泣いたり笑ったり
最近の僕はいまいち良くない。
一言で言ってしまえば、不自由なのだ。
クリスはなんだかんだ僕を疑っていて、自由を与えてくれない。四六時中の側付きの命は、ほかの理由もありそうだが、明らかに僕への警戒を表している。彼女の近しい者らにアプローチしまくってたのはとっくに知られてるようだし、当然と言えば当然かもしれない。
アロマさんは元々不安定なところがあったが、イスタ攻めの強行しかり、幼児退行っぷりしかり、あんまりと言えばあんまりだ。口にするのも恥ずかしいし、僕の所為であるのは間違いないのだが、依存されすぎだ。
ガロンさんは最近お母さん属性が強くなりすぎだ。いや、それを初めに求めたのは僕だが、クリスの目を盗んでは僕に世話を焼きたがるものだから、嬉しさ半分、煩わしさ半分である。
エヴァさんは最近会っていない。ただ、何やら今までの彼女らしからぬ動向を示しているようで、城の中でも噂にのぼり始めているのだが、なんとも真意が掴めずもやもやする。あの人は出来ることの幅が広すぎて、予想がつかない。
セルフィさんは胡散臭い。胡散臭さ極まるが、こちらから手を出すのが憚られる。あの時僕に囁いた声は、それ程に深くて暗い声だった。魔王を誑かすのに躊躇いのない僕からしても、あの人に考えもなく手を出すのは得策と思えない。
アリスさんは僕に最近近寄ってこない。というか、仕事が忙しすぎて構っている暇がないという話のようだ。一度だけ城内ですれ違ったときに、恨めし気に睨まれた。そんな顔も可愛い。彼女は根っ子が僕に似て小心なので、ある意味安心感を覚えてしまうが、だからこそ追い詰めると何をするか分かったものではない。
ピュリアさんも同じく忙しいようだ。まあ、情報収集役の飛行部隊は、これから戦争しようというのだ、特に負担がかかるのは不思議ではない。小鳥状態の彼女を愛でて癒されたいものだ。
エルちゃんにも会えていない。クリスが類稀なるディフェンス力を発揮して、僕に近づけないようにしているのだ。ロリコンだと思われているのか、シスコン故か。なんにせよ、最近の彼女は安定している方だと思うから、それ程心配しているわけでもないが、少々寂しい。
諸々考慮の上まとめるなら、ティア様にタイムリミットを提示された所為で性急に動きすぎたのと、イスタ攻めの話が想定よりとんとん拍子に進みすぎたのとで、身動きの取りようがなくなったといったところか。思いのほか魔族に殺されもせず上手いことここまでやってこれたもんで、調子に乗ってたツケが来たのだ。贅沢な話だ。
全部ティア様に焦らされた所為だ。ティア様が悪いよー、ティア様が。
退屈は人を殺すのに。だというに、僕が今の時点でできる仕込みはほとんど終わってしまった。
後は時機を見て、……タイミングだ。タイミングを見て、魔族から、クリスという絶対的な強さの象徴を、取り上げる。
タイミングさえ間違えなければ、魔族は。
足元知らずの、夢見がちなお山の大将を失った劣等生物は、自分たちを守るために争いあう。
クリスさえいれば確実であった筈の勝利、それが無くなれば、恐怖と混乱が奴らの正常な判断力を奪う。砂上の楼閣に縋り、あたかも人間のように賞味期限がごく短い保身に耽溺する。
……クリスが消えれば、他の魔族の領土も混乱するだろう。クリスが生きている限り手に入らなかったはずの魔王という座に、目が眩む。あたかも人間のように、貪欲にそれを求める。目先の利益に溺れる。
親人間派の獣人を疎み、あたかも人間のように同胞を攻撃する。不明な疑心暗鬼が、彼らを軟弱で蒙昧な生き物に貶める。
魔族の、人間に対する現時点における圧倒的な優位。勝利への確信。その源であるクリスがいなくなれば……十割と見ていた勝率が半分。今までの人間への恨みから来ていた戦意が恐怖に裏返り、さらに半分。魔族の歴史を前進させるという題目で奴らが得ていた希望は、絶望にひっくり返って、また半分。半分、半分、半分こ。
君ら魔族は、心根が美しくて、滅多なことでは同胞を裏切らない。そういう風に作られた。
だから、その不自然な心の立ち入り禁止区域を蹴り破ってやる。ティア様の力で。
一匹残らずお前らをあるべき姿に戻してやる。
初めて直面する自分たちの醜さに惑え。
絶望しろ。
さぞ醜く見えたろう、人間が。一皮剥けば同じなのに。お前らにそのオブラートをかけてやったのがどこの誰かも知らずに、見下してきたろう、人間を。
気付け。汚物と信じてきた人間と寸分たがわぬ己を恨め。
無力さにではなく、己の残酷さに怯えろ。人間に罪悪感なく感じてきた生理的嫌悪が、今度はお前ら自身に牙を剥くぞ。
生きることへの確信を、生きていても良いなどという腐った妄想を手放せ。
人間はこの世に現れてからこっち、ずっとそうしてきたが、お前らは初体験だ。耐えきれまいさ。
気の毒で綺麗な被害者でいられたお前らを、僕がきちんと解き放ってあげるのよさ。
……何故そんなことを、って。遠慮しないでほしい。僕は君たちを愛しているんだ、お礼なんかいらないよ。滅びてくれればそれでいいのだ。
うひひひひ。
――涎を、ひと啜り。
僕は確信する。
このままいけば。魔族という純朴な存在に、ティア様の力と僕の捧げる愛を擦り付ければ、彼らは盲目な鼠か羊か牛のように地獄に向かって突っ走ってくれる。
残念なのは、僕はきっとその末路を見届けられないことである。
……まあ良いのだ。欲しいのは結果である。何せ散々愛しているのだ。愛したものの不幸は積極的に望むべきではないと思う。
ただ滅びればいい。それでいい。
――とはいえ。
とはいえしかし、言ってしまうならセクハラが足りない。癒しが欲しい。性的に。切実に。
どうせ僕も長くないんだ、良い目を少しくらい見たい。年頃の男として自然極まる欲求である。
現状により……というよりも、そもそも拘束時間の関係から、僕の欲求を鎮めるにあたって選べる選択肢は一つしかない。そしてそれは、割と望むところである。
分かりにくければ端的に言おう。
つまり、僕は魔王にセクハラがしたいのだ。
前に何度かお遊びでやった程度のものでは足りない。もっとセクハラがしたいのだ。
もともと僕は怠惰な人間であると思う。
ずっと気を張り詰めることができる性分ではないのだ。鬱憤ももう限界だ。
故に、ここで一つ、クリスに性的いやがらせをかましたい。僕は彼女の部下である。ならば、奴のパワハラに対する仕返しの一つもするのが下の者の嗜みであろう。
それに、クリスは何せ仇である。セクシャルないたずらを食らわしてやる理由としては十分であると思料する。
なに、イスタ攻めという、ディアボロに来た際に想定していたよりも大きなきっかけ……僕にとっても魔族にとっても、多大な影響のある火種が得られたのだ。
後はタイミングを見計らって、彼女らを愛してあげるだけ。
僕の愛によって、彼女らには絶望してもらうだけ。
今まで仕込みを頑張ってきたのだ。後はウイニングランだ。レース終盤、結果が見えた馬の騎手は両手を上げても良いのだ。孤独なパフォーマーなれかし、僕もそうしよう。
あの見栄っ張り、詰め物で誤魔化している控えめな胸をさりげなくいじくってやる。ダブルクリックしてやる。
「よし、やるぞ。やってやろう!」
意気揚々と、僕はクリスに自作の弁当を運びに行った。
……一部始終を見ていた厨房係のゴブリンは、奴隷である人間の百面相があまりに気持ち悪くて慄いていた。




