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デウス・エクス・マキナ

 僕は目を逸らさない……勿論、アビスさんからだ。


 勇者ちゃんはホントに全く、対クリス用の鉄砲玉だった。ありがたいことに組打ちの心得なんかありゃしない。背中にのしかかって腕を捻りあげてやれば、騙されたと気付いての一睨みも痛さで歪み、踏まれた子猫みたいな悲鳴一つ、身動きも取れやしないのだ。


 つまり一言でいうなら、文字どおり眼中にない。二文字で言うなら雑魚。あるいは論外。

 今の僕にとっちゃ……いいや、例え強化がなくったって制圧は可能だったろう。カカシみたいなもんだ。


 そこらの幼児がおままごとで遊ぶ以上の価値はあるから、まだ壊しやしないけれども。


「さて、さて、さ、て、と……ねえアビスさん? この状況って、いわゆる形勢逆転ってアレだ。なんならさっきのお返しに降伏勧告してやってもいいよん? ……本当さ、僕の口は軽いんだ」


「……彼女を、はなせ」


「そら来たカッコいい! お決まりお定まり、英雄様のご命令が来たぞう! 捕らわれのお姫様に、傷だらけの王子様。望外だ! 僕は不思議な力で灰になること請け合いだね、もしここに観客がいたらの話」


「ふざけるな! 彼女を……サリーをはなせ、ナイン!」


 あらやだ面白い。


 ……『はなせないん』ですよ。だってそしたら、君、僕を殺してしまうだろ? やだよそんなの。それに、そもそも死ぬのも覚悟の上で来たんだろ? 貴方も、この娘っこもさ。


「わ……私なんてどうなってもいい! アビス様、やっちゃって!」


 ……わぁお、勇敢な。ここでアビスさんにそれが出来るようなら、どんなにシンプルな話だろうね。世界中の英雄譚の著者が断筆してしまう。

 こんな事をお姫様役に言われてしまった今のアビスさんの気持ちは、分からんでもない。

 アリスさんやガロンさんが、ニーニーナ、そしてローグに人質にされていた時を思い出しちゃう。勿論自分が英雄だなんて言うつもりはないが、僕みたいなクズですら見捨てらんなかったんだ。


 貴方なら尚更だろう?


「お願い、アビス様……! この悪魔と、魔王を貴方の手で滅ぼしてください!」


「お黙り。……ぼかぁ小悪党なんでね、こういう時には使い古しの例のヤツを言った方が良いと思うの。だから言うよ? いいね? ……コイツの命が惜しければ、動くな」


「き、さま……一体、どこまで堕ちる……!?」


 どこまでもだってば。

 ……僕は、アビスさんの戦闘力を決して過小評価していない。片足になった今でも、まともにやり合う気になんざ到底なれない。そも、こっちは彼の腱を奪うために左腕一本、骨も肉も失ったんだ。

 今の状態でやり合ったとして、彼の首と僕の首、どっちが先に飛ぶか賭けたとしたなら、低配当が割り当てられるのはこっちの首だろう。分の悪い賭けも試し甲斐はあるし、まだ策が無い訳じゃない。

 けど、前にアロマさんに怒られたからギャンブルは止めとこう。


 ……ふむ。出血量からしてアビスさんも筋肉を締めて血管を圧迫しているらしいが、特別、治癒が早いとかそういうのもなさそうだし。

 ……僕の方も時間がない、彼と同じようにして出血を抑えちゃいるが、きちんとした処置しないと死んじゃう。


 血が砂時計代わり……素敵なタイムリミットはお互い様という訳だ。さっさとやれる事はやっとこう。


「さて、改めましてお嬢さん、初めまして。ナインと申します。背中から失礼」


「くたばりなさい、裏切り者! アンタなんて魔物のおやつになっちゃえ!」


 ……んん、元気な挨拶だ。マナーの良く出来た娘だこと。どこの山で生まれたのかな?

 半透明の翼がぱたぱた暴れているが、気にしない。感情に合わせて動くのはクリスとおんなじだ。まあ、一応触らないようにしておく。


「お互い忙しい身だろう。不躾で申し訳ないが早速本題だ。是非聞きたい事がありましてね……」


「あんたの言う事なんて誰が聞くもんですか!」


「……小娘。聞こえないってんなら、その怠慢な耳を齧り取ってやろうか」


「上等だわ! お腹壊さないように祈る事ね!」


 ……あかんわ。この娘、強い。

 さっきの僕とアビスさんの戦闘を見てガクガク震えてた癖にこれだ。女の子はこれだから怖いんだ。

 ……尻に敷いておいて今更だけど、落ち着かない気分になって来た。僕、普通の女の子との接し方なんて知らないってのに。

 もういい、やめとこ。アビスさんに聞こう。むしろ詳しく知ってるとしたらこっちだろうし。


「……失礼、アビスさん。この……今もぱたついてる翼、一体どんな効果があるんです? ……ああ、くだらん前問答は結構。意味は分かりますね?」


「……知らない。魔王の魔力を奪い得る以上の具体的な事は、ボクは……我々は知らされていない」


 ……『覗』いてみるが、どうやら本当らしい。なんだいサリア教団って、実は暗殺者養成教室か? 当人らが良く分かんないまま不思議な奥の手引っ提げて敵の本丸に突撃するって頭おかしくない?

 使徒だ勇者だ言ったって、彼らも所詮ただの駒でしかないのか。予想していたことだけど胸糞悪い。多分僕に同情される方が、彼らにとっちゃよっぽど胸糞悪いだろうけど。


 残念だが、肝心のクリスの魔力を復活させる情報については……今は諦めるしかないか。


 ……で、あるなら。


 クリスの天敵である勇者。

 その盾となり、矛となる使徒。


 そのいずれをも安全に殺す、手っ取り早い手段と言えば?


 ……ふむ、ローグきゅんのやり方に倣うとしよう。どこまでも二番煎じで恥ずかしくなってくるが、僕は弱いので選択肢自体が少ないのだ。

 それに、彼らには神様の加護とやらがあってもティア様の加護はない。だったら、彼の時とは違う結果になる筈だ。

 神様とやらが恵みを与える存在であるなら。ティア様と違って、誰かを呪う事など出来るまい。


「……これから僕が言うのは、一度君らが使った手だ。恨むんならローグ・アグニスを恨むといいよ」


 そしてアビスさんに自害を命じる前に、勇者ちゃんの捻りあげた手を尻に敷きなおし、くい、と空いた右手で顔を持ち上げる。

 ……この哀れな少女の事は、覚えておこうと思ったんだ。先日殺した暗殺者のように。僕がこの手で命を奪う、もう一人の犠牲者として。クリスを泣かせた原因である、僕にとって最悪の下手人として。


 ……勇者ちゃんの顎を持ち上げて、僕はその時ようやく彼女をじっくり正面から見ることとなった。


 正確には、彼女を捕らえた後もずっとアビスさんを警戒していたからこそ、今ここに至ってやっと、彼女の顔の造作をちゃんと近くで観察する機会が出来た。


 出来てしまった。




「……嘘だろ?」




 ……嫌な、汗が出てくる。よりにもよって……このタイミングで気付くなんて。


 くだらない感傷だった、失敗も失敗、さっさと殺しておくべきだった。

 ああでも、そしたらきっと、後になってこれ・・を知ってしまったらきっと僕は、その場で自分の首を裂いて果てたことだろう。


 正直、気付かなければよかったと思う。

 だけど、気付かなかったらきっと後悔していたとも思う。

 八方ふさがりだ、最初から、運命って奴か、なんだこりゃ、悪い冗談だ。


 ……ああ、貴女が心配していたのも良く分かるよ。だってさ、こんな、あああああ、こんな。

 こんなに貴女にそっくりだったら、そりゃ、一人娘だっていうなら、分かるよ、命に代えても守りたくなるのも分かりますよ。

 短い道中、何度も聞きました。そればっかり聞きました。貴女の娘の自慢話、話している間の貴女の幸せな顔、思い出せるんです。思い出せてしまうんです。


 だって、故郷の事はもう忘れてしまったのに。

 僕がこの地に来る前の、人として生きた時間。その中で唯一暖かさを感じたのは……貴女の優しい笑顔が傍にあった時だけだったから。



「サリー……サリー・スノウホワイト……」


「っ、気安く私の名を呼ばないで、この悪魔! お前なんか、お前なんか地獄に堕ちちゃえ!」


 彼女の口から出ていなかったファミリーネームと合わせて……他人の空似、その可能性にかけて呟いた。震えと共に祈りながら、呟いた。


 果たして、勇者は否定しなかった。



 ……なんで。

 なんでよりにもよってこの娘が……マリアさん、貴女の娘が、勇者なんですか……。


 ……僕に、彼女の娘さんを始末しろって、そういう話……?


 ああ、神様。今こそ信じるよ、貴方、本当にいたんですね。

 貴方ってば、掛け値なしに全能だ。恵みじゃなくって、呪いもちゃんと心得ているんですね……。


 ――本当に、本当にお前って奴は、僕の事がとことん嫌いなんだなあ……。


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