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ナインのお仕事


 ――ナインの朝は早い。


「まぁ好きではじめた仕事ですから」


 そんな寝言を言いながら二度寝を嗜むのを叩き起こされてから、朝の弱い彼の一日は始まる。

 彼の寝床は、未だに地下牢の固い石畳だ。


 外の水場で身を清めた後。


 最近は余り良い素材が取れないんですよね、と第一厨房の食料庫で愚痴をこぼしながら、食材のチェックを行う。


「余計なことすんな、出来もしねえ癖に!」


 と先輩であるワーキャットに蹴りつけられて、改めて厨房の掃除を行うことから仕事が始まる。


「やっぱり一番嬉しいのは、食べてくれる人の感想ですね。自分の仕事が認められた気がして」

「ほら、こちらに投書が来てるんですよ」


『ゴブリンかと思ったら人間だった。ちょっとどういうことなの』


『食材が食材のチェックしてるんだけど』


『食料庫にいるんだから、あいつ食っていい?』


『ウマソウ』


「……毎日僕を美味しそうな目で見てくる人たちがいるんですけどね、逃げ出すのが一番大変かな」



 そう言って、彼は笑う。

 後ろ手に投書は破り捨てていた。


 お次は第二厨房。人間の貴族が食べるものと比べても遜色のない料理を作っているのは、男装の麗人、ヴァンパイアのセルフィさん。

 こちらの調理も持ち回りでやっているらしい。

 熟練の技術により美しく彩られていく皿は、宝石と比喩しても良い出来栄えであった。


 覚束ない手つきで、それを配膳先別にナインは並べていく。


「いやぁ凄い美味しそうですね。僕なんかは料理苦手だから」

「………」

「え? 僕の方が美味しそう? いやいやそんな……褒められてるのかな」

「………」

「ん? 一口だけ? 食べていいってことですか?」

「………!」

「代わりに自分も一口貰う? いやいやいや待って待って、ちょ、ちょ、待てよ!」


 最後の厨房はちょっと難関。


 こちらで取り扱うものは余り頻繁に出される食材ではないが、その代わり中々手に入れにくい高級品なので、気を使わなくてはいけないところ、と彼は語る。


「食材たちの悲鳴がね、やっぱり辛いんですよ。我がことのように」

「でも、自分が望んだ仕事ですからね。後悔はしていません」

「ほら、この子なんかまだ十五歳かそこらでしょ。もうちょっと太らせてからじゃないと」


 彼の目にかかれば、見るだけで食材の善し悪しが分かってしまう、とのことだった。


 今、一番の問題は、相談者不足であるという。


 流石に異郷で一人、周りに同類がいない中で気を張って仕事を続けていくのは辛い、とのことであった。


「ウィルソンは黙って僕の話を聞いてはくれるんですがね」


 仕方なく彼は、目の前の食材たちに語りかけ、心を慰めているという。


 大抵はここから出してくれと言う声か、裏切り者、と罵る声しかないとのことだが。


「自分の一存で逃がせる訳ではないですからね。心を鬼にして彼らの面倒を見ていますよ」


 ここ数年は、安価なセネカ産の家畜が増えていると言う。


「宗教って怖いですよね。異教徒はこんな感じで人身売買されちゃうんだから」


 彼らは、彼らの信じる異教の神の名において、ナインに呪いの言葉を浴びせると言う。


「そういう時はね、投書の内容を思い出すんですよ」

「自分もいつこうなってもおかしくはない、でもまだその時じゃない」

「代わりに食べられる彼らを、慈しんであげなければ、ってね。命の尊さを忘れたら、この仕事はやっていけませんから」


 最近では、魔王陛下にもその仕事ぶりが注目されているという。


 生ゴミを一まとめにして、頬に飛び散った汚れを拭いながら、


「ありがたい事ですね。自分の仕事を評価して貰えるっていうのは」


 そんなことを衒いもなく語る彼の横顔は、やはり美味しそうだった。


 明日も、明後日も、自分で起きられない彼が食卓にのぼるのはそう遠い日のことではないのかもしれない。


 そう、ディアボロの奴隷、ナインの朝は早い。



 ――――――完――――――





 

「……なんですの、これは」

「へ? あいつの働き振りを教えて欲しい言うたんはアロマ様やないですか」


 ピュリアにあの人間の様子を調べろ、とは言ったが。


 私は目の前の報告書を破り捨てた。


「ああ、何てことしますん!?」

「何てこと、はこっちの台詞です。ああ、あの薄汚い人間、まさか平気で仕事を続けているだなんて」

「あ、やっぱり。音を上げるのを待っとったんですか」

「当たり前ですわ、普通の神経だったらとっくに発狂しているでしょうに。逃げ出そうとしたなら始末する口実になったのに、どんな面の皮をしているのやら」

「いやー、あいつには無駄でしょうなあ。あれ、抜けとるネジの数が二、三本じゃききませんわ」

「……全く、妹様に何をしたかも結局分からないままですし」

「あれですか、魔術的な痕跡が見当たんなかったって聞きましたけど。本人に直接聞いたらどうです?」

「……妹様の証言と全く同じでしたから。あの娘の魔力耐性なら、洗脳が効く筈もないし……はあ、もういいです。下がりなさい」

「はぁい」



 ピュリアが退室し、バタン、と執務室のドアが閉まる音を聞いて、私はため息をついた。


 ……奴が来てから、どうも歯車が合わない。


 クリステラの名前で、この組織に人間が一匹加わると正式に通達が行われてから一週間。


 クリスはクリスで、何事か考え込むことが多くなったし。


 上に立つものとしての自覚が出てきたのなら喜ばしいのだけど、どうもそういう感じでもない。


 エルちゃんは、最近落ち着きが出てきた。


 それは間違いなく良いことのはずなのに、それがあの人間と会わせてからというのが不可解で仕方がない。


 奴は間違いなく何かを企んでいるだろうと思うのだが、クリスもエルちゃんもあいつを殺しちゃ駄目だと言うし。


 ……仕方ない、教育を任された身としてはこれ以上放っておくわけにも行かない。


 ついでに、あてにならないピュリアではなく、あの娘に様子を見させよう。


 どうせ暫くは、切った張ったの事態は起こらないから退屈をもてあましているだろうし。


 決定的な何か、こちらに害を為すような証拠でも掴めば、流石にクリスもあの人間を殺すのを止められないだろう。




 ……と、言う訳で。


「はあ!? オレがあいつの監視役を!?」

「ええ、嫌とは言わせませんわ。普段書類仕事をしない分、働いてもらいますからね」

「冗談じゃねえよ、なんでそんな面倒くせぇこと」

「どうせ暫く暇でしょう? 今冬に戦の予定はありませんし」

「やだよヤダヤダ。他の暇な奴にやらせろって」

「貴女が一番暇なんです。練兵をやらせれば兵に怪我をさせるし。書類を書かせればミミズののたくった様なモノしか出さない。はっきり言って、戦場以外の貴女は穀潰しですわ」

「ごっ……!?」

「これは宰相としての命令です。あの人間に、ここでの常識を身につけさせなさい。その中で、少しでも怪しい動きがあれば報告すること」

「あいつの教育係はお前だろ! オレに丸投げすんなよ!」

「私は忙しいんです。教育を任されはしましたが、誰を教育係にするかは私の裁量に任されておりますので。……それに、貴女が勉強するいい機会だし。栄えあるヴァーミリオン家の一人娘として、それに相応しい教養をこの機会に少しでも身に付けなさい」

「うえぇぇー……横暴だ、職権濫用! 職権濫用!」

「お黙り。これ以上文句があるなら、貴女の実家に連絡させていただきますわ。お見合いの話が何件も持ち上がっているんでしょう?」

「畜生、死んじまえ! バーカ!」




 そう言って、駆け出して出て行ったガロンを見て、私はまたため息をついた。


「さて……あの娘だけじゃ不安ですし……アリス! いらっしゃい!」


 虚空に向かって呼びかけると、壁から浮き上がるように、ワーフォックス(狐人)の少女が姿を現した。


「……はい、ここに」

「貴女も、あの人間の調査をしなさい。勿論ガロンに見つからないようにですよ」

「了解です、アロマ様。このアリスにお任せください」

「……人間などを、これ以上ここに置いておく訳にはいかないのです。貴女なら分かるでしょう?」

「当然です。お許しさえあれば、すぐにでも……」

「そうしたいのは山々なんですけれどね。この件について一番不可解なのが、クリスの態度なんですよ。どうもあの人間に執着しているみたいで……。ですので、あの人間について分かったことがあれば、どのようなことでも構いません。私に報告すること。よろしいですね」

「はい」



 短い返事を残して、アリス・クラックスは姿を消した。


 アリスを使うのは、狐の獣人だけあって、他者を幻惑する術に長けたあの娘であれば、悟られることなく情報を集めることも出来ると思ってのことだ。


 ……ガロンなら、カッとなって手を上げて殺してくれるかもしれないし。


 特に人間嫌いの強いアリスなら、鵜の目鷹の目で調査してくれるだろう。


 どっちでも構わない。

 あの人間が死んでくれればそれに越したことはないし、尻尾を出したなら始末できる。


 ああ、面倒くさい。

 本当ならこんなことで一々私の手を煩わせないで欲しいんですけれど。



 アロマ・サジェスタは忙しいのだ。


 クリステラ・ヴァーラ・デトラを世界の王としなければならないのだから。

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