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プレレクイエム

 旧世界の遺物である、レヴィアタンと魔族が呼ばわる海上で威容を誇る要塞にて。


 人間は三人。道化のナイン・ハーヴェスト、使徒ニーニーナ・グリーンヒル及びムー・ザナド。

 魔族は二匹。魔王クリステラ・ヴァーラ・デトラ、その妹エレクトラ・ヴィラ・デトラ。

 そして蛇は一柱。いまや名も無き忘れられたもの。


 彼らはレヴィアタンにて邂逅し、誰も死なず各々の居場所に戻ることとなった。


 ナインはこの旅の中で得がたいものを得、失うべきでないものを失った。

 使徒の思惑は……不明のまま。

 魔王はこの地にて、使徒らを取り逃し、それを遠因に愚策に走ることとなる。

 その妹は、たがえぬ約束をその胸に。

 そして蛇は笑う。


 この場所で何が起こったかはいずれ知ることになろうが、この場では語るまい。


 彼らは無事にディアボロの城に帰りついた。今はそのことだけ申しおく。

 彼らについてのみならず、今後のホールズの情勢も含めて無事でなかったのは、その後である。





――――――――――――――――――――――――――――――――――




「よう、戻ってきたか。内海に行ってきたんだって?」


 右手をひょいと上げて出迎えてくれたのは、ガロンさんであった。


「あらまあ、よくご存知で。ただいまです」

「おう。お前がいるってこたぁ、お嬢とエルも帰ってきたのか」

「ええ、ええ、毎度毎度危ない橋を渡る羽目になるもんですがね」

「違いない。また使徒と交戦したんだろ?」


 軽く口角を上げて、ガロンさんはこちらの頭にぽふんとその肉球つきの掌を置いた。


「お前もツキがねえよなあ、でもまあ不幸中の幸いか。お嬢のそばより安全な場所はこの世にゃねえしさ」

「ほんと、そのとおりですね。いやね、ぶっちゃけ目を疑いました。ムーってのもやばかったけど、クリス様ってば。あの方、強すぎるでしょ」

「オレとしちゃあお嬢が敵を取り逃したってのが信じらんねえよ。あいつらも侮れねえな」

「あれ、そこら辺までもう耳に入ってるんですか?」

「伝書鴉で概要くらいはな。あの女もいたんだろ? ニーニーナ」

「あー」


 いたいた。

 ニーニーナ、いたわ。あの女は気に入らなかった。


「まあ、お嬢にられなかったのはラッキーかな。あいつはオレの獲物だ、借りを返さにゃならん」

「んー……」

「あん……?」


 調子よく喋っていた彼女だが、思わずその発言には物言いをつけてしまう。


「歯切れ悪いな、どうした?」

「んー、んー、出来れば譲って貰えません? ニーニーナさん」

「お? 珍しいこと言いやがる。お前、荒事は嫌いそうなのに」

「嫌いですけどさ。ちょっと約束しちゃったモンで」

「あーん?」




――貴女の妹さん方、大変美味しかったですよ。んふ、ご馳走様――


――……あ、アンタ、まさか――!




 ……彼女、気安く人の内側に入り込もうとするもんだから、少々言葉が過ぎてしまった。好き好んで恨みなんて買うもんじゃないのに。


「……次に会う時は、どちらかが死ぬ時なんですってさ。僕、彼女の恨み買っちゃったみたい」

「は、上等。一人前の男は恨み買ってナンボだ」


 ガロンさんは脳みそまで筋肉だよなあ。

 女らしくなったといっても、変わんないところもあるよねえやっぱり。


「でもな、そうは言ってもやっぱり譲れねえよ。お前は戦場いくさばになんざ出ないでいい」

「……過保護だなあ」

「当たり前だろ」


 そう言って彼女は、僕の頭をわしわしと乱暴に撫で付ける。

 そしてこちらの耳にそっと口を寄せて、蓮っ葉ながらも恐ろしく色っぽい声音で、次のように言うのだ。


「息子を心配しねえ母親はいねえよ。悪いことは言わんから、危ないことはママに任せておけ」

「ぅひ」


 ふぅ、と吐息一つ、こちらに鳥肌を残して彼女は顔を離していく。

 どこでこんな仕草を覚えたのだ。可愛かった僕のガロン母さんは、知らぬうちに悪女に育ってしまった。なんちゅうこっちゃ。


 思わず腰を引いてしまった僕を尻目に、彼女は尻尾と後ろ手をふりふり、立ち去ろうとする。

 薄情である。僕に対しては過保護でも、僕の息子に対しては放任主義だというのか。


「どっか行くんですか?」

「そりゃな、お嬢が帰ってきたんなら顔くらい出すさ」

「あー……あ! ちょっと待ってガロンさん、それ、そのまま行く気!?」

「あ?」


 それ、それと彼女の顔の少し下、首元をちょいちょいと指差す。

 彼女は僕の動きで、ようやく自分が何を言われたか理解したようだった。


「ああ、首輪か? そりゃそうだ、おいそれと外していいもんじゃねえんだよ」


 ……人狼は自分の全てを捧げるに足る主を見つけた時、その首に枷をはめることを許すという。

 人狼にとって首輪を嵌めるという行為は、婚姻に勝る、絶対的な従属を誓う誓約となる。

 流石に実家じゃ外してたらしいけど。


 ……ガロンさんとの結婚に先立ってこんな真似したなどとガロンパパに知られたら、僕の首はさぞ高く飛ぶことだろう。


「でもねえ」

「でもじゃなくて。言ったろ? 首輪ってのは人狼にとって軽いモンじゃねんだ」

「でもー」

「うっせえなあ! なんと言われようが外さねえぞオレは!」



 でもなあ。

 帰ってくるときもずっとクリス、不機嫌だったしなあ。あんまり刺激して欲しくないんだけどなあ。


 そんな僕の心情を察したのか、唇を尖らせたガロンさん(すごい可愛い)は、怒鳴りつけるように言葉をぶつけてきた。


「オレの首にコレを嵌めたのはお前なんだ、責任くらい取れよ!」


 何か……ものすごい恥ずかしい言葉を聞いた気がする。

 それは彼女にとっても同じだったのか、みるみる顔を赤くしたガロンさんは、とててて、とそのまま走り去ってしまった。

 尻尾はめっちゃ振られていた。かわいかった。


 ……それはそれとして、クリスはどんな反応するんだろ。

 変なことになんなきゃいいけど。

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