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理想、正義、大義

「こちらですわ」


 ……そう言って、アロマは一際大きな扉を伸ばした腕と手の平で指し示した。

 華美過ぎず、しかし手の込んだ上品な装飾がなされたそれは、貴人が人を迎えるに相応しい者であった。


(成程、この気配……間違いない。この中にクリステラがいる)


 アビスは、扉越しにすら感じ取れる肌を刺すような魔力を浴びながら、自分が今どこにいるかを改めて認識した。ここは魔王クリステラの居城であり、そしてこの眼前の部屋にて今、彼女が自分たちを待ち構えている。


 ……魔王が、人間を玉座に迎える。その意味を十分に理解しているアビスは、今からの自分の行いによって人類の歴史が変わり得るという事実に、精神的な圧力を感じざるを得なかった。


 しかし、隣で軽くこちらの手を握ってくるサリーの前で、無様を晒すわけにはいかない。それに今、自分と少女の双肩二対に人類の命運がかかっているというのであれば、それはきっと、緊張だけではなく彼らの希望が自分たちの力になってくれるということだ。

 観客がいなくても、関係ない。自分たちは、自分たちに出来ることをするだけだ。確かな勝算はこの手にある。


「私共が陛下から授かった仕事はここまでですわ。後は、ご自身でお入りくださいませ」


 慇懃に、しかし冷えた目のままアロマは姿勢を崩さずに言う。

 言われずとも行く。だが、これが自分の人生の最後かもしれないのだ。

 死ぬつもりはないが、それでも最後にサリーに向けて言うべきことがあった。


「……サリー。ちょっとだけいいかな」


「なんでしょう、アビス様。何でもおっしゃってください」


「言い訳をさせてもらうよ。本当は、君をこんな危険な役目につかせたくはなかった。……今更こんなことを言うのは、卑怯だと思うだろう。そう思ってくれて構わない」


「…………」


 この場では言うことが出来ないし、サリー自身も知らないことであるが。

 成功した場合は当然、今も自分たちを監視しているだろうニーニーナが二人を回収する。しかし万が一、彼らの想定外の事態があった場合、アビスを置いて即座にサリーのみを回収する手筈となっている。そしてまたいつか、クリステラを殺害するための方策が練られ、サリーはそこに再び投入されることとなるだろう。


 つまり、今日この策が失敗した場合、確実にアビスは死ぬ。しかしそんな事は一切関係がない。


「だけど、僕は君を守りたい。これからどんなことがあっても、君を守る。これは……これだけは、上層部の意向とは関わりない僕の本心だ。信じてくれとは言わない。行動と、結果で示す」


「……アビス様」


 サリーは、彼の言葉を受けて、ただそっとアビスの頬に手を添えた。

 そして。


「……っ」


 軽く引き寄せて、空いた側の頬に口付けた。


「本当は、王子様からのキスを待っていたんですけどね。アビス様、照れ屋さんみたいだし」


「な、なっ、君ねえ!」


「……続きは、全部終わってからお願いします。今度はそちらから、情熱的なのを希望します。……待ってますから」



 ……そしてお互いを見つめ合う二人に対し、冷や水が浴びせられた。



「呑気な奴らだな、ここはいつから観劇場になったんだよ。……頭ン中、まるで花畑だぜ」


 小さな、しかし棘を含んだ声で、今まで沈黙していた人狼が言葉を投げかけた。


「……何よ。やっぱり野蛮な者の集まりね。無粋にも程があるわよ」


「ぬかせガキ。発情してんだったら便所に行ってこい、そん位の時間なら待っててやるぜ」


「なっ、本当に品性下劣ね! やっぱりアンタ達はロクなもんじゃないわ!」


 腕まくりをしてガロンに向かうサリーを軽く押し留め、アビスはガロンに向かい合う。


「君にだって、大切な相手はいるだろう。たとえ獣人であっても、他人の気持ちをないがしろにして楽しむのは止した方が良い」


「……は、救えねえなお前ら。ガキ共人質にとっといて、人の気持ちを考えろ、だあ? お前らがオレ達の事を考えたことが一度でもあったってんなら、オレぁ今から犬の真似でもして吠えてやろうか?」


「ガロンさん。気持ちは分かりますが、そこまでになさい」


「もう少しだけ言わせてくれよアロマ。なあ、アビスとやら。お前らサリア教団ってのは、この世に生まれた全ての人間を救済する為に存在してるんだったよな、あってるか?」


「……ああ、そうだとも。人外であってもその教えを受け入れるのであれば、我々はその者達を排斥することはない」


 それを聞いたガロンは、僅かに俯いた。

 く、く、と押し殺したような声が聞こえたかと思うと、途端、ガロンは腹を抱えて笑い出した。

 思わず瞠目したアビスに構わず、ガロンは笑い続ける。


「ハハハハ! 聞いたかおい、なあアロマ! たまんねえな、こいつらの偽善はとびっきりだ!」


「……何?」


「お前らよ、人間を救う救うって、ハハ、オレ達が知らねえとでも思ってんのか。同胞を売り買いしてよ、その罪を金で贖ってよ、神様、お許しくださいだぁ? 笑わせんなよ!」


「そういう者がいることは否定しない! だが、人間とはそんな者達だけではない! 平和になりさえすれば、そんな非道はこの世からなくなる!」


「知らねえよそんなこたぁ。オレが言いてえのはな」


 そして、先ほどのアロマと同じように、魔王の元に続く扉を指差した。

 既にその顔からは笑みが消え、ただただ暴虐な、人狼としての……人類の天敵としての表情だけが浮かんでいた。


「お前の理想……全ての人間を救うなんざ笑い話が、どんだけ欺瞞に満ちているかを証明する奴が向こうで待っているってことさ。……オレの話はこれで終わりだ。勝手に行って来い。そんで、無様に死にやがれ」


 そう言って、不機嫌そうに両腕を組んで、ガロンは壁に寄りかかった。


「……アビス様は死なないわ。私が、そんなことにはさせない」

「……我々には、正義がある。大義がある。君たちには、けして負けない」


 そう言って、振り返らず、ただ二人はお互いの手を一度固く握りあい、そして。


 扉を押し開き、その先へと進んでいった。


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