表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/201

Extra

 ――アビス・ヘレンが、ここ、セネカの首都であるシュリに帰還した。無事とは到底言えない、怪我をしていない所を探す方が余程大変な……命を落としていても全くおかしくない血塗れの様子で、事実意識を失った状態で帰って来た。


 勇者サリーも帰還した。彼女は目立った怪我といえる程のものもなく、その無事な姿を見たときには思わず目頭が熱くなった。


 ……二人が、生きて帰って来た。あの恐ろしい魔王を無力化し、世界の平和に大きく前進した事が本当に……本当に嬉しかった。

 だけど、自分は何もできなかった。

 体を張って貢献した彼らを本当に誇らしく思ったし……ほんの少しだけ、羨ましくも思った。傷だらけのアビスの姿を見たら、そんな事は口が裂けても言えなかったけれど。


 自分が面倒を見てきた、子供達も帰って来た。魔族を、最後に一度だけ説得する為に必要だと……最後まで反対したけれど、彼ら自身が、私の為に、私の役に立ちたいから、といって出発するのを止められなかった。


 止められなかった。

 止められなかった。

 止めなかった。


 ――私は、罪人です。


 ……帰ってこなかったがいる。五年前、戦災孤児であった彼女。身寄りもなかった少女。

 小さかった時から面倒を見てきた私の大事な友達で、娘で。


 初めは私を恨んでいたその人狼の子供。

 腕を何度も引っかかれた。本気で噛みつかれたときは、涙が出るほど痛かった。

 だけど、何度も何度も伝えた。伝えたかった。この世界は、冷たいばかりではないんだって。

 どんな者でも……お金がなくても、器量が悪くても、不愛想であっても。……たとえ生まれが違っても、種族が違ったとしても。分け隔てなく誰かを愛することが出来ること。愛されることが出来ること。その、この世で私が絶対に譲れない真実を、教えてあげたかった。

 彼女が、初めて私の作った料理を食べてくれたときの事、今でも鮮明に思い出せる。


 ……自分がずっと面倒を見てきた、人狼の少女。彼女は、魔王の城から帰ってこなかった。


 ――私は罪人です。私は娘を死なせました。


 どこかに勝手に行っていたローグが、アビス達に一月ほど遅れて帰って来て、私に言いました。

 私が面倒を見ていた子供達……魔物や獣人の子供たちが、あの日魔王の城へ、本当は何のために連れていかれたのかを。

 今まで私が面倒を見ていた子達が、これから何のために利用されるのか、すなわち人間優位の社会を作り上げるための道具にされるという事を。


 ……異種族の孤児みなしごの救済など、自分達の上層部が本気で考えているはずが無いと、言いました。

 そんな事はもうやめろ、いい加減に現実を見ろと、私に怒鳴りました。


 ……私は、ローグがやめろと言った事、まさにその事を為す為にサリア教団で働いてきました。

 誰かを愛するという事がどれだけ尊いか、それを世界中の知性ある存在に知ってもらいたいがために神のもとで生きることを決めたのに、この組織がそれを認めないというのなら。

 私がこれからも、サリア教団に所属する意味はありません。

 神の御意志が、そこまで薄情なものだとは、私には到底思えませんでした。少なくとも私としては、サリア教は、神の意志を曲解していると見なさざるを得ません。


 ……私はここで半生を過ごしました。全てを投げ出して、彼らを見捨てることも同僚として働いてきた使徒のみんなを裏切るのも、余りに心苦しくありました。


 だから、調べました。ローグのいう事が本当だったのかどうか。

 私は、サリア教団を見誤っていたのかどうか。

 ……これから自分は、何をなすべきなのか。


 ……非常に残念なことに、ローグの言い分はおおよそ正しくありました。

 私は何も見えていなかった。見たいものだけ見て、信じたいものだけを信じていた、愚か者です。教団のいう言葉を鵜呑みにしていた、どうしようもない馬鹿者でした。

 娘が死なねば、そんな事にも気付けない、本当に救えない馬鹿で……。


 ……私は、私の目指す理想の為に、この組織を離れようと思います。

 恐らく上層部は、私の変心を認めないことでしょう。口に出すのも憚られることですが、彼らにとって私の存在は利用価値の高いものであったことでしょうから。


 ですが、私の能力をこれ以上彼らの私欲の為に使う事は、嫌です。

 私は確かに神から力を授かりました。ですが私の力は、この世に住まう全てのモノがいつか、平和に、笑いあって暮らせることを主が望まれたからこそ現れたものだと信じます。

 今でも信じています。


 ……私は、一人だけに、教団から離れることを伝えました。

 同僚のニーニーナです。彼女にだけは伝えておくことにしました。私の子供たちを連れて、資産さえあれば安全が確保されるインディラの地で、一からやり直そうと決めました。


 ……ローグを置いていくのは心残りでしたが、私の勘違いでなければ、あの子は甘えています。自分のブレーキになってくれると、無意識に私の存在に依存しています。いつか成長してくれるだろうと期待しながら、私はずっと、あの子の傍にいました。

 ですが、それが間違いだったのかもしれません。あの子は、年を取るにつれ、粗暴さを増していきました。成人してからも、それは変わることはありませんでした。


 ……私が、あの子の傍にいては良くない。

 私が、ここを離れる決心を後押ししたのは、まさにそれでした。


 だからこそ、いつか、一人で生きることのできるようになった彼の成長を見届けるためにも、そして私の理想がこの教団のそれよりも多くの民を救いえると確信したときにはまた戻ってこようと、そう思いました。


 ……彼女は、私の出奔を手伝うにあたり、一つだけ条件を付けました。

 ローグがここ最近、何をしているのか。それを己の目で確認せよと、そう言いました。


 私は……それを承諾しました。

 夜な夜なあの子が何をしているのかは、確かに気になっていた事でしたし、彼は私にその事実を隠そうとしていた様子ですが、長い付き合いでしたから。




 ――――――――




 ……私はいま、ローグの隠れ家にいます。

 夜、任務を与えられたあの子がいない今夜のうちにやらなければいけません……態々ニーニーナが私を指名したという事は、それなりの理由があっての事でしょうから、慎重にタイミングを計って今日のこの日、この夜を選びました。


 心苦しくありました。このように、盗人のような真似をするのも、あの子に黙って、隠していることを無理やり暴くのも。

 ……自分があの子を信頼していない、その事実を突きつけられている。

 つまり私が感じているこの気持ちは、自己愛の発露でしかないのでしょう。なんて見苦しいものだろうと、そういう事すら、やっぱり自分を慰める言葉でしかない。


 ですが、日に日に表情が歪んでいくローグを見るのが辛かった。あの子が何か悪いことをしているのは明白です。


 ……内部に入り込むと、調べたとおり、地下への階段がありました。石造りの、明かりのないものです。


 足音のしないよう、靴の裏に毛皮を張ったものを履いています。任務で使う道具を、身内のモノを調べるために使用するのも、私の身勝手な罪悪感をつつきました。


 ――すべて言い訳です。


 私は、地下へ歩みを進めました。


 武骨な扉が、奥に一つだけ。

 これが、ローグの隠している何かだというのでしょうか。


 そろり、とそこへ入り込みます。

 ……入り口に、鍵は付いていませんでした。



 ……真っ暗な部屋。


 暗い中を手に持った僅かな明かりで進んでいましたから、そこの暗がりの奥に、何かがいることが分かりました。

 ……縛られている誰かがいることに、気付きました。



「――誰だい? そこにいるのは。いつもの人じゃないね……」


 ぐったりとしている様子のその誰かは、弱り切った声で、こちらに誰何すいかしてきました。


 その人は、男性でした。片方の腕がありませんでした。それだけではなく、ひどい傷を受けていました。

 明かりを寄せると、おぞましいことに、片方の眼球すら失っていました。全身も傷だらけで。何度も治療され、そしてその上からまた傷つけられた様子が一目で分かりました。

 あまりにもあからさまで……執拗でしたから。


「……私はリリィ……リリィ・スゥ。貴方は?」


「僕は……僕は……」



 そこで、その人はほんの少しだけ首を傾げて、思いのほか寂し気な表情をこちらに向けて、口を開きました。



「……? 僕は誰だっけ……? 僕は一体、なんだったっけなぁ……」




 ――その言葉を聞いて、私は、彼をこの場から連れ出すことを決心しました。


 ローグに……あの子の人格に、これ以上の残酷さを与えない様に。

 自分の理想を、これ以上くすぶらせないために。

 ローグに傷つけられた、この……名前も失ってしまった誰かを、救うために。




 ――――――――




 ――私は、そうして。


 『悪魔』と呼ばれる人間を、世に放ってしまったのです。


 ――私は罪人です。


 だって……今、『このような』時になってさえ、自分が間違ったことをしたなどとは到底思えないのですから。




 ――――――――






 ――しかし。


 やはり蛇は、待つもの。飢えに耐えるもの。

 そして、獲物を逃がさないものである。



 ――やっぱりね。ナイン、貴方は私から逃れられない運命なのよ――


 ――それにね――


 ――新しい生贄、見つけたわ――






 ――――――――




 第二部予告。



 ――聞いたところによると、魔王は乱心しているらしい――



 とある国の、どこか小さな町の者がそう囁いた。


 ……力を失った魔王。それに伴う、人間達による勢力の拡大。

 それを防ごうと動く魔族の他勢力。



 ――信仰ってな、女を愛するようにやるんだ。多少神さんの言葉が間違ってたっていい。大切なのは本質だ――


 ――神の言葉以外に信じるべきものはない。お前は異端者だ、殺す、殺す――

 

 ――ねえ、神様を信じる人間ってな、そんなに立派なもんですか――?


 ――なんで、そんな所にお前がいるんだ。自分は……それじゃあ一体、何のために――



 ……神に対してまつろう者、その存在を捨てた者、お互いが近づき、ふれあい、傷つけあう。

 その中で、何を得るのか、学ぶのか。



 ――ナインちゃん。あのとき……約束した事、覚えてる―ー?


 ――なあ。本当に、オレの事が分かんねえのか? オレはお前の――



 ……かつて、結んだはずの約束。

 大切に思っていた、誰か。

 それが、今の己にとってどれほどの意味を持つのか。



 ――本当に怖いってのが、どういうことか。強いあんたらには……わからんやろな――


 ――あたしは、ここを守るだけ。弱いからね。でもきっと、あの子に一番必要なのは、居場所だから――



 待つ者。信じる者。

 その切なる願いは、裏切られると知っていながら、揺らぐことがない。


 

 ――私では、駄目なんです。クリスには……妹には、貴方しか――


 ――……んむぅ――



 失った絆。それを、本当に取り戻すことが出来るのか。

 ……たとえ、それによって、何かを致命的に傷つけてしまうとしても。



 ――蛇の子。私をどうしようというのかしら――?


 ――他の方からは……生かしておくなと聞いてます。僕個人としましても、よろしければ是非、死んでいただきたいね――



 かつての伝説と、新しい恐怖存在。悪魔と悪魔。

 どちらもが人間の敵である事に変わりはなく、しかし彼らは互いを敵と定め、食らいあう。




 ――悪魔を殺せ! この悪魔の首を、高く掲げてやれ――!


 ――くひ。貴方たちに、どうか幸せな生がありますように――



 ……そして、悪魔と呼ばれた人間が、己の人生をかけて、何をなすのか。



 インスタント・メサイア第二部、近日公開。

これにて、インスタント・メサイア第一部、完結です。


三年間の長きにわたりお付き合いいただき、本当にありがとうございました。



※第二部開始しました。

http://ncode.syosetu.com/n8607dt/


是非、これからもこの物語にお付き合いいただければと思います。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ