかなあ、アレ」
ピュリアは首をかしげた。
本気で分かっていない様子だったので、逆にこちらはある程度事情が飲み込めた。
「ピュリアさんって、今何歳です?」
「乙女に歳を聞くな!」
バシン、と翼で引っ叩かれた。
痛いことは痛いが、やっぱりこの感触が微妙に気持ちいい。
「多分、僕より年下だと思うんですよ。魔族とか獣人の成長速度って言うのがどの位かは知りませんが、二十歳より下でしょう?」
「……まあ、せやけど」
やっぱり。
じゃあ、ティア様の言う事は、本当だったんだ。
待っていてくださいね、ティア様。
今から、貴女に会いに行きますから。
その時は、ちゃんと、約束を守ってくださいね?