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宣戦布告

 ナインがクリステラを隣室に運び込んだのを見たアビスは、追撃を控えた。サリーの安全と……疲労を考慮し、暫く魔王達の動きを警戒するという選択をしたのであった。


 万が一にも魔王が強力な術具を持っているとしても、魔力が切れ、反応速度もただの人間並みであるならば、今はこちらの身体能力で封殺することが可能であるし、狭い空間に飛び込む方がリスクが高い。

 加えてかつてニーニーナに話を聞いたところ、専門の教育を受けていないらしいナインにはそれほど複雑な術具は扱えないであろうし、追い詰められた鼠ほど危険である。

 何より今はサリーもいる。既に魔王の魔力を奪うという成果は上げた以上、無理をする理由もない。


 ……とはいえ、『原初』のダークエルフが結界の解析にかかるかもしれない。一日二日でどうこうできるものではないと聞いているが、絶対安全とは言い切れない。


 故にアビスは、後数分動きがなければ壁を破壊して奇襲を図る心づもりであった。


 当然、扉から距離こそ取っているが、視線を切っていないからこそ、ゆっくりとそれが開いていくのに気づいた。


 ……ナイン。先ほどの動きを見る以上、やはり真っ当な人間ではない。

 自分はそれほど魔力の扱いに長けているわけではないが、それでも確かに、一般的な魔術を使用した訳ではなさそうだ。『サリアのギフト』でもなく、あれほどの身体強化を詠唱無しになしえるのは、通常あり得ることではない。そもそも、負担が大きすぎて体が持たないだろう。


 警戒の度合いを最大限に引き上げ、開いた扉から出てくるのがクリステラか、ナインか。予想を立てるまでもないが、それでも先入観を持って臨むのは素人のやり方だ。


 ……果たして、そこからのそりと出てきたのは、ナインであった。


 一人だ。クリステラはそこにいない。

 サリーを後ろにかばいながら、アビスは通告する。急速に接近されて、サリーを人質に取られることが考え得る限り最悪な状況である為、これからどんな事があろうと、ナインとサリーとの直線間を空けないよう心掛ける。


「……ナイン。魔王をこちらに引き渡せ」


「…………」


 こちらの通告に返事もせず、ナインは手を握り、開く動作を繰り返している。

 こちらをないがしろにする態度に苛立つが、努めて冷静さを保つ。自分の頭に血がのぼることは、サリーの安否に直接影響するからだ。


 ……最後に、もう一回だけ。自分と同じ人間であるナインに向けて、アビスは警告の言葉を投げかけることにした。





 ――――――――





 ……クリスを部屋においたまま、僕はアビスさん達のいる玉座の間に戻る。幸い、彼らが突撃してくることはなかったが、だからといって事態が好転したわけでもない。


 逃げ場無しのこの状況、僕は、自分の力でなんとか切り抜けないといけない。

 幸い、ティア様の強化はまだこの身に残っているし、簡単な彼女の術は自分でも扱える。

 ……ただ、ティア様の協力がない以上は、ローグきゅんに使ったような、因果を歪めるような真似はもう出来ない。ソプラノちゃんの時に使ったような、変身も、治癒も使えない。


 まあ、今あるものでなんとかするしかない。当たり前の話だ。大体僕はいつも、戦闘なんか不利な状況でしかやったことがない。

 いつもどおり、この空っぽな頭を使って立ち回るしかできない。


「……ナイン。魔王をこちらに引き渡せ」


 ……アビスさんの声が、揺らいでいる。大きくなったり、小さくなったり。彼の姿も、少しばかり歪んで見える。さっきティア様に無理矢理命令した影響だろう。そもそも彼女は、人間なんかに御せる存在ではないらしいし。

 それに、僕が差し出せる対価……記憶も、もうあんまり残ってないだろう。自分がイスタで生まれたことすら、なんか実感が無くなって来た。家の形も、村の配置も駄目だ、友達も殆ど思い出せない。

 顔なんかも思い出せない。

 思い出せそうな部分は、首から下ばかり。体、歪んだ、抉れた体。気の毒に、殺された胴体。僕が調理した、柔らかい部分。


 ……僕が倒すべきアビスさん、実際直接やり合うのは初めてだけど、純粋に力が強い相手って、こんなときは一番厄介。どこまでやれるもんだかな。

 自分の手を、握って、開いて、具合を確かめる。皮膚の感触、骨、関節の軋み、筋力の向上の程度。

 全部を整理し、効率の良い出力の具合を確認する。


「聞こえないか。ナイン、君にとっての最後通牒だ。魔王をこちらに引き渡せ。そうすれば人間である君の命だけは保証する」


「……ねえ、アビスさん。クリスね、泣いてたんですよ。貴方も見たでしょ?」


「……繰り返す。魔王を引き渡せ。勝負はもうついた筈だ」


「貴方が泣かせたんですよ。あれね、僕の女だからさ、アイツ泣かせていいのは僕だけなのにさ、貴方がアイツを泣かせたんだ。だからさ、責任というかなんというかね」


「……ナイン。君にはまだ、人間として生きていく道が残っているんだ。この勧告が無駄なものであったと、後になって僕は思いたくはない。賢明な判断をしてくれないか」


「……後? 貴方の人生に、この後なんかないよ。人の話を聞かない奴だなあ……こう言わなきゃわかんねえかなあ……。落とし前、つけてもらうって言ってんだよ……?」


「よせ、ナイン。その身体能力があれば勝てるとでも思ったのか? ……君では恐らく、時間稼ぎにもならない」


 ……何それ。

 確かに他人頼りの力っつっても、そんな事言われたらかちんとくる。


「……時間稼ぎにもならない、ねえ……? 僕だって男の子だ、プライドだってちょっとばかり残ってるんだ、そんな事言われちゃなおさら引けないね。僕、ナメられんの嫌いなんだよ」


 ……実際、アビスさんは恩人であったわけだけど、それでも僕は彼を嵌めた。彼を使って、沢山の人間を食料にした。

 その理由は、彼のあの目だ。あの目つきが嫌いだったから。

 それ以上に、それ以上にコイツの、自分は間違ってないっていう、あたかも正義は勝つなんて本気で信じているような、そんなキラキラした無根拠な自信がさ……駄目だよね。

 認めらんないよね。僕みたいな地下住まいのモグラには、そんな光はいらない。そっちがギラギラ焼いてくるなら、こっちは闇で覆いつくすまでだ。


「……まあ、なりふり構う理由もついさっきなくなりました。初めて会った時から、貴方の事は気に食わなかった……」


 そうさね、と一息。相手に伝わらない様に、ゆっくりと息を吸い上げる。


「……お前らはここで殺しておくとするか」



 僕がこの場において勝つための、第一の策。



「――『可愛いネコヴぅぅぉるちゃんどら舌ちょうらんぐしゃあ』」



 当然、奇襲。

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