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あやかし

 腕組みしたまま首をひねるクリスを放ってその場を離れた。

 そろそろおねむの時間なので彼女のベッドメイクに取り掛かる為である。


 そろっと天蓋の布に手をかければ、相も変わらず彼女のベッドには熊さんが鎮座ましましているのが目に入る。


 つぶらな瞳がこちらをじっと見つめていると、成程、我こそがクリスの一番の理解者だとでも言わんばかりの矜持を感じた。

 しかし熊公、所詮貴様はぬいぐるみである。彼女との因縁が僕ほど深い者はそうはおるまい。綿の詰まっただけのボンクラめ、お前では彼女を満足させることが出来やしないぞ。

 せめて股間に凹凸でもつけて出直して来いと、クリスの目を逃れながら僕は無造作にそれをベッドの下に放った。


 悪は去った。ウィルソン並みの愛嬌を身につけて出直すがいい。


 僕は満足しつつクリスに振りかえり、ご就寝の準備がととのいましたよ、と声をかけた。


「ん……そうだな。今日はここまでとするか」


 そう言ってクリスはベッドに腰掛けた。

 執務中ではないが、寝巻きと言うには少々きっちりしているその服のまま寝るつもりはあるまい。

 僕は全く当然の判断に基づき、彼女に再度声をかける。


「お召しかえをいたします」


「ん。セルフィを呼べ」


「え?」


「ん?」


「……え?」


「……何をしている。早く呼ばぬか、余は眠いぞ」


「……お召しかえをいたします!」


「ちょ、馬鹿、服に手をかけるな無礼な」


「いいからほら、大人しくなさいませ」


「おま、やめ……やめろ! ……ゃんっ! やめんか!」


「いいから。わかってるから。天井のシミ数えててくださいすぐ終わるからほら」


「あ、だ、駄目だ、熊さんが見ている」


「奴はお隠れになりましたよ、ここには僕ら二人だけです」


 てんやわんやの末、押し倒すことに成功しかけたところで顔面を蹴り倒された。


「こ、この馬鹿者! 余がそんな言葉で流されると思うか、この下衆が!」


「なんなんですかクリス様。人を期待させておいて。四六時中一緒にいろだなんて、そりゃ伽のお誘いかと思いますでしょうに」


「き、期待? 重ねて馬鹿が、余が人間などに体を許すわけがあるか、身の程を弁えろ山猿!」


「……あなた方は姉妹揃って思わせぶりなことをしますね」


「貴様、まさかエルにまで手を出したのか!?」


「残念ながら指一本も」


 触らなかったわけではありませんが、入れられませんでした。


「……貴様を隔離したのは正解だったようだ」


 小声でぼそぼそ呟くクリス。

 そのうちに、やはり蹴りだされてしまったので、素直にセルフィさんをお呼びした。


 そうして結局、罰として毛布すら与えられず、彼女の寝床の前でまんじりともせず一晩を明かす運びとなったのだった。

 無論のこと、熊のかわりに抱き枕にしても良いという僕の言葉は無駄となり、あの熊公はベッドの上に復帰することとなったが。






 ――――――――――





「おはようございます」

「ん……」


 既に一度、寝起きのお世話をした経験から知っていることではあるのだが、思った通り寝起きが悪いクリスである。

 しかしやはり今回は僕がいることを知っているので、セルフィさんを呼びませい、との命があり、やむなく素直に従うこととした。全く面白くない。もっと恥ずかしい姿を晒してくれたほうが僕としても諸々の溜飲が下がるというのに。気の利かない魔王である。

 腹いせに暫く赤ん坊扱いをしてやろう。勿論本人にはバレないように。


「おはようですセルフィさーん、よちよち陛下がお世話をご要望ですぜ。おしゃぶりをご用意してあげなされ」

「…………」


 おしとやかな一礼を受けて、こちらもお辞儀。

 相変わらず彼女は隙のない立ち居振る舞いである。やや隠れ気味の前髪といい、タキシードに包まれたわがままボディといい、フェチズムの塊のようなお人である。


 そんな彼女は、普段この魔王城において八面六臂の大活躍だ。炊事のみならず掃除洗濯その他雑用、裏方仕事のとりまとめを一手に引き受けている。大変だろうにそんな様子をおくびにも出さない仕事人っぷりは、憧れるところでもある。城内に隠れファンクラブがあるというのも頷ける。


 そんな彼女の去り際に豊満なお尻を眺めるのは、城の中で会うたびのことであるのだが、何故かその場で立ったままでいる。

 早く行ってくださいよ、などとも言えず、こちらをぼんやりと眺めている彼女と見つめ合う。


 一体どうしたものだろう。朝の忙しい時間帯だろうに、僕なんかに構っている暇があるのだろうか。


 正直いたたまれないので、やむを得ず再度言葉を投げてみる。


「どうしました? 何か僕に御用でも?」

「…………」


 そう声をかけると、いつもの小声でもなく、口を閉じたままこちらに向かってすっと指を差してきた。

 余人がやれば失礼な仕草であろうが、彼女がやると気品がある。これは僕の贔屓目かもしれないし、そもそも僕に使うべき気遣いなどこの城の方々は持ち合わせてなかろうが、どの道意図が読めない。もしかして、何か顔についてるんだろうか。ちゃんと洗ったはずなんだけれど。


 顔面を撫でさすっても、特に何かがついているわけでもなさそうだ。思わず首をひねる。

 そんな僕に顔を近づけ(すごい良い匂いがした)、彼女は呟いた。


「……いいの?」

「へ?」

「このままで、いいの? あまり時間がないのでは?」


 それだけ言うと、彼女はスタスタとクリスの部屋に歩いていってしまった。

 不思議な人だとは思っていたが、今日はいつにも増してミステリアス。


 ……それにつけても。

 彼女の声を耳にした瞬間、背筋に氷を入れられたような感覚があった。

 セルフィさんはいつも小声だから、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量故に気付かなかったが、あの人の声は、少し、アレだ。

 毒だ、あれは。

 ……セルフィさんの声が小さいのは、彼女が照れ屋だからだと。それが城の中での共通認識だったから、僕も自然とそれを受け入れてしまっていたが、多分それは真実ではない。


 あの声は毒だ。生物には、あまりよろしくない類のものだ。そして彼女は、そのことに自覚があるんだ。

 吸血鬼ってのは、これほどの化け物だったのか。


 ……だけど、そんなことより気になるのは彼女の台詞である。

 ……。

 …………。

 まあいい。

 今更僕のやることに変わりなどない。

 彼女が僕の何を知っていようが、どうでもいいことだ。

 セルフィさんが何かを察していて、それがクリスに伝わっていたとしても。クリスが今僕を殺していないという事実だけで、十分すぎる。


 さあ、クリスの仕事場を整えてこよう。今の僕のお仕事は、それなんだから。


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