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 ――ナインが退室してから、クリステラは座したまま、目線も動かさず、ぽつ、と口を開く。


「……セルフィ」


 その言葉に呼応したかのように、ざわざわと清潔なその部屋に似つかわしくない黒い影が集まり始める。


 蝙蝠だ。それも、一匹二匹の数ではない。


 それらが明らかな意思のもと、人型のシルエットをかたどった刹那。佳人の吸血鬼、セルフィ・マーキュリーがその場に現れた。


 スーツに圧迫されながらも存在を主張する豊満な胸に手を当て、慇懃に、完璧な一礼をする。二つほど呼吸を置いて、彼女はその鼻筋の通った小顔をゆっくりと上げた。


「…………」


「『御前おんまえに』、か。相変わらずお前は芝居掛かった物言いを……そんなにかしこまらずとも良いから、もう少し声を出せんものか」


「……」


 眉根を下げる、長い付き合いになるその女に、クリステラは手を振り、悪かった、とでも言いたげに苦笑する。


「いや、いい。お前の性分は知っている。咎めるつもりは無かった」


 黙ってもう一度頭を下げる彼女に対し、魔王は苦笑を強めた。普段はそれほどではなくとも、玉座やこの執務室にいるときに限っては、目の前の吸血鬼は自分に対する礼儀を崩さない。

 自分よりやや礼節に厳しかった父に彼女が気に入られていたのも、そんな性格によるものだろうか。


 いや。

 今は……そう、今や自分が魔王なのだ。父のことはどうでもいい。


 クリステラは、単刀直入に尋ねる。


「アロマと……あの人間の、ナイン。奴らは、余に何か隠し事をしていないか? ……情事など、そういった関係は持っていないだろうな?」


 一瞬の沈黙。


「…………」


 そして、黙ってセルフィは首を振った。


「……そうか。お前が言うなら信じよう。だが何かあれば報告しろ。即座に、だ」


「……」


「ああ、頼む。それと、今あの人間はエルについている。エルの教育係であるお前なら、監視もしやすかろう。そちらについても少し様子を見ておけ」


「……」


「ん、任せたぞ」


 その場で一礼。そして扉の前でもう一度頭を下げて、セルフィは足音も立てずに退室した。


 セルフィの去った部屋で、クリステラは一人呟く。


「……なあアロマ。信じて、いいのだよな? 余は友人を失いたくは……」


 そこでクリステラは言葉を切り、深く椅子にもたれかかり、ため息をつく。


 先ほど浮かび上がった、偉大な魔王であった父に対する何がしかの感傷が、閉じた両目にほんの僅か、熱を誘った。


「難儀なものですなあ父上。このような立場、本当に余に相応しかったのか……」





 ――その魔族の下女は、城内の廊下を早歩きで進んでいた。


 城の雑事を取り仕切るセルフィ・マーキュリーに、城の一部の傷みが目立ち始めていた窓の補修について日程の確認をしよう。

 そう思い、あちこちを探したが見当たらず、困惑していたのだ。


 すると、魔王陛下の執務室から見慣れた優雅なシルエットが、ゆっくりとこちらに近づいてくるのが遠目に見えた。

 探し人が見つかって安堵すると同時に、成程、あちらには立ち入りを許されていない自分としては、見つけようが無かったと納得する。


「セル……」


 そこで、かの上司に声をかけようとした下女は、思わず言葉を切った。

 思わず目をこすり、瞬き、もう一度その姿を見やれば、向こうもこちらに気がついたようで。

 いつもの柔らかな笑みを浮かべ、こちらに気安く手を振ってくれた。


「あ、あの、セルフィ様。今度の補修のスケジュールですが……」

「…………。…………?」

「はい、それは既に手配が済んでおります」

「……」

「あ、分かりました。ではそのように」


 いつもの様に業務の段取りを滞りなく確認し、目礼を交わしながらすれ違う。


 しかし、下女は常と異なり、つい立ち止まった。

 去り行く吸血鬼を思わず振り返る。


 普段と何も変わらない。美しく背筋の伸びた、男装ながら明らかに女性らしい丸みを帯びたラインの後姿が、左右に揺れもせず、段々遠ざかっていく。


 同性であれど思わず見とれるほどの美貌を持つ彼女。


 しかし、セルフィの魅力はそれだけではない、と彼女を知る誰もが言う。誰に対しても分け隔てなく、穏やかな人当たりを崩さない彼女に対し、憧れじみた感情を持っているというのは、この城の下働き全員の共通点だ。


 しかし。

 先ほど、遠目に見た際の彼女は。


 思わず鳥肌が立つほどに、恐ろしい笑みを浮かべていたような、そんな気がして。


「……何考えているのかしら、私」


 風邪でもひいたのかな、と寒気の残る腕を一さすり。さて、お部屋のお掃除しなきゃ、と。

 気合を入れなおし、下女は小走りで自分の職務を果たすために改めて動き始めた。

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