夏の空に対する考察
「紙飛行機を作ったときの話なんだ」
僕は、公園の芝生に腰を下ろした。
彼女は、芝生に直接腰を下ろすのを躊躇った。革製のショルダーバッグから講義で使う資料集を取り出して、その上で体育座りをした。
「紙飛行機なら私も作ったことあるわよ」
兄が二人いたから男の子の遊びは得意だったのよ、そう付け加えた。
「夏休みに親と温泉街に行ったときなんだ」
僕は話の続きをしていいのか迷ったが、二人の間に雲のような沈黙が流れたので、そっと話し始めた。
「あれは、確か小学五年生くらいだったと思う」
僕たち家族は、夏休みに小旅行に行くのが恒例になっていた。
その年は、父親が仕事で腰を痛めたこともあって、温泉でのんびりするという計画だった。
「なんか不思議な街だったんだよ」
彼女のほうを見ると、彼女はメンソール煙草に火を点けているところだった。
「あ、煙草吸わないんだっけ?」
「うん」
「それで、その街はどう不思議だったわけ?」
僕は座り直して、空を眺めた。
「まず、空がゆらゆらしているかんじがしたんだ」
「まぁ、暑いからね。陽炎」
彼女も空を眺めていた。
「陽炎とは明らかに違うんだ。空が波っぽいっていうのかな」
そして、街全体もピントが合わないような魚眼レンズで覗いているような違和感があった。モノクロの写真の中にいるような気分でもあった。
「君って、小学生のときからドラッグをやっていたわけ?」
「誤解を生む言い方は撤回してくれるかな?」
彼女は少し笑った。
「それで、そんな不思議な街で何があったわけ? あ、そろそろ私、バイトに行かなくちゃ」
「そうそう、紙飛行機だよ」
温泉街に泊まって二日目の夜だった。
僕は、昼間にホテルの隣にある空き地で虫捕りをする楽しみを見いだしていた。
空き地には、蜻蛉が飛び、バッタやカマキリが潜んでいた。
どうしてだか理由は、わからなかったが、僕は突然思いついたのだった。
「深夜、紙飛行機を作って空き地で飛ばそう」
親が寝静まったのを確認した僕は、浴衣姿のまま紙飛行機を持って部屋を出た。
紙飛行機は、父親が読み終わった新聞紙であらかじめ作っておいた。
熱帯夜で寝苦しかった部屋とは違って、外は石のようにひんやりとしていた。辿り着いた空き地は、さらに温度が低く感じられた。
僕は新聞紙で作った紙飛行機を眺めた。
紙を二重にして厚みを増し、手のひらサイズにまとめて飛びやすい工夫をしていた。
僕は、空き地の端に立った。ちょうど街灯が照らされて視界が良好だった。
そして、紙飛行機を全身全霊の力を込めて飛ばした。
あまりに力を込めすぎたせいで、重心がずれて前のめりになった。
紙飛行機は予想していたよりも、ゆっくりと低空飛行していった。
そのとき。
紙飛行機が蝶に変わって、夜空にヒラヒラと飛んでいったのだった。
「新聞紙柄の蝶?」
彼女は、よほど驚いたのか、バイトに遅刻してしまうのか、芝生の上で立ち上がっていた。
「僕は、とても驚いたんだけど、すぐにこう考えたんだ。昼に蝶は見るけど夜に蝶は見ない。きっと、蝶は夜になると紙に変形するんだ、ってね」
彼女の大きな瞳が、さらに大きくなっていた。
「だから、夜に思い切り紙を投げると蝶になるんだ」
「ねぇ」
彼女が言った。
「あの、昨日の夜さ、私、新聞紙柄の蝶を見たのよ」




