シーチキンよ貴方は私に何をくれた
目を開けると、そこは水の中だった。って、えぇっ?! 水、の、中ぁっ?! 一瞬でパニックに陥る。手足をばたつかせ、恥も外聞もなしに暴れまくる。ヤバイヤバイヤバイ、死ぬっ・・・!!
「ぶわあぁっ! はぁっ、はぁ、はぁ・・・・・・。」
あれ、足が付いた。案外浅いんだなこの川。あー酷い目に遭った。全身びしょ濡れだ。ジャージで本当に良かった。
私は、犬のように頭を振って水滴を飛ばし、川の中に腰掛けたまま頭上を仰いだ。都会の暗い空。雲は無いが星も無い。月も新月なのか見当たらなかった。
「南十字星・・・・・・。」
有るわけないか。でも、私の目は十字架を探す。キラキラの十字架。彼と目指した出口の標。
(――――――あ、名前・・・。)
聞き忘れた。
なんで忘れていたのだろうか。こんなに重要なことを。再会しようにも出来ないじゃないか。
「・・・・・・まぁ、いっか。帰ろ。」
名前なんか知らなくたって、縁があればまた会えるだろう。何の根拠もなく、そう思った。
◆◇◆◇◆
それから1週間が経った。あの日の記憶は薄れつつある。有り難いのは、完全に忘れたところで命に別状はないということ。だから私は特に覚え続ける努力もせずに、日々を過ごしていた。そんなある夜。
(あー、シーチキン食べたい。)
私は再び、夜のコンビニを訪れた。時は11時20分前。客は誰も居なかった。
シーチキン缶をひとつ手に取り、うつむいたままカウンターに置く。
「158円になります。」
「あ、袋はいいです。」
「かしこまりました。」
財布から100円玉を2枚取り出し、置くのと引き換えに缶を持つ。『つりは要らねぇ。』って一回言ってみたいセリフだよね。言わないけど。
「42円のおつりです。お確かめください。」
おつりとレシートを受け取るときに、初めて店員さんの顔が目に入った。
「「あっ!」」
私と店員さんが同時に言った。
店員さんの右目の下に、小さな傷跡がある。いったいどうやったらそんなところに傷を付けれるのだろうか? ――――――少なくとも私には、“缶切りが上から降ってきて当たった。”という理由しか思い付かない。
店員さんは、私のTシャツを凝視している。今日もまた、ジャージにTシャツという寝間着スタイルで来てしまった―――――――って、あぁ! マズイ! Tシャツに『電車内ではマナーモードにしましょう。』って書いてある!!
顔が真っ赤になっていくのが自覚できた。暑い! 暑いよこのコンビニ! いくら省エネのご時世だからって、クーラー効いてなさすぎじゃない?!
「あ、あの・・・・・・もしかして・・・“腹が減っては戦は出来ぬ”って書いてあるTシャツ――――――」
「ああ~持ってます! 持ってますよ! はい!! ・・・・・・持ってます・・・。」
恥ずかしさのあまり無駄に大きな声で言ってしまった。うぅ・・・Tシャツで覚えられていたとは・・・。
「じゃあ、あの、もしかして・・・君は・・・・・・」
何と言ったら良いのか分からなくなったのだろう。口ごもる彼に対して、素早く立ち直った私は微笑みかけた。
「君は、缶切りを踏んですっ転んだ人?」
「っっ。――――――そういう君は、ツナ缶を追って川に落ちた人?」
互いに吹き出して、沈黙の笑い。しばらく笑って、私は腹を押さえながら絞り出すように言った。
「縁――――あったね。」
「ん?――――うん、あった。・・・じゃあ、約束通り、呑みにでも行こうか?」
「いいねー。いつ行く?」
「・・・・・・もし良ければ、このあと行かない?」
「え?」
なんと。思い立ったが吉日、ってやつか? いきなりだなー。・・・・・・でも、行動の早い男は嫌いじゃない。幸い、明日は何の用事もない。私はすぐに答えた。
「うん、いいよ。」
「お、やったぁ。――――――あ、じゃあ、俺のシフトが11時までだから、それまで待っててくれない?」
「オッケー。・・・・・・・・・って、あ、ちょっと待った。あのさ、その、着替えてきてもいい? さすがに・・・・・・“電車内ではマナーモードにしましょう”じゃあちょっと・・・。」
「あははっ! そうだね。どうする? どれくらいかかる?」
「いや、11時にここでいいよ。私の家、ここから5分もしないところにあるから。」
「へぇ、近いんだね。――――わかった、じゃあ、また後で。」
「うん、また後でね。」
私は軽く手を振って、新たなお客さんとすれ違いにコンビニを出た。
その後、私と彼が出会ったきっかけについて何人かに聞かれたが、私たちは決まってこう答えた。
『缶詰と缶切りのおかげです』
この言葉から相手が何を想像するかなど知ったことではないが、少なくとも正解者はいないだろう。
私たちは時々、互いの記憶を確かめあいながら、再びあの場所へ行くまでの間を幸せに過ごしたのであった。
――――缶――――
・・・・・・失礼、間違えました(笑)
――――完――――
~余談
書いてる途中で、「シーチキン」が登録商標であることに気が付きました。ツナ缶、って書くべきでしたかね?
ちなみに、今現在ワタクシ期末テストの真っ最中でして。勉強の合間を縫って書き上げました。というのは嘘です。勉強そっちのけで書いてました。おかげで今回は悲惨な結果になりそうです。お粗末様でした。
お読みくださり、誠にありがとうございました!!
これからも精進いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。