旅
……
――私の眼から現れたそれ……二筋の流れは、人々を癒し、育み、そして呪った。
子のように思っていた者達から、石もて追い遣られる程の惨めなことが他にあろうか。
私は彼等の母でありたかったのに。
私から現れた彼らを。
私は、彼らを愛していたのに。
……
傷つき、這い、私は西に向かう。
東は始まりの子らの地であったから。彼らは私を恨んでいよう。
最早、そこに楽園などはないが、私は彼等の無事をも祈る。
それが私だと、自らに言い聞かせながら。
流れ、進み、たどり着いた暖かなその地では、穏やかな人々がいて、私に安らぎを与えてくれた。
ここは、しばらく私の居場所となった。そこで私は、苦くなき水の流れとなった。
のみならず、織り手となり、墓守ともなり、そして母としてそこの繁栄を祈った。
けだし、いと優しきというに相応しかるその場所は、太陽に祝福された人の王が治める地となった。
人は私に紅の冠を与えた。
私は彼らを見守る為、彼方此方に『目』をあらわさせた。
そこは私にも居心地の良い場所であったが……後に、私の連れ合いがいないことを後世にまで記されることとなるとは思いもよらず、それは少々恥ずかしくて。
でも、良い場所。良い人々。
……いつか、ここも去ることとなるだろうと、気付いてはいた。
でも、私はこの場所を好いていた。いつの日か、いつの時代か私が永久に住まう地があるとするなら、そこにはここに因んだ名前をつけよう。
そこで私と共にいてくれる者に、私が受けた祝福が彼らにも与えられるよう。
……最早名も無き私であれ。
現れてあれ、人の子。愛しき大地の子。
洗われてあれ、あなた達。
羊水の如く纏わった罪など、最早許されぬ私が貰っていく。
……欽仰は、やがてうつろう。
私への崇めは、私からの祟りに変じると、人は信じる。
淋しくは。
けれど。
全ては、レテの水を口にしたかの如く。
人の子に知る由は無く、いや、それも哀れ。
忘却の因果の故に。
私はまた流れ、そして去る。
それでも、愛して、愛した。
疑わないで。
どうか信じて。




