表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/201

不実者


「…………ってことになったんだが」

「はあ」

「はあ、じゃねえよ。他人事みてえに……分かってんのかなコイツ……」


 ボソボソと苛立たしげに呟く目の前のグラマーウェアウルフ、ガロン・ヴァーミリオン。


 夜中に僕の寝床の地下牢においでなさったもんで、ついに初体験の時がやってきたのかと胸を高鳴らせてお出迎えしたのに。


 友人のウィルソンに見守られながら、僕のオネスティ・ジョンがガロンさんのシークレットガーデンにイン・アウトしてハッピーターンかと思ったのに。


 ……気を持たせる女の人って、あたしどうかと思う。どうかと思うんですけど。


 悪女ってゆうかぁ?

 こうやって、男の気を引いてキープするのってぇ、ぶっちゃけなくなーい?

 なくなくなーい?

 ぶっちゃけありえなーい。

 ちょべりばー。


 そんなことを思いながら、鉄格子に顔を押し付けてアヒル口を披露したら、唇を引っ張られた。

 引きちぎられる勢いで。


 おかげ様で現在僕はかつてないタラコくちびるタイム。

 キスしてもいいのよ?



 まあ、それはどうでもいいけれど、話を聞いてみるとどうも僕の命がヤバイらしい。


 アロマさんとエヴァさんの所為で僕の命がマッハ。


 困ったね。



「困ったね、みたいな顔しても無駄だ。ちっとは真面目に考えろ」

「あ~い、とぅいまてぇ~ん」

「もういい」


 そう言って、あぐらから立ち上がろうとするガロンさん。


 らめぇ、僕にはガロンさんが必要なのぉ!


「待って待って、待ってくださいよ。こっちだっていきなり言われてびっくりなんですから」

「……オレだって、寝耳に水だったんだ。でなけりゃ、あんな発破かけるかよ」

「ああ、昨日言ってくれた奴ですね。あの言葉は感動しました。『他の女なんて見ないで! 自分だけを見て!』でしたっけ? 分かってますよぉ、ガロンてんてー」

「帰る」


 ガロンさんがまた立ち上がろうとした。


 待てってのに………あ、ショートパンツの隙間から下着見えた。

 グレーですか、スポーティーですね。

 でも、意外とピンクなんかも似合うんじゃないでしょうか。


「待ってくださいってば! ガロン先生は短気で困りますぅ」

「……次はねえからな」


 そう言って、ガロンさんは腰を下ろしてくれた。


 ……でもそんなこと言っちゃってー。

 本当はこーゆーの嫌いじゃない癖にぃ、このこのぉ。


 口に出すと本当に帰っちゃいそうだから言わないけどさ。


「……んで? お前、奴隷商の所に居たんだろ? そういう、人間を集めるためのツテとかノウハウってないのか?」

「おやまあ。昨日はいかにもそういう商売を軽蔑してる、みたいな話だったのに」

「……人狼は、仲間をけして見捨てない。でも、曲がりなりにもお前はオレの教え子だからな。ちっとは特別扱いしてやるさ。それに、今回のアロマのやり方は筋が通ってねえ」

「やだ照れちゃう。デレ期が来ちゃったかしら。困ったわ、お友達からじゃ駄目?」

「次はねえって言ったはずだが」

「ごめんなさい見捨てないで! みんな政治が悪いんです! 出来心だったんです!」


 いやだってさ。


 いきなりこんな真っ直ぐな言葉ぶつけられちゃったらさ。


 流石に僕も照れちゃうってば、本当に。


 ガロンさん、情が深いのはいいけど悪い男に騙されちゃうよ?


 僕童貞だから分かんないけど攻めちゃっていいところなの?

 肉食系になっていいのこれ? 


 そんなことを考えているような不実者に対して、まだこの場にいてくれるガロンさんは本当にいい人だと思う。


 初対面の時とは態度が大違い。

 大分僕の愛情が伝わったのかしらん。


 流石ティア様の教えだわ。

 進研○ミより効果あるわこれ。

 愛に勝るものはないね。


「……じゃあ、真面目に話しますけれど」

「最初からそうしろよ」

「ツテもノウハウもないんです」

「ねえのかよ! ちっとも動じてねえからなんか有ると思ってたのに!」

「でもまあ、なんとかしますよ」

「ほんとかぁ? ……お前の言葉、なーんか信用できねえんだよなあ。適当なことばっかりぬかすしよー……」

「本当ですって。ガロン先生がこんなに心配してくれてるのに、悲しませるような真似する訳ないじゃないですか」

「はん、心配なんざしてねえよ……やっぱり、言葉が薄っぺらいんだよなあ」


 そんなことを言いながら、ちょっぴり尻尾を振ってるガロンさんは、凄い可愛いと思う。


 まあ、彼女からすれば、僕なんかは多分ペット感覚なんだろうけどさ。


 それでもいいよ。


 僕がその分存分に愛してあげればいいだけだから。

 その代わり、こんな風にこれからも甘えさせてくださいね……『ガロン母さん』?


「……まあ、やるだけやってみろ。直接の手出しは禁止されてるけど、なんか出来る事があったら、暇だし手伝ってやるからよ」

「ありがとうございます。任せといてくださいよ」

「おう。とりあえず明日、アロマから説明があるから……おい、何やってんだ」


「まずは土下座の練習を」


「泣き落としが効く相手じゃねーよバーカ! お前ほんとバカだな!」







 バカって言ったほうがバカなんですぅー。    




――――――――――


「……まさか、マジでやるとは思わなかった」


 ガロンさんは、額に手を当てて心底呆れた、といった表情でそう言った。


 現在、アロマさんの執務室にはクリステラ魔王陛下以下、僕が名前を知っている魔族達が勢揃いしていた。


 それらの面々を前に、僕は絶賛土下座中である。


 なんならアロマさんの美脚をぺろぺろするのも辞さない覚悟で床に頭を擦り付けている。


「……その様なことをしても無駄ですわ。先ほど言ったとおり今日から一ヶ月以内に、人間二百匹。耳を揃えて集めておいでなさい」

「へへぇ。しかしながら身一つで行くとなりますと、僕のような軟弱者では魔物さんの餌になってしまいまする」


 魔物。

 魔族によって使役される、下等生物。

 動物が突然変異したものとも、魔族が生み出した生物兵器とも呼ばれる、異形の怪物達。


 不思議なことに、こいつらは人間だけを狙って襲う。

 魔族より、余程「悪魔」らしいこれらの生き物のことを、サリア教では魔物と定義している。


「……その辺りのことは既に考えています。セルフィ、おいでなさい」

「…………」


 男装の麗人、恥ずかしがり屋の吸血鬼。

 セルフィさんが音も無くアロマさんの背後から姿を現した。


「さ、セルフィ」

「…………!」


 アロマさんに一言促されると、セルフィさんはこちらをチラチラ上目遣いで伺いながら、俯き気味にゆっくり近づいてきて。


「……!」


 がぶり、と土下座したままの僕の肩口に牙を突き立てた。


「ら、らめぇ! こういうのは順序ってものが……まずは交換日記から……!」


「何を錯乱してらっしゃるの。これは貴方の為にやっていることですわよ」

「……自分としては、余りサンプルに傷をつけて欲しくはないのだがな」


 そんな事を、相変わらず茫洋とした表情で言うエヴァさんを尻目に、僕は悶えていた。


「痛い痛い! こういうのって気持ちいいのが定番だろ、ブラム・ストーカーの嘘つき! 超痛いこれ! ……あ、あは、でもなんか痛いのが気持ちよく……」

「へ、へへ、変態! 陛下、今からでも遅くありません。やっぱりこいつはエヴァに引き渡したほうが……!」

「……多少の異常性癖は許容範囲内だ。落ち着けアロマ」


 さっすが魔王様、話が分かるぅ……痛い、やっぱり痛い!

 駄目だこれ洒落にならん。

 ひっひっふー。ひっひっふー。


 ……やっばこれ。チュウチュウ音がするのがめっちゃエロいわ。


 セルフィさん四つん這いになって血を吸ってるから、胸もと見えてるし。


 意外と大きいんですね。

 眼福です……あ、駄目だ、なんか意識が遠のいてきた………。


「……セルフィ。そろそろ良いでしょう。刻印は済みましたか?」

「…………」

「……セルフィ?」

「……………………」

「セ、セルフィ! 吸い過ぎです! そのままだと……」

「…………………………!」

「駄目だわ、聞こえてない! ガロンさん、セルフィを引き離して!」

「この吸血コウモリが、何やってやがる! 離れやがれ!」


 スパコーン、と良い音を立てて、セルフィさんはガロンさんに頭を引っ叩かれた。


「…………!」

「思いの外美味しくてつい、だと!? お前には理性ってもんがねえのか!」

「……!」

「! てめぇ、このオレを野良犬呼ばわりしやがったな!」


 二人とも、僕の為に争うのは止めて!

 ………なんて思っていたけれど。


 今にも掴みかかりそうなガロンさんを止めたのは、クリスの一言だった。


「……二人とも、下がれ」

「お嬢、けど……!」

「…………! ……!」

「下がれ、と言ったぞ」


 そう言われ、二人とも渋々睨み合うのを止めて、一歩下がった。


「陛下、有難うございます……人間、今セルフィが魔物除けの刻印を刻みました」


 アロマさんにそう言われ、渡された手鏡で確認すると、円形の、良く分からない複雑な図形……恐らく魔法陣という奴だろうが、それが浮かび上がっていた。


 まだ噛まれたところに違和感があるので触ってみると、セルフィさんの唾液でベトベトしていた。


 ご褒美じゃないか。

 暫く水浴びは控えよう。


 ニヤニヤしていると、アロマさんがさも気持ち悪い、と言わんばかりに眉根を寄せた。


「それがあれば、魔物は貴方のことを襲わなくなります。でも、外に出られるからと言って、脱走できるとは思わないことね」


 そう言って、アロマは後ろに控えていたピュリアに目配せをした。


「よう、ナイン。ウチがあんたのお目付け役やって、よろしゅうな」


 そう、ピュリアさんはいやらしく笑いながら声を掛けてきた。


 このハーピーは快楽主義者だからな、楽しそうだったらなんでもいいんだろう。

 今回の件だって、特等席でゲームを見られる、くらいにしか思ってないなこれは。


 畜生め、見てろ。


「ピュリアはん、あんさんのパシリの危機でっせ。なんとかしておくんなはれ」

「無理やなー。ウチ、長いもんには巻かれる主義やから……ところでアンタ、その喋り止めぇや。ウチの故郷の言葉、馬鹿にしとるんか」

「何ゆーてはるんでっかー。ぼちぼちでんなー」

「……何やワレ、喧嘩売っとるんか? 売っとるんやな?」

「なんや怖いわー。この鳥さん怖いわー」

「こんクソ丁稚、ぶっ殺したる!」



 ここで頼りになるのは、勿論我等が魔王様!


 さっきのガロンさんとセルフィさんみたいに、見事に抑えてくださるはず!


 権力って素敵!


 ガツンと言ってやってくださいよ!


「……やれ、ピュリア。そいつの今の態度は不愉快だ」



 さっすが魔王様、話がわか………あれれー、おかしいぞー?





 ガッシ! ボカッ!


 僕は死にかけた。


 スイーツ(笑)。







 ――ピュリアさんにガツンとやられて(エヴァさんが、サンプルをこれ以上痛めつけられると困る、と言うまで誰も止めてくれなかった。こんなの絶対おかしいよ!)、身も心もボロボロになった僕に対して、アロマさんは説明を続けた。


「……まあ、ご存知でしょうけれど。ここから西の方にあるイスタの中心部までは既に我々の勢力圏ですから、魔物が多く生息しています。あちこちに小さな村はあるでしょうが、それらをまわってしょっ引いてきても二百匹集めるのは難しいでしょうね」

「へへえ」

「アグスタ南部は内海における交易の要所が多くあります。貴方が人間を購入するには、ここが一番現実的かもしれませんね……まあ、一文無しでは難しいでしょうが」

「ほほう」

「アグスタ東部……インディラとの境目の関所は通行証がなければ通れません。ただし、政争に負けた者などが寄り集まってアグスタ側に集落を作っているとの噂もありますので、まあ、一か八か、と言ったところでしょうか」

「ふむふむ」

「……移動に当たっては、ピュリアに手伝わせる……つもりだったんですが、まあ、協力してくれるかどうかは貴方次第ですね。先ほどの行為で、その可能性も無くなりましたが」


 物凄い睨んできているピュリアさん。

 自業自得といえばそうだけど、失敗しちゃった。


 まあいいさ、どうとでもなる。


 もう、目的は達成できたしね。魔物にさえ襲われなきゃ、それでいいのさ。


「大体分かりました。ちなみに、旅費とか、食料は……」

「あげる訳ないでしょう、現地で調達するなり、稼ぐなりしなさい」


 これ、普通に考えると詰んでるよね。どんだけ嫌われちゃったのかしら。


「……今回の事は、エルに手を出したペナルティだと思っておけ。この条件をこなせれば、今度こそ正式に我々の部下にしてやる」

「……陛下……」


 そんな有り難い言葉を下さったクリステラに、過分な言葉を与えないで欲しい、と言いたげなアロマさん。


「有難うございます。そう言っていただければ、このナイン、百人力でございます」


 そう言って、頭を下げた。


 一応、プランは出来たし、大丈夫だろう。ガロンさんにお手伝いしてもらうつもりだったんだけど、魔物除けがあるんなら必要なくなっちゃったし。



 ……じゃあ、今回は……隠れてうろちょろしてる子狐さんに、お手伝いしてもらおっかなー。



 そんな事を考えていると、クリステラの後ろに隠れていたエル様が、ここに来て初めて声を掛けてきた。


「ねえ、ナインちゃん」

「お名前を覚えていていただけたのは光栄です。お久しぶりですね、エル様」

「うん、久しぶり…………一つだけ、聞いてもいいかしら」

「どうぞどうぞ、なんなりと」

「貴方、何でそんな楽しそうなの?」

「…………」



 思わず、顔をさすった。


 周りを見渡すと、誰もが困惑した顔をしていたことから、やはり突飛な質問だったのだろう。


「おいエル、コイツ別にそんな顔してねえだろ。そもそも楽しめる状況じゃねえぞ」


 ガロンさんが声を掛けるが、エル様は僕から目を離さない。


「……楽しそうに、見えましたか?」

「うん」

「………なら、きっと、そうなんでしょうね」

「自分のことなのに、分からないの?」

「そういうこともあります」

「………そう」


 そう言って、エル様は下を向いた。


「頑張ってね。それで、帰ってきたら、また私と遊んでくれる?」

「ええ、喜んで」


 そう言って、僕は出発するため、不貞腐れてそっぽを向いたままのピュリアさんと共に部屋を出た。




 ――人間とハーピーがいなくなった部屋で、エヴァはエレクトラに声を掛けた。


「エル、なんであんなことを聞いた?」

「……あの子が言っていたの。『疑問と回答を繰り返すことで、真実に近づける』……でも、そうね。自分のことが、自分でも分からない。あるいは、今は答えがない。そういうこともあるのかも」

「…………」



 エヴァは、二人が出て行った扉を見つめた。



 その教えは、今は既に失われた、精霊術の根幹を成す言葉だ。


 自分を見つめ、他者を見つめ、世界を見つめ、自分に分からないこと、理解できないことを一つずつ無くしていき、自然の本質に迫る為の教えだ。


「……やはり、面白い。欲しいな」


 エヴァ・カルマは、知識を収集する機械である。


 そして、精霊とは、自然そのものであり、智慧である。




 知識と智慧。その差異が分からないエヴァは、将来、致命的な間違いを犯すこととなる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ