帰宅
父からの言葉に耐えられず、願書は机に残して。
一言「すみませんでした、お世話になりました。」
そう書いて、最低限の荷物を持って静かに家を出た。
ーー家を出て1年が経とうとしてる。
父から連絡がきた事は一度もない。
槙はしがない絵本作家をしながら、コンビニでバイトをして日々食いつないでいる。
槙は、コンビニの制服を着たままアパートへ帰る最中だった。
ポケットの中で、スマートフォンが鳴る。
表示された名前を数秒見つめ、立ちすくむ。
動けない、額からの汗がにじみ指先の震えが止まらない。
父からの電話だ。
五回目の振動で、通話ボタンを押す。
「........」
向こうのテレビの音が聞こえる。
絞りだした声はかすれて情けなく震えた声だった。
「は、はい,,,。」
「明日、帰ってこい。絶対だ。いいな。」
それだけだった。
久しぶりの父の声は一年前の、脳裏に染み付いた記憶を容易に映し出す。
暗くなった画面を見つめまたアパートに向かって歩き出す。
アパートに入り、ドアを閉めると部屋の空気が少しだけぬるい。
蛍光灯をつける。
白い光が、六畳の壁を均等に照らす。
バイトの制服のまま、机の前に座りスケッチブックをひらく。
机には沢山の色鉛筆、クレヨン、スケッチブックが並んでる。
スケッチブックをひらく、昨日の続きを書くため鉛筆をにぎる。
子供が走っている絵。
まだ、顔は書いていない。
紙に触れる前に、手がわずかに震えた。
深く息を吸う。
もう一度、線を引こうとする。
まっすぐおろすだけの線が、揺れる。
消しゴムを使うほどでもない歪みが、どうしても気になる。
鉛筆を置き、手のひらを見つめる。
さっきの湿りはもう乾いてるのに、指先だけがうまく動けない。
スケッチブックをとじ、表紙に手を置いたまま、少しだけ止まる。
これを持っていくと、自分の居場所が無くなる気がした。
机の引き出しにしまい、鍵をかけておく。
黒いリュックに、着替えを二枚と充電器、通帳を入れる。
最低限の荷物を入れ、やっと制服から私服に着替える。
震えが消えたわけではない。でも、行かなければならない。
足は自然と玄関に向かう。
電気を消し、ドアを閉めた。
ーー夜のバスターミナルにはあまり人はいない。
自動販売機の前で、行き先を探す。
見慣れた地名を押し、支払いを済ませる音がひびく。
深夜のバスには、あまり人が乗っていない。
指定された席は、窓際の席だった。
リュックを膝の上にのせる。
車内の灯りが落ちる。
暗闇の中で、窓の隙間からビルの灯りがちらつく。
エンジンの振動が体に伝わってくる。
目を閉じるが、眠れない。
ただひたすら、外を眺めて気を紛らわせる。
窓に映る自分の顔が、思ったよりも疲れて見えた。
だんだん見覚えのある風景がまた記憶を蘇らせる。
父の顔、声。家の雰囲気や、父からの言葉
「失敗するな。」
「当たり前だ。」
きっとこの言葉は、一生頭から離れない。




