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ファックアップ

 ――とっとと失せろ。


 そう言われてしまったわけだが、なるほどしかり、いざさらばとはいかないのだ。こちらだってお尻に火がついた状況なのだ。


 見え透いている。

 ガロンさんが何を考えているかなんて、見え透いている。


 ああ、それこそ僕は、なんなら自画自賛していいほどに、上手いこと彼女の心の隅っこに陣取ったはずだった。

 純白の服にこびり付いた泥はねのように、彼女の中身にいやらしくしがみついたはずだった。

 だから、こんな態度は本来取られる予定ではなかった。

 拒絶なんかそうそう気安くされるほどに、薄っぺらい執心をこの人狼娘になすり付けたわけじゃあ、断じてなかったのだ。


 でも、所詮予定は未定なのだ。そして想定外ではない。


 結局のところ、ピュリアさん……あの小鳥さんがなんか彼女を傷つけるようなことを言ったんだろう。嫉妬深いからなあ、あの娘も。

 詳しいことは知らないけど、どうせあれだ、僕のそばにいちゃだめよ、みたいなことを言ったんだろう。

 くひひひひ、女ってこわあい。


 ……それはそれとして、ここで何をするかは何度も繰り返すが、決めている。


 彼女を愛してやるしかない。


 自分勝手に、それでいて、ちゃあんとガロン母さんに愛が伝わるように。

 貴女は、僕にとって、ちゃあんと必要なんだって、教えてあげるしかないだろう。


 でなけりゃ、僕はガロンさんには知らされないまま、明日の食卓で彼女のお口に入ることになるだろう。

 おとぎ話と違い、赤ずきんちゃんはオオカミさんと一生一緒になれました、ちゃんちゃん。それで済む話ではない。


 ……いや、それを知った時のガロンさんの表情は想像するだに興奮するが、僕の目的はいまだに達成されていない。

 死ぬのは割と簡単だが、その選択肢を気安く選んではいけないのだ。僕は人間だから。


 人間のまま目的を果たすために、ナインとして生きることを、僕は自分に課している。

 ティア様との約束・・を果たすまでは、僕が死に失せる・・・・・事を、僕は僕に許さない。


 俯いたままの僕は、口角が、ずっとひきつっている。こんな糞意地の悪い顔なんか見せられないから、僕は努めてお腹に力を入れて、表情を変えない努力を続けながら彼女の言葉を聞いていたのだけれど。

 正味なところ、僕は彼女に愛してもらう資格なんかないから、これだけ執着を見せられてしまうと、ついつい、へへへ。失礼ながらも笑っちゃう。


 ……愛しているよ。単純で、未熟で、短慮で、セクシーで、純粋な貴女。

 だから、僕の玩具として、もう少しばかり踊ってほしい。


 それにさ、子供を見捨てる親がいてたまるかい。意地でも一緒に城に帰ってもらうさ。

 絶対に逃がさないよ、ガロン・ヴァーミリオン。貴女は僕のお母さんなんだから。

 


 そんな決死たる覚悟で、ひひひ、僕は彼女の決心を踏みにじる言葉をさてぶつけようと顔を上げたのだが、そこには。



「なんでアンタがここにいんのさ」



 そう呆れた顔を見せながら、ぐったりしたガロンさんを小脇に抱えたニーニーナ……使徒を名乗る、僕の敵がいた。



 流石に想定外だった。




 ――目の前の女を、僕は知っていた。


 名前は、ニーニーナ。姓は知らない。


 リール・マールのスリザで、使徒の第四位たるローグ・アグニスと不本意ながらやり合う羽目になった時、アリスさんとボルト君を人質に唐突に現れ、そして来た時と同様唐突に、何より不可解に消えた、不気味な女だ。

 ……急に出現し、消え去るその能力を目にしては、相手取りたくないのが正直なところだった。

 現在の目の前の光景も、おそらくは。かつて僕の前で見せたその不可思議な能力で、ガロンさんを急襲した結果だろう。


 不意打ちとはいえ、ディアボロの親衛隊長を下すその能力は、決してどころか、断じて油断できたもんじゃない。


 そもそも、敵対するのが失敗だ。ぼかぁ実際、ガロンさんと喧嘩してもさっぱり勝てる気なんかしないってのに。


「わっかんないなあ。なんでコイツ、こんなとこに、いやいやおかしいでしょ」


 彼女にとっても想定外だったんだろう。ガロンさんの腹を抱えたまんま、先の質問となんら変わりのないことを、蓮っ葉な口調でブツブツと繰り返していた。


 僕は僕で、奇襲のおかえしをするタイミングを見計らっているのだが、やはり相手はプロなのだろう、こちらが一歩出ようとするタイミングを取らせて貰えない。


 気をそらしているように見えながらも、筋肉の緊張が、呼吸が、気取られている。


 初手を間違えた。ガロンさんが捕えられた瞬間に始末する以外、きっと僕には打つ手がなかったんだろう。


「……間が悪いっつーかね。ほんとはアタシも、アンタとは少し話をしてみたかったんだけど、どうもそんな空気じゃないよね」


「そうですねえ」


「ちょっと整理しよっか。繰り返しで悪いけどさ、アンタ、なんでここに?」


「その娘に……ガロンさんに用があってね。見たとこ、そちらもその様で」


「そうね。かの『赤爪』が態々群れから逸れたって聞いてさ。それも宰相との仲たがいって言うじゃない? あわよくば始末できれば……って」



 アロマさんとガロンさんが喧嘩したってのは、余所に流れる筈のない情報だ。何せ、ディアボロの恥そのものなのだから。


 ……内部情報が漏れてるとすると、参っちゃうね。

 いや、この女の能力を考えるに、自力で調べた?

 ……根拠不明、保留にしとこ。


「更にあわよくば、人質とかに使えるかもって?」

「そんなところよ」


 ニーニーナは、そう言って、薄く笑う。


 ……誤魔化しの匂いがした。ガロンさんじゃないけど。


 事実かもしれないし、そうでないかもしれない。なかなか嘘を吐くのが上手そうな女だ。魔族とは大違い。

 僕の知ってる魔族たちは、みんな変なところで純朴なもんだから、こういう会話は、久しぶりに人間らしい感じを受ける。

 それもそうか、一番そういった素質のありそうなエルちゃんでさえ、僕の知ってるどんな商人より嘘が下手だもの。


 ……この女の言葉の根っこのところに、卑怯さを感じるのは、僕自身が人間だからだろうか。嘘吐きとしての同族嫌悪って奴だろか。

 おっかしいの。僕は、人間が大好きな筈なのに。嫌うべき対象を間違えちゃ……いや、いいのか。僕は魔族も愛してるんだし。


「そんな訳でさ。あんまり時間もとれないから、単刀直入に言うけど」


 頭をポリポリ掻きながら、ニーニーナは話を続ける。


 可能なら大声でも出して、ヴァーミリオン卿でも呼んでみたいもんだけど、そうしたらコイツは逃げるだけだろう。

 最初につまづいてしまった今の僕にできるのは、時間稼ぎだけだ。


「あいあい、どうぞ」


 だから僕は、相手の意図は不明だが、会話を続けることにした。


「寝返んない? こっちは中々お給金、悪くないわよ?」


「あら、素敵なお話で」


「……冗談じゃなくてさ。アビスからも、話は聞いてんのよ。ローグはアンタの所為で今もベッドで唸ってるし。まさか、アイツ相手に生き残るとは思ってなかったけど……」


 アンタ、なんかしら使いどころはありそうだからね。そう言って、彼女は僕に笑いかけた。


「随分はっきり言いますねえ。そんな言い方でついて行く人なんかいるんですか?」


 道具扱いだよ。ひでえもんだ。


 しかし、ニーニーナは悪びれもせずに続けた。


「そんな奴の集まりがアタシ達さね。つまり、能力至上主義。自分の力に自信のある奴だけが、こっちには集まってる」

「成程ね」


 だからローグきゅんみたいなのが受け入れられてたのか。

 あんな、僕とは大違いな社会不適合者でも働ける職場ってか。納得。


「はい、一分待つよ。いーち、にーぃ……」

「急かすなあ。こんな重大な話をそんな適当に」

「時間がないって言ったでしょ。ほら、早く早く、早く決めて……何、なによソプラノ。もうちょっと待ちなさいって」

「?」


 いきなり上を向いて、よく分からないことを言うニーニーナ。

 なんだってんだ一体。


「目標はもう確保したってば。分かってるでしょうに……ええ、何? いいからサッサと来い? 随分偉くなったもんねえ」


 ……話が見えにゃいよう。なんだいなんだいひとりごとかい。

 そんなおかしい人について行くなど出来ようものか。


 ねえ、ティア様?


「あー、悪いね、時間切れみたいだわ。ヴァーミリオン卿に見つかる前に、さっさと退散しとこうかね」

「ちょ、ちょっと待っ、ガロンさんは」

「さっきの話、考えといてね。そんじゃ、また」


 そう言って、目の前の彼女は、僕の大事な大事なガロン母さんをその脇に抱えたまんま。


 止める暇もなく、投げキッス一つ。


 まさしく刹那の一瞬で、僕の前から消え失せたのだった。



 一分待つって言った癖に……と思ったが、ちょうど一分たったところで消えやがった。


 嫌な女だった。


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