22 アニエスとの決闘②
向かい側に立つアニエスは、今日に限って特に気品のある立ち姿をしていた。
金の縦ロールは陽の光を浴びて輝き、妖精セレス=シールドが肩の上で静かに舞っている。
「リディア・フォン・アルセリア。決闘を受けてくれてありがとう」
宣言する声は凛としていたが、その奥に焦りと痛みが混じっているのをリディアは感じた。
「アニエス……。私たち、本当に戦う必要があるのでしょうか」
「あるわ。これは意地とか、女の戦いとか、そんな幼稚なものじゃないの。
私はあなたに嫉妬した。だけど、この胸のざわつきを抱えたままでは、前に進めない」
アニエスは少し笑って、首を振る。
「だから、真正面からぶつかりたいのよ。……お互いに、ね」
その真っ直ぐな瞳に、リディアはもう何も言えなくなった。
(これが……彼女の覚悟なのね)
裁定役の教師が合図をするため、魔力測定球を掲げる。
「双方、準備はよろしいですね? 結界勝負。
アニエス様の結界をリディア様が破ったらリディア様の勝ち。
時間切れの場合は防御力を測定し判定とします」
「はい」
「ええ」
風が止んだ。
観客席のざわめきが遠のいていく。
ぽう、とアニエスの周囲に青白い光が舞いはじめた。
妖精セレスが結界魔力を注ぎ込み、彼女の足元に淡い円陣が浮かぶ。
「――行きます」
アニエスの指先が静かに振り下ろされた。
透明な壁が幾重にも重なり、光の波紋をつくる。
その結界は、美しく、強固だった。
ただ頑丈なだけではない。縁の部分が細かく動き、魔力に応じて自在に形を変える**“変動結界”**。
(やっぱり……すごい)
クラウスが「アニエスの結界は国でもトップレベルだ」と言っていた理由がよく分かる。
正面から突っ込んでも破れない。
普通の火魔法では、なおさら。
(でも……私は、負けられない)
炎の妖精・フィーアが肩の横でひらりと舞った。
小さな体に似合わず、目は鋭い。
『遠慮は無用よ。リディアはこの数ヶ月で強くなったわ』
(ええ。そうよ、フィーア)
リディアは深呼吸し、右手を前に出した。
魔力が指先に集まり、熱が広がる。
最初の一撃はあえて弱くした。
天井から降る炎の粒が、アニエスの結界に当たっては弾かれ、花火のように散る。
「その程度では、私の結界は……!」
「分かってます」
これは探り。
そして――視線の誘導。
アニエスは前方の炎に集中している。
(本命は……こっち)
リディアは足元に魔法陣を描いた。
炎の蛇が地面を這い、結界の下部に沿って走り始める。
「なっ……!」
アニエスの目が揺れた。
結界は上からの攻撃に強いが、下からの衝撃にはやや甘い。
――と、本で読んだ。
(知識は、武器になる)
蛇が跳ね上がるように爆ぜた。
衝撃でアニエスの結界が一瞬だけ波打つ。
その隙を――逃さない。
「……行くわ、フィーア!」
『了解!』
炎が一本の槍に収束し、光の尾を引きながら一直線に突き進む。
衝突。
視界が白く染まり、観客席から大きなどよめきが起きた。
結界が、高い音を響かせ――
ぱんっ、と弾けた。
「……っ……!」
アニエスが衝撃で膝をつく。
すぐに結界の余波は消え、静寂だけが残った。
教師の判定が響く。
「勝者、リディア・フォン・アルセリア!」
歓声と拍手が一斉に巻き起こった。
しかしリディアは喜ばなかった。
すぐにアニエスのもとへ駆け寄る。
「アニエス! 大丈夫ですか?」
「……ええ。負けたわね、私」
アニエスは肩で息をしながらも、苦笑というより晴れやかな微笑を浮かべた。
「悔しいけれど……本当に綺麗な魔法だったわ。
あなたが努力してきたこと、ちゃんと分かった。
それに……クラウス殿下が惹かれる理由も……」
「そ、それは……!」
「もう逃げないわ、リディア。
私はあなたを認める。
そして――」
アニエスは手を差し出した。
「あなたを応援することにするわ」
リディアは言葉を失った。
胸に熱いものが込み上げる。
「アニエス……ありがとうございます……!」
二人の手がしっかりと結ばれた瞬間、
まるで演習場の空気が、ぱあっと明るく変わったように感じた。
ライバルではなく、仲間として。
新しい絆が、ここに生まれたのだ。




