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幸せだった、その朝までは

「でも……」

 その一言が、私の人生を止めていた。

「でも……」

 それは弱さではなく、傷つきながらも生きてきた、自分への優しさ。

 頑張っているのに、どこか生き辛さを感じている心に寄り添いながら、本当の自分へと還っていく物語。

もし他人事だと思えないなら……

それは、心がすでに気づいているから。


限られた人にだけ届く、魔法の世界。

あなたの使命は、静かに目覚め始めている。

https://49675.mitemin.net/i1088791/挿絵(By みてみん)

「どうしてこんなことに……」


 その声にハッと目を覚ますと、胸の奥が、ひどくざわついていた。

まるで、この瞬間さえ、まだ夢の続きのような、妙な感覚。

——あれは、夢?

 そう自分に言い聞かせても、鼓動だけが、いつまでも静まらない。

 痛みと許しみの中で叫んだような気がするが、理由はわからない。

 けれど、取り返しのつかない何かが、すでに動き出している。そんな予感だけが、胸の奥に重く残っている。

——もう現実だよね?

 何度も確かめるように、ゆっくりと部屋を見回すと、朝の光が、白いカーテン越しにやわらかく差し込んでいる。


 静かな朝だ。


 いつもと変わらないはずなのに、さっきの夢の続きがまだあるように感じた。

 けれどそこには、隣で眠る夫――賢哉の穏やかな寝顔があった。

 結婚して六年も経つというのに少しだけ乱れた髪、そして規則正しい寝息さえ愛おしいと思う自分を、不思議に思う。

「旦那なんて空気みたいで、今さら好きとか嫌いなんて考えもしないよ」

 そう言われることもある。それでも、出会った頃と気持ちはそう変わらない。それに喧嘩も、ほとんどない。

 だって私は、賢哉に拾われた子猫だったから。

 そう思うほど、彼と出会って初めて愛を知り、幸せを感じた。

 何不自由のない、安定した毎日。

 まだ子供はいないが、だからこそ二人の時間を楽しめている。世間から見ても、私はきっと「幸せな妻」に見えるはずだ。

 この幸せが壊れる日など、想像もできない。死が二人を分かつまで、続くものだと信じていた。


「詩乃、今日は早いんだな」

 キッチンでコーヒーを淹れていると、背後から賢哉の声がした。

「うん。早番なの」

 振り返ると、寝起きのままの彼が、眠たそうにリビングに入ってくる。

「そっか。大変だな」

 その一言が、やさしく染みる。

 いつも私を気遣って、言葉をかけてくれる。

 上場企業に勤め、残業で帰りが遅いこともあるが、それでも、忙しさを理由に、家庭をおろそかにしない。

 約束を守り、誠実で、穏やかで――

 彼の好きな理由をあげればきりがないほど、理想的な夫だ。

「いってくるね!」


 カバンを手に扉を開けると、庭先のラベンダーと濡れた土の香りがする。

「朝方まで雨、降っていたんだ」

――もしかして、そのせい? 

 今朝の夢を、ふと思い出した。

 シトシトと降る雨音が、夜の闇に溶け込みながら世界を涙で濡らしたのかもしれない。

「あー、今日梅雨明けだっていってたから。水たまりに気をつけてな」 

「うん、行ってきます」

 子供扱いするような言葉に笑顔を返すと、手を振った。


 職場までは、電車を乗り継いで一時間ほど。改札を抜け、横断歩道を渡った先に職場はある。

 大きなガラスの自動扉の向こうには、すでに待合室の椅子に座る人々と、白衣姿のスタッフが、せわしなく行き交っていた。

――急がなくちゃ。

 梅雨が明けたせいか、いつもより人が多い気がした。地下の更衣室で白衣に着替え、長い髪を一つにまとめる。

「三浦しゃん、おはよ」

 ナースステーションへ向かう途中、スリッパを鳴らし駆け寄ってきた。

「はるちゃん、おはよう」

 今、私が担当しているのは小児科だ。感染症や喘息で入院している子もいれば、命に関わる重症の子もいる。

 可愛くて、元気をもらえることもあれば、

時に、心が大きく揺れることもある。子どもを中心に、親と治療をつなぐ。そう言ってもいい。

 子どもの心を読み、代弁者となることもあれば、親の不安を受け止めることもある。

 小さな手のぬくもりに触れ、

泣き顔が笑顔に変わる瞬間に、

何度も救われてきた。

 忙しくも、充実した時間。

 そして、足に軽い疲労感を感じはじめた頃、いつもと変わらない一日が終わるはずだった。

 申送りを済ませ、時計を見ながら、淡々と片付けをしていると、そこへ電話が鳴った。

 ナースコールに、モニターのアラーム音にかき消され、いつもなら気にならない電子音。なのにそれを予知していたかのように、振り向くと、

「三浦さん電話!」ハッキリと名前を呼んだその顔に笑顔はない。

「……警察から」

 声をひそめ受話器は渡された。

 それが本当の運命の歯車を動かし始めたことを、私は、まだ知らなかった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます✨

次回は、平凡な幸せを望んでいた詩乃の人生の歯車が、ゆっくりと動き始めます。

あなたはどんな幸せを望みますか?

願いは口にすると叶うものですよ✨

よければ感想で教えてくださいね。

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