4話:テスト前夜! 寝ずに支えるメイドたち
第4話:テスト前夜! 寝ずに支えるメイドたち
「……うう、もうダメだ。頭が割れそう……」
僕は広大な書斎のデスクに突っ伏した。
目の前には、難解な数式が並んだ教科書と、真っ白なノート。
明日は大学の中間テスト。この豪華な生活が始まってからというもの、至れり尽くせりの環境に甘えきっていた僕の脳内は、すっかり「溺愛モード」に溶けきっていた。
「……健太様、根を詰めてはいけませんわ」
背後から、ひんやりとした、けれど心地よい声がした。
眼鏡を指先で押し上げながら、志保が歩み寄ってくる。
「志保……。でも、これ、明日までに覚えないと単位がやばいんだ」
「ふふ、ご安心を。私が健太様の家庭教師として、効率的な暗記法を叩き込んで差し上げます。……ただし、正解するごとに『ご褒美』を差し上げますので、集中してくださいね?」
志保は僕の隣に座ると、ふわりと知的な香水の香りを漂わせた。
「ご、ご褒美……?」
「はい。例えば……一問正解するごとに、私のこの膝を枕にして良い、とか」
「……っ! 頑張ります!!」
現金なもので、僕のやる気スイッチは一気に入った。
しかし、その時、書斎の重厚なドアがバタン! と勢いよく開いた。
「ちょっと待ったぁ!! 健太に勉強を教えるのは、昔から私の役目なんだから!」
現れたのは、参考書を抱えた美波だった。
彼女はこの館に「監視役」として毎日通うようになり、すっかりメイドたちとも(喧嘩しながら)馴染んでいる。
「美波! お前、まだいたのか?」
「当たり前でしょ! 健太が単位落として留年なんてしたら、おばさんに顔向けできないもん! ほら、志保さん、そこ退いて! 私が健太の苦手なところ、一番よくわかってるんだから!」
美波が志保と僕の間に割り込もうとする。
だが、志保は微動だにせず、冷徹な笑みを浮かべた。
「美波様。貴女の教え方は感情的すぎて非効率です。健太様には、論理的かつ……官能的な刺激を伴う学習が必要なのです」
「官能的って何よ! 勉強にそんなの必要ないでしょ!!」
「いいえ。脳は強い感情や快感とセットになった記憶を、より深く刻みます。……さあ、健太様。この微分の問題を解いてみてください」
二人の視線の火花が散る中、僕は必死にペンを動かした。
なんとか正解を導き出すと、志保が満足げに頷く。
「正解です。では、約束通り……」
志保が椅子に座ったまま、そのしなやかな足を組んだ。
そして、自分の膝をポンポンと叩く。
「……え、本当にいいの?」
「もちろんです。さあ、こちらへ」
僕は誘われるまま、志保の膝に頭を預けた。
メイド服のスカート越しに伝わる、志保の体温と柔らかさ。
上から見下ろす彼女の瞳が、眼鏡越しに妖しく光る。
「……よくできました。次は、積分の公式を暗唱してくださいね?」
「……あ、あう……」
「ちょっと!! 健太、鼻の下伸ばしすぎ! 志保さんも、教育に悪いでしょ!!」
美波が叫ぶが、志保は涼しい顔で僕の髪を指で梳いている。
そこへ、追い打ちをかけるように別のメイドが乱入してきた。
「健太様ぁ~! 夜食をお持ちしましたぁ!」
陽葵が、盆の上に山盛りの料理を載せてやってきた。
そのメニューは……。
「……陽葵、これ、ステーキに鰻に……カツ丼?」
「はいっ! スタミナをつけなきゃと思って! あと、デザートには私が一生懸命剥いたリンゴもあります。あーん、してくださいね?」
陽葵がフォークでリンゴを刺し、僕の口元に運んでくる。
僕は志保の膝の上で、陽葵からリンゴを食べさせたいという、もはや勉強どころではない状況に陥った。
「陽葵さん! 健太は今、勉強してるの! そんな重たいもの食べたら、眠くなっちゃうでしょ!」
美波の指摘はもっともだったが、陽葵はめげない。
「大丈夫です! 眠くなったら、陽葵が耳たぶを甘噛みして起こしてあげますから!」
「余計に集中できないでしょ!!」
「……あら、名案ですね。では私は、健太様が眠そうにしたら、この定規で指先を優しく……いえ、情熱的に刺激して差し上げましょう」
志保がどこからか取り出した竹尺を、パチンと鳴らした。
「ヒッ……!!」
「健太、もう私の家に来なさい! ここにいたらあんた、別の意味で死ぬわよ!」
美波が僕の手を引こうとするが、それを阻むように莉奈が僕の背中におんぶする形で抱きついた。
「美波ちゃん、健太様はどこにも行かないよ~。だって、明日の朝は私が起こしてあげるって約束したもん!」
「莉奈……!? お前、いつの間に!」
「えへへ、健太様、寝不足にならないように、私が添い寝してあげようかな~って思って」
「「「添い寝ぇ!!??」」」
志保、陽葵、そして美波の声が重なった。
「莉奈……。貴女、それは抜け駆けがすぎますわ」
結衣がいつの間にか背後に立ち、静かな怒りを漂わせていた。
彼女の手には、何故か「特製・眠気覚ましドリンク」と書かれた、禍々しい色の液体が入ったグラス握られている。
「健太様。……テスト勉強、大変ですね。けれど、私たち10人のメイドがいれば、不可能なことはございません。今夜は、私たち全員で、健太様を**『徹夜』**でサポートさせていただきます」
結衣の宣言に、メイドたちが一斉に瞳を輝かせた。
「……え、全員で?」
「はい。志保は学習指導、陽葵は栄養管理、莉奈はリフレッシュ担当。他の者たちも、健太様の足をマッサージしたり、肩を叩いたり……一秒たりとも、健太様を一人にはいたしませんわ」
「それ、拷問じゃないの……?」
美波が引きつった顔で呟く。
僕も同じ意見だった。
だが、メイドたちの目は真剣そのもの。
彼女たちの「溺愛」という名の包囲網から逃れる術は、もう僕には残されていなかった。
「……わかった。やるよ、やるから……。みんな、お手柔らかに頼むよ……」
「ふふ、お任せください。……さあ、美波様。部外者の貴女は、もうお帰りくださいませ。ここからは、プロのメイドによる『禁断の集中時間』でございます」
「帰らないわよ!! 健太が食べられちゃう前に、私が守らなきゃいけないんだから!!」
結局、美波も加えた11人の美女たちに囲まれ、僕のテスト前夜は始まった。
参考書を読む僕の耳元で囁かれる公式。
口に運ばれる甘いお菓子。
足元で繰り広げられる、心地よいマッサージ。
そして、絶え間なく続くメイドたちと美波のキャットファイト。
「……あ、あの、この問題の解き方なんだけど……」
「「「それは私が教えます!!!」」」
一問質問するたびに、部屋中に響き渡る美女たちの合唱。
賑やかすぎる、けれどこの上なく贅沢な夜。
僕は、睡魔よりも「幸せな疲労感」に襲われながら、彼女たちの愛に応えるべく、必死にペンを走らせるのだった。
翌朝、テスト会場に現れた僕は、目の下に薄いクマを作りながらも、どこか満足げな表情を浮かべていた。
なぜなら、僕のワイシャツの襟元には、メイドたち10人がこっそり書いた「合格祈願」のキスマーク……ではなく、メッセージが隠されていたからである。
「……よし、頑張るか」
彼女たちの愛を背負った僕に、解けない問題など、何一つないはずだった。
第4話 完




