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インスタント・メサイア  作者: 田山 翔太
サイドストーリー
201/201

クリスからアロマへ、ほんの少しの昔話

時系列として、第二章「カリスマブレイク」の後の話になります。

 ――ディアボロ領を騎竜に乗って出発し、禁断の森を北沿いに迂回して向かったのは、人間達が住む小さな村。


 そこを、私達は滅ぼした。


 見渡す限りこの村には、人間は一人も……いや、一匹もいなくなった。

 我らが治めるべきこの大地の一角に巣くい、勝手にナイル村とやら名前を付けて、そうして息づいていた奴らはつい先ほど、己の手で、己の指揮で、みな消した。


 一刻も掛からなかった。


「姫様。残念ながらお探し求めのモンは見つかりませんで。人別帳はありましたが」


「……そうか。構わん、想定の範疇だ」


「つっても、元がチンケな村です。手当たり次第持って帰るにしても大した手間じゃねえですし、もうちょい探していかれますか?」


「……いや。『ここにはさしたるものもない』……それならそれで別にいい」


「左様で……ま、どうせこんな所、人間共も必死こいて取り戻そうとはせんでしょうしな。お気が向いたらばまた来ましょう」


 この度の小遠征に当たって結成された隊の一人が己の後ろから呟くのに合わせ、周りからもポツポツと声が上がる。



 ――なに、なんなら後でのんびり探せまさ。イスタの馬鹿共、悠長に構えてやがったもんだから。


 ――貴女様さえ傷一つなく戻られりゃ、それで十分。ま、折角の御馳走を持って帰れねえのが残念と言えば残念ですが。


 ――仕方ねえべさ。それどころじゃねえし……楽してる俺たちが上手い飯食ってたらよ、前線組に恨まれちまう。


 ――先発隊の俺らがご近所のここで立ち止まってよお、そのまま帰宅ってんだから。愉快なピクニックだよ。楽でいいや。


 ――しかし欝憤が晴らせましたわ。見ましたかい奴らの顔! 泡食って逃げ出す様! ハハハ!


 ――ハハハ……あーあ……ああ。あんな弱っちい奴らに、俺の祖父様は殺されたんだよなぁ……。


 ――辛気くせえ! お前は仕事が終わるといつもそれだ……!



「…………」


 こぞって皆、剣を、槌を振るった。ここにいる皆、経験豊かな兵だ。勇猛であり、果敢であり。

城では私が見たことのない顔をして、人間共を殺していった。


 父も全く過保護なものだ。こんな小さな村一つ潰す程度、魔族獣人の精鋭の十もいらない。自分一人いればそれで良かった。

 ……そう、いらない。だってここには、恐るべき者なんかいなかった。


「……んむぅ」


「ま、ま、姫様。御初陣ってな、そりゃもう大体悪く悪く進むもんです。こうも上手く行ったのは日頃の行いがよろしかったからでしょう」


 不満げなこちらの顔色を読んだのか……いや、後ろにいたから顔は見えるまい、雰囲気を察したのか。さっきの奴が態々傍に寄ってきてそんな言葉を投げかけてきたが。


「つまらん世辞はよせ。余に媚びを売るのは、父上が隠居なさってからにしろ」


「であらば、当分は無理ですか」


 そうして、そのリザードマンは――見ればこの部隊の本来の隊長だった。今は自分の指揮権限を預かっているので、下の者の取りまとめ役でしかない――他の者と同じように軽快な笑い声を上げて。


「……少なくとも俺はね、姫様。こんな機会を与えてくんなすった貴女に感謝してますよ。こうやってさ」


 そう言って右手に握った、べっとりと血と脂の付いた剣を前に掲げる。

 刃の先には我らが憎むべき者どもの死体の数々、そして千切れた破片が散っている。


「直接にさ、おおっぴらにさ、逃げ惑う人間を斬れたんだ……こんなの、陛下はそうそう許しちゃくれない」


「お前は昔、フォルクスの紛争地帯にいたと聞いたが。人間を殺す機会は、いくらでもあったろう」


「あそこはねえ、うち等の領土が飛び地になってたとは言え、使徒も来たからねえ……こんな調子にはいかないです。あん時はいつだって、生きた心地なんざしませんでしたよ。結局あの辺り、全部人間に取られちまったし。他ん領土の奴らは得たモンもあったろうけど、少なくともディアボロにとっちゃあひでえ負け戦だった」


「…………」


「トウもたって、孫も産まれて……弱くなったもんだ。いや失礼、歳は取りたかねえやな。戦場離れて城に引っ込んだと思や、こんな易しい仕事を貰うなんざね。昔の自分じゃ考えられねえ」


「……なあ。お前……人間を殺すのは、楽しいか?」


 そう問うと、ソイツは驚いたように縦に開いた瞳孔を僅かに細めて、こちらを見やる。


「人聞きの悪い事言わんでください」


「…………」


 先ほどお前は、そんな事を言っていなかったか。

 そんなこちらの疑問を汲んだのかそうでないのか、結構な老齢のくせに落ち着きもなく、相も変わらずその口は回り続ける。

 

「こんなん喜んでちゃおしまいです。見なせぇ、人間斬ったら剣もすぐ錆びる。俺は食いませんが野菜だって切れるコイツが、ホレ。もう駄目だ。安くもないってのに、使えなくなっちまった。こんなくだらん事が他にありますか」


「……お前が何を言いたいのか、余には分からん」


 年嵩ぶっておいて益体もない事を言うようであれば黙れ、という意図を視線に乗せて睨むが、ソイツはどこ吹く風のまま。


「正直に言えないこともあるって事ですよ。貴女は上に立つお方だ、こんな鉄火場はそう何度も経験していただきたくはない。陛下だってそう思ってる」


 そこまで言うと、男は爬虫類系特有の表情の読みにくい顔を、無理やり鹿爪らしく形作った。

 ……先ほどこいつは、感謝しているなどと言っていたが。どうも私に対してそれ以外の感想もあるらしい。それが何かは分からないが。


「俺には恨みがあるんだよ、姫様」


 ――恨みだ。もう一度、絞り出すようにそう言った。


「む……」


「人間は、俺の両親を殺した。誰がやったのかは知りません。でも、だからさ……ソイツラの仲間を斬れるのは嬉しいよ。やりがいがある。この歳までチャンバラもねえもんだが、それでも意外と……飽きも来ない」


 ぽつり、ぽつりと言葉短く、だけれど途切れずに、ソイツは喋り続ける。


「でもさ。殺しを……それ自体を楽しんじまったら、俺らはおしまいなんだよ」


 眠たそうに……あるいは遠くを見るように。今度は瞳孔ではなくて瞼を細めた。

 リザードマン……レプティリアンともいうらしいが、彼らには瞼がある者とない者がいる。そんなどうでも良い事を思い出した。


 ……よく分からない話を聞くと、大体思考というものは脇道に逸れていく。


「……長々話させておいて悪いが、やはり分からん」


 正直に言ってみたが。


「そう、それだ」


 帰ってきたのはこれだ。それだと言われてもどれだ。


「兵になってしばらくの頃は、俺にもそこら辺が……上っ面じゃなくて、ちゃんと理解できてたはずなんだけどさ」


「……今はどうなんだ。牙を剥いて暴れるお前は、中々新鮮だった」


「いやもう俺らはさ、そこの辺り宙ぶらりんなのさ。殺して殺されて、そんなんばっかりしてきたからみんな頭がパーになってる。たまに、敵と味方の区別がつかなくなっちまう奴だって出る。でもアンタは違う、そうなっちゃあいけない」


 ――人間みたいな、殺しに浸り過ぎた俺らみたいな、残酷を喜ぶ生き物になっちゃいけない。


 ――アンタ、ちっと強すぎるから。今のうちにそういう事ちゃんと考えとかないと……後でほんとに分かんなくなるよ。


 ピッピッと剣を振るって今更血を払っているソイツの仕草を見て、どれだけ自分が鈍感だったかを理解した。


 これは、薫陶だ。気付いてしまえば余りにも分かりやすい。


 戦士としての云々を木っ端に言われれば腹も立つが、目の前のリザードマンは、それなりの経験を積んでいると聞く。


 ……魔王の跡継ぎたる余の初陣、それにあたって供をする程度には、実績を持っている。


「……勿体ぶりおって。貴様、父上に何を言われている」


「へえ。貴女様がきちんと人間を殺せるかを見て来いと。それは言われてます」


「……お前の目から見て、余の働きはどうであったか」


「お見事でした。残念ながら」


 ……残念とはなんだ。


「恐れ多くも今より小さい時のクリスお嬢様を存じ上げていますんで。今も十分小さいが。……そんなアンタが殺しに関わるとこを見ちまうとさ、手放しじゃ喜べませんや」


「……そう言った情緒的な感想はいらん。小さいも余計だ、『錆剣』ガラム。客観的に、優れた兵であるお前から見てどうだったかを聞いている」


「完璧でしたよ。新兵に見せてやりてえくらいだ……いや、やっぱ駄目だな」


 ――何せ指の一振るいだ。そんなんで敵を殺せるなんて思い込んだら早死にする。アンタの真似は誰にも出来ない。


「……躊躇もなかったね。完璧だよほんと。ゾッとするくらいさ」


「なら、いい。その旨、父上にしかと伝えておけ」


「ええ、そりゃあもう。言う事は言ったし、そこから先を考えるのは貴女様のお仕事です」


「…………」


「でもまあ、もっぺん言っときます。大事な事だから。……『殺しを楽しむな』。ただまあ、必要に応じて()るのは、別。王様になるならね。以上、そんだけ!」


「……その割には、言い足りなさそうな顔をしているが」


「……実を言うとね、聞きたいことが後一つでさ」


「お前の物言いには遠慮がなさすぎる。最後の一つというなら聞いてやるが」


 言ってみろ、と顎をしゃくれば。


「なんでアンタ、こんな事始めたんだ?」


 先程の分かりやすく繕った表情ではない。真剣な眼差しがこちらを射抜く。


「こんな事?」


「これだよ。この死体づくり。これから長く続く、我々と人間との戦争……もう取り返しが付かないよ。アンタの今日のコレが致命的な始点だ。人間共に語られちまうよ、過去最悪の魔王ってさ」


「奴らの言など。余が始めねば、緩やかに……されど取り返しのつかない滅亡に至るだけだ。余にしか出来んのだ、やらねばなるまい」


「……さっきから聞いてりゃ、何が『余』だい、あんなに可愛らしかったお嬢ちゃんがこんなんなっちまうなんて。嫌な世の中だね」


「さして待たせはせん。よき世の中にする故、安楽椅子に座して待っているがいい。年寄りにはそれが似合いだ。冷や水を浴びるのは今日までにせよ」


「ああいやだいやだ、可愛くない、可愛くない王なんていやだなあ……これならまだ陛下の方が可愛げがおありになる」


「……よく今まで生きてこれたものだ。不敬である」


「これも敬意の一種だあよ」


「ほざけ」


「お喋りはそこまで」


 横からかけられた言葉に振り向くと、そこには聞き慣れた声から予想していたとおり、教育係であるダークエルフが立っていた。


「おっとエヴァ様、ご機嫌麗しく。何か御用でもおありで?」


「君ね。あまり陛下に気安く接するものでもないよ」


「そんな事言ったらアンタの言葉遣いだって……ああいや、エルフだから仕方ないのか」


 そんな爬虫類の無神経な言葉に、エヴァは気分を悪くした様子で。


「ガラム翁……自分だってここに来て短くはない。偏見を持たれるのは愉快な事ではないよ」


「いや、昔に比べりゃ随分こなれてきたと思うよ……でもおたくに翁なんて言われると変な感じするなあ……おっとと、待った待った俺が悪い悪かった」



 ぎえー、という間の抜けた悲鳴が一つ響き、頭を焦がして倒れ伏した老獣人を哀れげに見やるがすぐに視線を切る。

 口は災いの元、それをガラムはあの歳に至っても理解できなかったのだ……。



「……クリス、不慣れな事をして疲れたろう。とりあえず引き上げだ」


「先生。疲れるほどの事は何もしていません」


「可愛げがないな、君は」


「それは先程も言われたばかりですが……ならご褒美の一つでもいただけますか?」


「……ん、ならば今日からは敬語を使わないでいい。冗長だし……敬語、敬語ね。いまいち、うん……やはり自分にはよく分からない概念だ」


「……エヴァ、何を言うか。お前が学びたいというから始めたのに。まだたったの三日しか経っていないではないか」


「三日も経てば、大体の物事は分かる。分からんのならば、それは自分には不要なものなのだ……ところで」


 意外と怠慢な性根を持つのがこのエルフである。

 それはそれとして、半端に言葉を切ったエヴァは、後ろを僅かに見やる。視線の先を追えば、騎竜に繋がれた荷置きに死体が一つ。


 そこには余が殺害した、妙にもったいぶった格好の男の死体が積まれていた。


 だらんと下がった右腕、そこから半端に伸びた指が地面を擦っている。掌には、ナイフが刺さったまま。

 私のこの手で飛ばした首は、左脇に挟まれていた。


「コレは自分が貰っていいかね」


「……んむ。まあ、構わんだろうが……どうした? ソイツに何かあるのか?」


「いやなに、こんな田舎には似つかわしくない技量と魔力だったからな。折角だし実験体にさせてもらおうと」


「好きにするがいい」


「……しかしまあ、気まぐれで着いてきたが正解だったか。我々の接近を感知された事にも驚かされたが、それ以上に……コイツの結界には破綻がほとんどなかった。自分が掛けた魔術の解除も、まあ……」


 チラリと。

 エヴァは目線を一瞬、硬直し、垂れたままの右腕の方にやって、戻した。


「乱暴だったが、あの場においては最善の選択だったろう。都市部でもこれほどの遣い手はそうはおるまいよ。正攻法で攻めようとすれば中々難しかったかもしれんぞ」


 ……村に入る少し前、北の方角から……我々の本拠から考えれば、陸路でいく以上それ以外はなかった訳だが……攻め込もうとした際に先頭を走っていた竜が一頭、可哀想に、不可視の何がしかにぶつかって首を折り死んでしまった。


 不幸中の幸いというか騎乗者は無事だったが、原因を調べてみれば、忌々しい法術とやらで村を中心に結界が張られていたという。


 エヴァの力でなんとか全員入り込めたが、それにしても人間を褒める言葉なんか聞きたくはない。


「……ふん」


「拗ねるな。勘違いもするな、君の力は自分が一番よく知っている。ただ、万が一にも癇癪を起こしてここに跡形も残らなかったならば、今日この日の意味が薄れたという話だ。そうなってしまえばクリス、お前の経験にならない」


「つまらん事を言うものだ。どのみち、この程度の事を経験というほど余は傲慢ではない。されど当然の如く余は最強であり、無敵である。……今日この日からは尚更だ、何があってもその様にあらねばならない」


「……君は初めて人間を殺した訳だが。感じることは何もないと?」


「それも、当然だ」


「……そうか」


 一瞬の間をおいて、エヴァは口を開いた。


「さて、では帰ろう。号令を」


「……ああ」



 ――エヴァがあの刹那に何を感じたのか。自分は結局分からないまま、村を引き上げていった。



「……無理をするな、クリス」


「…………」


「お前がある時から人間に対して……特殊な感情を持っているのは知っている」


「少し黙れ、エヴァ」


「……これは独り言だ。なに、一晩ゆっくり寝てみろ。他の者は知らんが……君の場合、少しは気持ちが楽になるだろう。何せ、人間を殺したのだ。いや、殺せたのだからな」


 震え続ける私の両手。それぞれ五指を開いて、それをじっと見る。

 ……ずっと抑えていた、エヴァの言う『特殊な感情』が目に見える姿で現れている。

 それでも自らそこに爪を立てて、自らの小心を握りつぶす。


 私の前で手綱を握るエヴァは、そんな私の弱さを見過ごす事にしてくれたようだが。(アロマ曰く)いつだってデリカシーがないのが男という生き物で、ガラムがいきなり並走していた騎竜の上から声を掛けてきた。


「姫様、ちょっといいかい? もう少しだけ話しとこうと思って」


「……話は終わったんじゃなかったか?」


 苦笑い一つ、俺が言うのもなんだが茶化さんで聞いて欲しい、と前置きしてガラムは口を開いた。


「最初に家から飛び出してきた男、見た?」


「ああ。お前が殺した奴か。ソイツがどうした?」


「……速攻で殺ったけどさ。実を言うとアイツ、農民っぽかったけど、俺が見たとこ結構強かったんだ。動きは素人だったが、それでも他の奴らだと怪我人が出たかもってな感じで。だから俺が出た」


「…………」


「アンタが殺った教団の坊主も……アレだ。アンタか俺以外だったら多分、返り討ちにあってた」


「それ程の者か、アレが。余にとっては有象無象でしかないが」


「そりゃ、姫様にとっちゃね。……楽な仕事っつったろ? 嘘だよ。綱渡りだったんだ、意外とね。喧嘩相手の情報がないってのは、いつだってお互い怖いもんだ」


「何が言いたい。お前は今日結局のところ、余に何を教えたくてその軽口を回し続けた」


「教えるなんてとんでもない。……日頃の行いが良かったって言ったろ? あれはおいらの本心だよ。アンタは死なないだろうけど、俺らもね、今日死んだあいつ等みたいに結構簡単に死んじまうのさ。下手したら今日ここに来た奴らだって、荷置きに乗っけられて帰ることになってたかもしんない」


「…………」


「姫様。クリス王女様。そう、貴女様の言う『結局のところ』、俺はさっき聞きそびれた答えを聞いておきたいだけなのさ。俺が知りたいのは、俺たちを……いや、俺なんかどうでも良いが」


 ――俺の息子夫婦も、孫も。皆を乱世に巻き込んだアンタが、ちゃんと潰れずにいられるか……やっていけるかって事。


「地獄だよ、姫様? ちゃんと分かってなさるかい?」


「…………」


「俺には……俺らには、恨みがある。息子にもある。孫には……未来と希望があるんだ……だけど」


 ――アンタには、何があるのさ?


 そう言って、ガラムは、爬虫類の眼でこちらを見つめて……いっそ睨み付けてきた。


 ……自分の一番嫌いな生き物に似た、その目。

 コイツ自身は嫌いじゃないが、どうしても……こんな質感の鱗や尻尾には鳥肌が立つ。

 だけど、もう自分はそんな事を言っていられない。弱い者は王にはなれない。


 だから真っ直ぐに、いっそ射殺さんとばかりに睨み返す。


「何があるかと、そう問うか老兵。お前如きに言われるまでもない。大義ならあるさ。無論……」


「無論?」


「それ以上も、だ」


 ガラムはそれを聞いても表情を変えず、ただ黙って頭を下げた。



(――そう、あの時自分はガラムにそう言った。その直後だった。村を出る寸前、森沿いに竜を走らせていたあの時)



 ……いかにも納得していない様子のガラムに、結局自分の本音など話せる訳もなく、しかし後ろめたさを感じることもない。

 最早禁断のままにはしておくつもりもないこの森に目を向けた。


 ……貴重な資源だ、開発せねば。我々が生きていく為に、切り開く準備を。ここに住み着いていた虫共はもういないのだから。

 そう思い、車内に視線を戻そうとした瞬間、視界を掠めたものがあった。



 ――じぃ、と、まるで獲物を品定めするかのように。二つの……何というか、そう、夜の闇が光を持ったような、不可解な。


 ……耐え難く、おぞましい視線がこちらに突き刺さった。




 ――ゆるさない。おまえだけは、ぜったいに――




「…………ッ!」


「クリス? どうかしたか?」


「姫様?」



 騎竜の速度は、伊達に体が馬より大きいわけではなく、速い。

 もう、先程一瞬視界に映ったナニカは、はるか後ろに置き去られた。


 何かに見られた。

 ……見つかった。何に、って……決まっている。


 蛇にだ。


 私がこの世で最も嫌悪する生物。蛇。それに類するもの。私の心に巣くい続けて、私をずっと縛り続けて……。


 ……幻覚か。現実か。そんなものは関係ない。

 私がまだアレを見て……そしてこの震えが治まらないというのなら……。


「……く、ふふ……這い寄ってくるか、ここまでしても……ならば何度でも、何度でも同じ事を繰り返してやろう……」


「……姫様、アンタのその目……成程」


「何が成程だ。貴様、余の内心を量ろうとするか」


 ……ガラムは、こちらの苛立ちを斟酌しようともせずに、言葉を続けた。


「……お花畑みてえな理想だけで始めた訳じゃないって事か。そんなら、まあ……まだマシかもな」


「ふん。安心しろガラム。奴らは余が滅ぼしてやるさ……絶対に。絶対にあいつ等は……」


 ――この震えが消えて無くなるまでは、私は絶対に人間を殺し続けるのをやめない。そうだ、そうとも。



 ――人間なんて言う化け物共は、一匹たりとも生かしておいちゃいけないんだから……!



◇  ◇  ◇ 



 ――ナイル村産の奴隷……あの山猿について余が知っていることを話せ。アロマはそう言った。


 ――ええ、安心して。誰にも話しません。アロマはこうも言った。

 

 ……彼女がそういうのなら、きっとその約束は守られるだろう。ならば、少しだけならば、話しても構わないのかもしれない。


 自分の恥部にも近いこの記憶はあまり掘り出したくはなかったが、懐かしい顔も思い返せた。

 

 ――あれからガラムはすぐに逝ってしまったな。


(……自分の未熟だった。所詮私は子供でしかなかった。エルは、ガラムの危惧していたとおりになってしまった。だが……)


 ……それでも、自分の理想に叶うようにするさ。世界の全てを良くする。妹の幸福も、同胞の平穏も、この世にあらわす。


 何故ならば、良い世の中にすると約束したからだ。お前だけにではなく、あの時余は、全ての同胞に身勝手な約束をした。


「――アロマ。余は、ファースト・ロストから引き上げる途中の帰り道で奴を見たのだ」




 ――過去を思い返し、遠い目をしながらそう一言だけ零したクリステラ・ヴァーラ・デトラ魔王陛下に対し、その親友にして忠義深いアロマ・サジェスタ宰相は。


 ……先に彼女の内心を示そう。内緒話というからには、それなりの話が出てくるものと思っていた彼女である。

 それが、先の一言をもって話すべきは全て話した、と言わんばかりの王のこの表情である。

『ないしょに、してくれる?』……このセリフには可愛げがあったが、それはそれとして。



 ……故に、彼女の反応は次のとおり。



「……へえ」


「へえってなんだ!? 折角真面目に話したのに! アロマの馬鹿! 冷血! おっぱいお化け!」



◇  ◇  ◇



 ――イスタは、魔族からの宣戦布告なき攻撃に対し、閉じこもり策を講じた。


 首都や主要都市にのみかねてからの計画通り高い壁を作りあげ、多数を助け少数を完全に切り捨てる選択をし、滅びた小さな村を省みることはなかった。

 ただ、僅かな人数でおざなりな調査が行われ、最初に滅びた村だと紙に記録されただけだった。


 ……結局、その稚拙な判断はある種合理的であったのかもしれない。


 魔族の強さを量るにはあまりに村は小さすぎ、資料となるものも少なすぎた。


 イスタはその後、ほとんどの地を奪われたものの……いまだに首都ティアマリアは難攻不落の城塞都市として、その健在ぶりを世界に示し続けた。……ある時までは。


 しかし、それ故に……ただ一人その災禍の中で命を保ち、生きながらえた小さな子供が、滅びた村に残って何をしたのか……どうやって、ファースト・ロストの後もなお続いた、その子供にとっての真の地獄……孤独の最中で生き延びたのか。


 それは、誰にも知られることはなかった。



 ――理解し得ない。知り得ない。それこそが狂気。


 誰もが忘れた小さな果てから、狂気(ナイン)はこの世に現れた。

書籍化書下ろしの第一案としたものでしたが、ちょっとシリアス成分が強めだったのでこちらに掲載いたしました。

楽しんでいただければ幸いです。


なお、↓のところで書籍化特設ページのご紹介をさせていただいております。

ご興味を持っていただけたのであれば、是非ともご覧くださいませ。


よろしくお願いいたします。

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