20チャリティイベント当日
チャリティイベント当日の朝、王立アストレイア学園の講堂は、いつになく華やかな空気に包まれていた。
いくつもの花束が飾られ、魔法の光で淡く照らされた天井には、音符の形をしたイルミナ・ランプがふわりと漂っている。リディアは、準備の最終確認をしながら、そっと深呼吸した。
――こんなに大きなイベントを、自分が主催する日が来るなんて。
胸の奥がじんわりと温かく、そしてくすぐったい。
孤児院で見た、薄い布団。寒さに耐えながら眠る子どもたちの姿。"助けてあげたい"
そして今、その思いが形になりつつある。
「リディア様、椅子の並び、整いました!」
「照明魔法の調整、終わりました!」
「客席前方に王妃陛下のお席を――」
「えっ? 王妃陛下!?」
思わず声が大きくなる。
振り返ると、生徒たちが慌ただしく礼をする方向から、ゆったりとした足取りで王妃・エレオノーラが現れた。淡い青のドレスが光を反射し、まるで宝石のようだった。
「まあ、今日は本当に楽しそうな催しね。噂を聞いて、どうしても様子を見たくなってしまったの」
王妃は微笑み、まっすぐリディアを見つめる。
優しい眼差しだが、それだけではない。
――王家を支える者としての眼。
人の真価を見抜く、揺るぎない光。
「リディア・フォン・アルセリア。今日の主催はあなたなのね?」
「は、はい……未熟でございますが、精一杯務めさせていただきます」
「未熟? いいえ、あなたは大したものよ」
王妃の言葉は淡々としているのに、さりげなく重い。
胸の奥がじんと熱くなり、自然と背筋が伸びた。
開場時間が近づくにつれ、客の波は途切れることなく続いた。
噴水広場から伸びる石畳の道は、学園講堂へ向かう来場者で溢れかえり、入口スタッフが慌てて列を整理している。
「リディア様、予想の……倍以上です!」
「あらまあ、三倍はいるんじゃないかしら」
「ぜ、全員入れますでしょうか……!」
「立ち見になってしまうが大丈夫だろう」
そう言ってクラウスが近づいてきた。
彼の後ろにはヴェイル=ウィンドが風を揺らしながら漂っている。
「クラウス殿下……」
「君のやろうとしていることの価値を、皆が理解している証だよ」
その一言だけで、胸がいっぱいになった。
「それにしても――」
クラウスは講堂を一望し、目を細める。
「君は本当にすごい。短期間でこれだけの出演者を集めて、孤児院のために動けるなんて。僕は誇りに思うよ、リディア」
軽やかに言うその声は、いつもの穏やかさのままだ。それでも、彼の深い信頼が込められていることを、リディアは痛いほど感じた。
――こんなふうに言ってもらえるなんて。
胸が熱くなり、息が少し震える。
「……殿下にそう言っていただけるなんて、光栄です」
やっとそれだけ言うと、クラウスは柔らかく微笑んだ。
リハーサルが始まると、さらに忙しさは増した。
リディアは走り回り、汗が額に滲んできた。
「リディア様! 出演者五組、全員スタンバイできています!」
「良かった……。では順番を――」
最後の調整を終えたそのとき、クラウスが声をかけてきた。
「少しだけ座って。休憩しないと倒れるよ」
「でも、まだ――」
「大丈夫。後は僕とカインがやっておく」
強制的に手を取られ、休憩用の椅子に座らされた。
フィーアがひらりと姿を現し、くすくす笑う。
『あなた、頑張りすぎ。倒れたらイベントどころじゃないわよ〜?』
「フィーアまで……」
でも、心の中はやけに満たされていた。
自分のしたいことを、誰かが本気で支えてくれる。
それが、こんなにも力になるなんて――。
そしてついに、開演の時間。
始まりの鐘が鳴ると、客席から大きな拍手が起こった。
王妃が最前列で優雅に微笑み、貴族も平民も一緒に座っている。
音楽家たちは緊張しながらも、誇らしげにステージへ向かった。
一組目の若いバイオリニストが弦を引くと、魔法の音響が講堂全体に広がり、観客席に鳥肌が立つ。
演奏が終わるたびに拍手が湧き、次の演奏家が高揚した顔で舞台に上がる。
二組目、三組目――
その中には、路上でひっそりと演奏していた青年の姿もあった。
(上手……!)
観客たちがざわつく。
中には「どこかの宮廷楽団か?」と呟く者もいたほどだ。
演奏後、ひとりの老貴族が立ち上がり、その青年に近づいていった。
「き、来た……!」
スタッフが小声でつぶやき、リディアは手を合わせる。
青年は震える声で礼を言い、貴族は力強く頷いた。
「これからは、うちの楽団で弾きなさい」
その瞬間、青年の肩が震え、目に涙が滲んだ。
――無名演奏家にもパトロンが付く。
リディアの胸が熱くなる。
イベントが、誰かの人生を変える瞬間を見た。
やがてすべての演奏が終わり、ステージ中央に募金魔法箱が浮かび上がった。
金貨や銀貨が次々と吸い込まれ、光が溢れる。
観客の中から歓声が上がった。
「こんなに……!」
「孤児院の子どもたち、喜ぶわ」
王妃もその光景に目を細め、
「素晴らしいわね……リディア。あなたの真心が、皆を動かしたのよ」
その声は優しく、どこか母のようだった。
「恐れ多いお言葉です、陛下……」
胸がじんじんと熱くなる。
涙がこぼれそうになるのを、ぎゅっとこらえた。
イベントが終わると、リディアとクラウスは孤児院へ向かった。
馬車には、新品の分厚い布団と毛布がぎっしり積まれている。
到着すると、院長と子どもたちが笑顔で迎えた。
「まぁ……こんなに沢山! あたたかそう……!」
「これで、もう寒くないね!」
「リディアお姉ちゃん、ありがとう!」
リディアは膝をつき、子どもたちの手をそっと握った。
「こちらこそ……。みんなが笑ってくれるのが、一番嬉しいわ」
その横で、クラウスが温かな眼差しを向けていた。
――この国を、強く優しい国にしたい。
その思いが、ふたりの間で確かに重なっていく。
帰りの馬車で、クラウスは小さく呟いた。
「リディア。君を見て……ますます確信したよ」
「確信、ですか?」
「君は……王妃にふさわしい女性だ」
胸が大きく跳ねた。
真剣な瞳に射抜かれ、リディアは言葉を失った。
――イベントを成功させた喜びと、
クラウスの信頼の重さが重なって、胸がいっぱいになった。




