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シーチキンよ貴方は食べられてしまったのね

 缶がすっかり空になると、彼は両手をパンッと合わせて言った。


「ご馳走さまでした!」

「お粗末さまでした。」


 私が作ったんじゃ無いけどね。きちんと挨拶されるとそう返したくなる。空になった缶をどうしようか迷ったが、油を捨ててポケットに突っ込んだ。自然の中に置き去りと言うのは、少々気が引ける。


「もう大丈夫ですか?」

「はい、助かりました。――――――あの、もう1つだけ、いいですか?」

「?」


 まるでどこぞのドラマの刑事みたいだと思ったことは、秘密である。


「南十字星、って、どれか分かりますか?」

「南十字星?」


 私は空を見上げた。空はさっきよりも白くなっている。どうやら、かなりゆっくりだが時間は経過しているらしい。

 しかし、南十字星か・・・。南十字星って、日本から見えるんだっけ? 見えなかったような気がする。あ、でも、ここって日本じゃないのか? しかもこの地平線。見える可能性は高い。私は立ち上がった。・・・・・・・・・あー、あった。


「――――――あれですよ、あれ。」

「え? ・・・・・・どれですか?」


 彼も立ち上がり、私が指さした方を見る。


「あれです。」

「・・・・・・・・・・・・・・・すみません、わかりません。」


 彼は心底申し訳なさそうにそう言った。


「ですよねー。うーん、どうしようか・・・。」

「その、俺、南十字星のふもとに行きたいんですけど・・・・・・もし良かったら、一緒に行きませんか?あなたも、迷い込んで来たんでしょう?」

「はい?迷い込んで来た?」


 彼は神妙な顔をして頷いた。時間がないので、歩きながら話しましょう。そう言われ、南十字星を目指して歩き出す。彼は独り言のように、自身で確認するように話し出した。


 この草原を越えると、小さな村があります。俺は最初、そこで目を覚ましました。ちょっと・・・訳あって、飛ばされてきて・・・。そこにいる人曰く、ここは天国で、俺は今死にかけているらしいんです。生きている内は、お腹も空くし、疲れます。それで、ここにずっといると、だんだん記憶が消えていって・・・・・・それが全てなくなったら、俺は、死ぬ。それで、生きたまま元の世界に戻るには、その前に、南十字星のふもとに行かなければならないと言われたんだ。あぁ、でも、危なかった・・・。缶切りの存在も、俺がここへ来ることになった理由も、すっかり忘れていた。本当に、死ぬところだった。ありがとう、助かった。君のおかげだよ。本当に、ありがとう。


 彼は私に笑いかけて、頭を下げた。私は、何て言ったらいいのか分からなくて、とりあえず


「どういたしまして。」


 と返しておいた。


「それにしても・・・・・・そっか、死にかけてるんだ私、今。あー・・・じゃあ、頑張って南十字星まで行かないとな・・・。」

「どうして死にかけてるのか・・・・・・聞いても、いい?」


 どうしてか、だって?私は少し考えて、簡潔に述べた。


「簡単に言うと、“シーチキンを追いかけて川に落ちた”。」

「・・・・・・・・・なんというか・・・・・・シュールだね?」

「間抜けなだけだよ。」


 私は自嘲ぎみに笑った。そういう君は? 尋ねると彼は恥ずかしげに頭を掻いた。


「簡単に言うと・・・・・・“風呂上がりに缶切りを踏んですっ転んだ”。」

「っっ。」


 思わず私は吹き出した。


「俺も間抜けだ・・・人のこと言えないな。」

「そうだねー。どっちもさ、このまま死んだら、成仏できないくらいダサいと思う。」

「うん、同感。」

「その右目の下の傷は?」

「これ? これは――――――ええと――――――なんで付いたんだっけ・・・・・・・・・。」


 彼は苦しげに顔をしかめた。私もつられて、唇を引き結ぶ。


「――――――あっ! そう、そうだ! 思い出した。缶切りが当たったんだ。」

「缶切りが?」

「転んだ時に跳ね上げたみたいでさ。頭を打って意識を失った後に、上から降ってきてここに落ちたんだ。絆創膏は・・・そう。偶然、ポケットに入っていたのを貼った。」


 良かった、彼はまだ生きている。彼はホッとした顔で微笑んだ。たぶん、私も似たような表情をしていると思う。

 私たちはそうやって、時々互いの記憶を確認しながら、歩き続けた。

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