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魔族領アグスタ


「いやあすごいすごい。騎竜というものは初めて乗りますが、速いですねえ。頑丈そうだし力も強いし、馬とかよりよっぽど優れた乗り物じゃあないですか」

「だからうるせえってんだよ! てめえは口から生まれてきたのか!」

「貴様ら二匹ともうるせえよ! ぶっ殺されたくなきゃあ静かにしてろ!」


 ガロンさんの怒声が響き、剣闘士がそれに歯向かい、殴り倒されるのを見ながら。


 ――ああ、思い出した。

 そういえばアロマさんとやらは、前情報によれば魔族の中でもかなり偉い方らしい。

 かの魔王直属の近衛としての刺青が右腕に入っているガロンさんは、恐らくその護衛に駆り出されたんだろう。

 

 どっちも結構お偉いさんじゃないか。

 奴隷ごときがご尊顔を拝謁できるとは、光栄だあね。


「ガロン様ガロン様」

「貴様ごとき下郎が、誇り高きオレの名を呼ぶな! 汚れるだろうが!」

「おトイレがしとうございまする」

「……さっさと降りてすませろ」

「後ろ手の枷が邪魔になって、難しいんですけれども」

「……外してやるが、逃げるんじゃねえぞ。そんな素振り見せたら、この爪で首ぃ切り裂いてやっからな」


 そう言って、枷を外してくれた。


 人間を舐めくさってくれてるから、こんな態度とれるんだよね。


 チョロいやこいつ。

 決めた。こいつから取り込もう。


 こいつで練習しようか。

 魔族を愛する練習だよ。


 皆を殺したクソ共を、これから存分に愛さなきゃいけないんだからさ。


 ね、ティア様。


 ああ、浮気じゃないですよ。

 僕が好きなのは一人しかいないじゃないですか。


 どれ、早速練習だ。



 ――ああ、ガロンさん、モフモフしたい。

 犬みたいで可愛い。

 人狼に犬って言うのは最大の侮辱らしいけど。キャンキャン吠えててああ可愛い。

 ぺろぺろしたい。



 くふふふ、あっはは。








  

 ――行きもこわけりゃ帰りもこわいと評判の魔族領にも無事到着。


 と言うかお尻痛い。

 揺れも酷いし臭いも酷い。

 鞍も着いてないって、魔族の尻の皮はどんだけ厚いんだってーの。

 騎竜なんざほんとしょうもない乗り物だよね。

 やっぱり馬が一番だよ。


 そんなことを思いながら降りたら、乗っていた竜に顔をかじられそうになった。

 畜生。


 まあ、そんなこんなでやって参りました、魔王城。

 見るのは初めてだけれど、人間の作ったのとやっぱり大差のない作りみたいでした。

 多分空を飛べる魔族用だろうね、発着場代わりに広いスペースが上階に作られていたけど。


「お帰りなさいませ」


 などと、口々にアロマさんやガロンさんに挨拶する下っ端っぽい魔族たち。

 僕を見るときはなんか舌なめずりしたりしてたけど。

 おいしくないよ?


 でもなんか一回ハーピーに唾吐かれたし。


 へこむわ。


 手枷のせいでほっぺた拭えないんですけど。

 まあいいや美人さんだったし。


 ご褒美ご褒美。

 ふん。


 なんて、負け惜しみで自分を慰めていたところに。


「無事、戻ってきたようだな」


 涼やかな、それこそ鈴の音のような声が僕の意識を切り裂いた。


 一際豪奢な、白いドレスを身に付けた女が虚空から突然現れた。

 純白の翼。白銀に輝く長髪。

 どこまでも白い、透き通る肌。

 天使のような姿でありながらそんな印象を全く与えないのは、その中にあって爛々と燃え盛るような、強い強い紅き眼のせいだろう。


 懐かしい顔だ。

 本当に、お懐かしゅうございますってね。

 ねえ父さん、母さん、皆。

 あなた達を殺した奴が今、僕の目の前にいるよ。



 際限無い魔力を持ち、その気になれば永遠にでも魔法を行使できる、とすら噂される、『無限』のクリステラ。

 魔族領アグスタにおいて最も強い力を持つ組織、『ディアボロ』の頭領。


 魔族の中では魔王の座を何人かで奪い合っているらしいけれど、その中にあって間違いなく最強として知られている、偽りなき魔族の王。


 その彼女が今、僕の目の前にいる。


 僕の仇。

 人間の敵。

 そして、僕の愛するべき女。


 これから始める、世界を使ったゲームの主人公、クリステラ・ヴァーラ・デトラ。


 僕のこと、覚えていますか?

 ああ、ちょっとだけ、ちょっとだけドキドキしちゃうね。


「お帰りアロマ。ガロンもご苦労だったな」

「あら、姫様直々のお出迎えですか?」

「姫様はやめろ、と言ったろうが。たまたま時間が空いてな。何か報告しておくことはあるか?」

「んー、今回は特にありませんね。細々したところは後で報告書を上げますので、陛下が直接ご覧になって頂ければよろしいかと思います」

「分かった……そこの人間たちは、例の?」

「ええ、妹様の玩具です。結局二匹しか仕入れられませんでした」

「いいさ。エルも少し甘やかしすぎたからな。どれ、どんな奴らだ?」

「頑丈さは折り紙付き、とのことでしたが、どうですかね……多分すぐに妹様に壊されちゃいますよ? 見るほどの価値はありません」

「戯れだ、どれ……おいガロン、そこの二匹をこっちに連れてこい」

「了解ですお嬢!」

「お嬢もやめろ。そら、頭を上げろ、貴様からだ」


 その言葉を受けて、ガロンが僕の隣の大男の顔を、首輪の鎖を引っ張ることで持ち上げた。


「黙れクソ魔族が! 神に見捨てられた劣等種が、俺に指図すんじゃねえ!」

「ふん、貴様は活きがいいな。野卑な見た目の割には、敬虔なサリア教徒のようじゃないか。ならば貴様がここにいるのは神の思し召しといったところだろうな。どうせ山賊崩れであろうが?」

「うるせえ! 俺が狙ってたのはてめえらみてえな劣等種だけだ!」

「どいつもこいつも……人間は似たようなことしか言わんな。先に貴様をエルの遊び相手に任命してやるから光栄に思うがいい。誰か連れて行け」

「はっ」

「よ、よせ! 畜生、『白痴』エレクトラか、あの化物の餌にする気か! 放せ、放せよくそったれが!」


 最後まで抵抗していた元剣闘士、ああそう言えば名前も聞かなかったな、まあいいけど、彼は後ろ手に鉄枷を嵌められたまま、二匹の魔族に両腕を抑えられて引きずられていった。


「どれ、もう一匹の方は……なんだ、随分線が細いな。これではエルも満足しないだろう。家畜としても食う場所が少なかろうに」

「一応、専門の業者に任せたんですがねえ」

「いいさ、所詮は些事だ。どれ、顔を見せてみろ」


 そら来た。ロマンチックな再会を演出して見せようじゃないか。


「お久しぶりでございます。僕のこと、覚えていらっしゃいますか?」

「無礼な!」


 そう言って、クリステラは僕の顔を蹴り上げた。

 さっきの奴以下の扱いかよ。


「……ぼ、僕の首を明後日の方向にシュート! 超、エキサイティン!」

「訳のわからぬことを!」


 めげずにもう一度コミュニケーションを試みたが、同じくもう一度蹴られた……勘弁してくださいよ。


 いや、今のは僕が悪い?

 ごめんなさい、ティア様。


 これ、首の骨折れたんじゃなかろうか。

 痛いのう痛いのう。


 でもいいや、パンツ見えたから。

 白ですか、清純でよろしいですね。

 まあ、他の色じゃ透けるのかもね。

 なんにせよ、ご馳走様です。


「下郎が、誰が口を開けと言った! 気狂いめ、人間に知己など……」

「……陛下?」

「……アロマ。こいつは、地下牢につないでおけ。後で余が直々に調教してやる。エルに壊される前にな」

「……? わかりましたわ。ガロンさん、お願いしますね」


 ……まーだ顎がグラグラしてらあ。ナイスキックだよ魔王様。


 ロマンチックじゃなくてマゾヒスティックな再会になっちゃったけどさ。

 いいよね別に。まだまだ取り返しつくもんね。

 どうも彼女、僕のこと覚えてたみたいだし。


 これなら、そんなにへりくだんなくてもいいかしらん。


 と、首の鎖が思いっきり引っ張られる。

 痛いやん、やめえや。


「オラァ、ついてこい! お嬢に無礼を働きやがって、ただで済むと思ってんじゃねえぞ!」

「あいすんませーんガロン様。反省してまーす」

「……おい、人間。マジであんまふざけてっとよ、殺すぞ」



 あっはは。


 殺してみろっつーの。

 殺してみろっつーの。


 僕にそんな口きいた人は、皆僕より強かったけど、皆僕より先に死んじゃったよ。


 このくらいのお遊びで死ねたら、こんなとこいないよ、全く。


 あっはは。



「……っち、嫌な匂いだ。お前」

「フローラルでいたかったんですがね、水浴びもさせてもらえなかったんで」

「ちげえよ、お前からは死体のにおいがする。血の匂いでもない……腐臭だ」

「あららん、いつの間にか魔族の仲間入りですか。リビングデッドってお給料いくらです?」



 最早ガロンさんは無視を決め込むことにしたらしく、地下牢まで一言も喋ってくれなかった。


 ふむん、フラグ立てるのって難しいですね、ティア様。













 ――人狼、ガロン・ヴァーミリオン。


 魔族領全体でも有数の近接戦闘能力を誇り、クリステラの近衛隊の隊長を勤めている。


 人狼自体、その身体能力の高さから接近戦では魔族の中でも高いポテンシャルを持っていることが知られており、さらにその中でもヴァーミリオン家は、アグスタ内でも優秀な兵士を多く輩出している名高い人狼の家系の名家である。


 ガロンは、その家の一粒種でもあった。



 ガロンは、いや、あえてこう表現しよう。


 彼女・・は後に語る。



 まさか、購入した時に自分が首輪をはめてやった、ペット以下であった奴が。


 気に食わない奴隷であったはずのあの野郎が。




 自分を孕ませる雄になるなど、夢にも思わなかった、と。



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