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名乗り

 現在、僕に敵対している使徒と勇者。その二人は、僕の言葉に沈黙をもって返した。

 直接呼びかけた相手であるアビスさんも、彼を慕うサリーちゃんも、色の無い目線だけを送って来たが、やがて僕の言葉の意味を理解したのか、その表情には段々と疑惑のみが浮かび上がってくる。


「気取った言い方をするなら、決闘です。アビスさん、貴方は僕とクリスを殺したい。僕はクリスを助けたい。だから、クリスの安否をかけて決闘しましょう」


「君は……何を言っている? 自分が先ほど、どれだけ卑怯な真似をしたか自覚しているのか? その上で、決闘だと……?」


「こっちの事を言えた義理じゃないでしょうに。それに、だから彼女はお返ししたじゃないですか。今から僕は貴方と、二人きりで戦う。勇者ちゃんのお邪魔抜きでね。負けたのなら素直にこの場から退散願います。僕に勝てたなら、その後はお好きにどうぞ」


「……今更そんな言葉を信じるとでも思っていたのか? それにこちらは、二人がかりで君を封殺する方が都合がいい。決闘を受け入れるメリットがない」


 嘘をつくなよアビスさん、心にも無い事をいうなよ。

 貴方は性根が真っすぐで嘘が下手くそなんだから、すぐバレちゃう。


「勇者ちゃんが僕に対して何の戦力にもならないのはさっきので分かったはずだ。そのを傷つけたくはないでしょう? 勇者ちゃんには失礼だが……貴方にとっては価値のある条件だ。男同士、決着をつけようじゃないの」


「…………」


 ……アビスさんは、まだ迷っているご様子。当たり前か。

 だけど、きっと彼はこの条件を呑むだろう。


 ……勇者ちゃんを逃がしたのは僕の事情であって、君らにとっては関係のない事だ。僕にとっても、勇者ちゃんが傷を負うのは望むところではないというのは、君らに知られたくない話だし、その理由は知らないままでいい。理解される必要もない。


 ……ただ、混乱の種となるならそれもいい。

 考えてくれ。頭がぼんやりしてきた僕の代わりに。考えて、考えて、少しでも動作が鈍るならそうしてくれ。


 こっちには後がないんだ。ただ僕はクリスを助ける為に、全力を出したいだけなんだ。勇者ちゃんに邪魔されたくないだけなんだ。正々堂々と言ってやったのは、騎士道精神旺盛な君の決断を後押ししてやるだけだ。僕は君を餌にして、さっさとニーニーナを呼び出したいだけなんだ。僕の胡散臭い言葉を君が深読みして、少しでも成功率を上げる策を考える時間が欲しいだけなんだ。

 ……だけ、だけ。だけばっかり。全然『だけ』じゃないのは良いだろ別に。僕は強欲だ。ただ、君は、一対一でやれば僕に勝てるって確信があるだろ? さっきやり合ったときにさ。こっちだって分かってるよ、まともにやれば僕は貴方に勝てやしないのさ英雄様。それでも僕は君と殺し合い、君を捕縛するとしよう。クリスが助かる方策がそれであるからそうする。名誉も勝利もいらん。勝てなくても、負けなくても、別にいい。



 ――しばしの沈黙の後、アビスさんは勇者ちゃんに振り向いて。


「サリー、離れていてくれ」


 そう言った。


 勇者ちゃんは、何事か言い募ろうとしたものの……アビスさんの表情を見て。


「ご武運を」


 そう言った。




 ――勇者ちゃんが部屋の隅に移動したのを確認し、アビスさんは右足を引きずりながらやや横に動いた。そして、こちらに向き直る。

 ……僕らの直線上には、勇者ちゃんは当然、クリスがいる部屋への扉もない。本当に愚かで、真っすぐな人だ。僕の言葉が嘘か本当かに関わらず、正々堂々を貫くつもりらしい。全く大した英雄様だ。反吐が出る。

 しかし畜生、今はありがたい。


「……待たせたね」


「お構いなく。……貴方の血管は裂いた。僕のも裂けてる。お互いあまり時間もないでしょうし……やりましょうか。開始の合図は勇者ちゃんに」


「待ちたまえ。君は決闘を申し込み、僕が受けた。ならば、今一度改めて名乗ろう」


 そう言って、アビスさんは自分の胸に手を当てて宣言した。


「使徒第十二位、『怪力』アビス・ヘレン。神の名の元に、人々の手に平和と安寧を取り戻す為に……いいや、今は一人の男としてサリーを守る為にも。ボクは、君を全力で打倒する!」


 あたかも、告げる言葉は本心で、嘘偽りなく、その胸に秘める想いには恥じるモノなど一つもないって顔で。穢れの無いその胸に手を当てさえすれば全て誠実に言葉が伝わるとでも思っている顔で彼は言う。


 ……羨ましい事この上ないね。こちらには、もう何も残っていないってのに。

 僕は、自分の胸の中にある想いが、歪んで腐った悲鳴の産物だって、もう自覚してしまった。

 誰かを愛する事なんて出来なかった。結局、自分が一番大切だっただけで。

 復讐も出来なかった。僕はどこまでいったって中途半端な男だ。

 僕には『本当』なんて一つもなかった。嘘で塗れた自分の人生には、相応しい報いだ。


 だから、僕にはあんな風にまっすぐに宣言できるものが何もない。


 しょうがないので、代わりにこちらは、さっきクリスからお守りでもらった一枚の羽根を胸ポケットから差し出して掲げる。


 彼女の、魔族達を守りたいという気持ちでも代弁してみようかと思ったけど、それも何か違う。


 ……クリス。今はもう、恨みとか、初恋だとかも関係ないと思っていたけど。ただ彼女への執着がこの場へ僕を立たせている理由であるんだとしたら。


 ……ああ、一つだけ残っていた。というか、さっきティア様から取り戻したもんが一つあった。ティア様は昔、僕に新しい名前をくれたけど、その代わりに昔の名前を思い出すことを禁じていた。

 碑に刻んだ名前を消したのは……きっと彼女の仕業だったんだろう。

 だって、これがクリスと僕との繋がりになっていたから。彼女を傷つけた一因でもあったから。

 思い出したんだ。そう、彼女が自分を卑下する原因。僕が彼女を歪めた言葉、その響き。


 何度も口にしていたのに、我ながら間抜けだとは思うけど。こればかりは思い出せて良かった……。



「僕は、魔王クリステラの怨敵にして恩人、従僕にして主人……」


 そこまで言うとアビスさんのギョッとした顔が見えて面白かったが、続ける。

 ……折角勇者ちゃんが呼んでくれた蔑称がある。最早言い訳のしようもない位、人類の敵になった僕には嫌になるほどぴったりだし、使わせてもらうとしようか。


「『名無し』のナイン改め……『悪魔』クリス=ナーガ・ハーヴェスト。さしあたって今はとりあえず……あの弱虫を泣かせてくれた貴方のお尻をぺんぺんします故、お覚悟を」

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