8 街へのお忍び視察②
「殿下、少し休みませんか? そこの屋台、美味しそうです!」
メリルが指差した先には、アイスクリームの屋台があった。
「よし、皆で食べようか」
クラウスは気さくに言い、財布を取り出した。
お忍び中でも気品を感じる動作だった。
「三つお願いする」
「まいど!味はどうしましょう?」
よく見ると、看板に、ミルク・チョコレート・ストロベリーとあった。
私とクラウス様はミルク、メリルはストロベリーを注文する。
店主はてきぱきとアイスをコーンに乗せる。
リディアの手に渡されたのは、真っ白のミルクアイス。
ひんやりとして、甘くて、口の中でふわりと溶ける。
「美味しい……!」
思わず声が漏れた。
クラウスが横で笑った。
「リディア嬢、そんなに嬉しそうに食べるのか。
なんだか、見ているだけで楽しくなるな」
「へっ……!」
驚きすぎて、アイスを落としそうになる。
クラウスは慌てて手を伸ばし、リディアの手を支えた。
「危ない」
「あ……ありがとうございます……」
至近距離で見つめられ、リディアの頬が熱くなる。
(やばいやばいやばい……。
クラウス殿下、完全に恋愛イベントの台詞なんだけど!?)
本来、これは――
“メリルがアイスを落としそうになり、クラウスが助ける”
というスチル付きイベント。
(本来のルートを邪魔している……!?)
胸の奥がざわついた。
視察も終盤に差し掛かった頃。
「お二人とも、今日はよく歩きましたね」
休憩がてら、小さな川辺に腰を下ろした。
風が爽やかで、草の香りがする。
その時、クラウスがふと何かを思い出したように懐に手を入れた。
「そうだ、これを渡そうと思っていたんだ」
「……え?」
差し出されたのは、小さな銀の箱。
蓋を開けると――薄紅色の小さな宝石がついたピアスが入っていた。
(これって……!)
本来、メリルがクラウスから受け取るピアス。
好感度が上がっている事を象徴するピアスだ。
「リディア嬢。今日の視察で、私は君の考えに何度も感心した。
国を背負う覚悟のある者だと知った。
これは……感謝の気持ちだ」
優しい眼差しがまっすぐ向けられる。
「えっ……あの……!」
心臓が跳ねる。
でも――受け取ってしまえばメリルルートは消える。
「殿下、わ、私は……」
断ろうとしたその瞬間。
「受け取ってくれると、嬉しい」
微笑みが、あまりにも柔らかかった。
拒絶など、できるはずがない。
「……ありがとうございます。大切にしますわ」
リディアは震える手で受け取った。
(あああああ……やってしまった……!
ゲームのバランスが……完全に崩れた……!)
横でメリルが「リディア様、すごく似合ってます……!」と喜んでいるのが、逆に胸に刺さる。
こうして――
本来のヒロインが受け取るはずのキーアイテムは、悪役令嬢であるリディアの手に渡ってしまった。
帰り道。
歩くクラウスの横顔は、どこか穏やかだった。
(……笑っている?)
カインが小声で囁いた。
「殿下。随分とご機嫌ですね」
「そう見えるか?」
「おそらく、誰の目にも」
クラウスは視線を前に向けたまま、小さく息を吐いた。
「……リディア嬢の言葉は、胸に響いた。
あの方は、国全体を見ている。
貴族の利だけでなく、人々の生活を思っている。
……心地よい考え方をする人だ」
「それは……お気に召した、ということですか?」
「……どうだろうな」
言葉とは裏腹に、その声は優しかった。




