2 特別教室と妖精のささやき
(……胸の奥の違和感は、まだ消えない)
まるで、心の深くに何かが潜んでいるような感覚。
思い出せばすべてが繋がりそうなのに、霧がかかったようにぼやけている。
そんな中、教師が黒板の前に立ち、穏やかに告げた。
「そうですね、“妖精との接続率”も終わりましたし、自己紹介をしましょう。お互いの力を知っておくためにも必要なことですしね、まずは王太子殿下お願いします」
クラウスは頷いて立ち上がる。
「クラウス・アストレイアだ、妖精はヴェイル=ウィンドで風を得意としている」
挨拶は簡潔だった。
しかし、それで十分である事を、皆知っている。
「では、次に私が」
立ち上がったのはアニエスだった。
金色の縦ロールがふわりと揺れ、その仕草ひとつで気品があふれる。
「アニエス・ド・ラファリエルです。妖精は《セレス=シールド》。魔法は結界系を得意としております」
堂々とした声。
さすが公爵家の令嬢であり、王太子の“婚約候補”の筆頭と噂されるだけはある。
「王妃の座を目指し、精進する所存ですわ」
はっきりと言い切るその姿は、強靭で、そして美しい。
淡い光がアニエスの周囲を揺れ、まるで妖精セレスが誇らしげに微笑んでいるようだった。
次は私の番だ、皆の視線を受け立ち上がる。
「リディア・フォン・アルセリアと申します。妖精はフィーア=フレア、火での攻撃を得意としています」
私も簡潔にだけ答えて座った。
アニエスの少し不満気な顔が見えたが、そこは軽くほほ笑んでおく。
「次は私ね!」
ぱっと明るく手を上げたのは、セレナ。
水色の髪が背中で跳ね、華やかというより“可愛い”という言葉が似合う。
「伯爵家出身のセレナ・ミルフォードです! 妖精は《アクア=ドロップ》。水魔法が得意で、ええっと……甘いお菓子が好きです!」
無邪気な笑顔の裏に、彼女もまた“王太子の婚約候補”という肩書きを背負っている。
セレナの周囲では、青い光の粒がいたずらっぽく跳ねていた。
そして――空気が変わった。
ぎこちなくピンク色の髪をした少女が立ち上がる。
「え、えっと……メリル・エヴァレットと申します。元は平民ですが、妖精の加護をいただき、エヴァレット伯爵家の養女になりました」
その瞳は不安で揺れているが……不思議と、見る者を惹きつける温かな光を宿していた。
「妖精は《ルミナ=ピルク》。回復魔法を……少しだけ使えます」
その瞬間だった。
ほわ……っと、教室中に柔らかい光が広がる。
息を呑むほど優しい金色で、どこか“祝福”のような雰囲気。
「すごい……あの子、ほんとに妖精に愛されてるのね」
「噂より……もっと強いかも……」
アニエスとセレナも思わず呟く。
リディアの胸が、きゅっと痛む。
(また……この感覚)
メリルを見ていると、なぜか胸の奥がむずがゆく、息苦しい。
嫌悪?
嫉妬?
違う――もっと複雑で、暗い感情。
(あなたが……“選ばれる”の?)
思ってもいない言葉が胸を刺す。
リディアはその理由が分からず、指先を震わせた。
休憩時間になると、教室内は少し和んだ雰囲気になった。
その時――王太子が動いた。
優しい声。
そのまっすぐな眼差しが向かった先を見て、リディアの心臓が跳ねた。
――メリル。
「君がメリル・エヴァレットだね。噂は聞いているよ」
「っ、は、はい……!」
「妖精が喜んでいるようだ。回復魔法は貴重だ。困っている者がいれば助ける気持ちを忘れないように」
「は、はいっ……!」
クラウスは穏やかに微笑む。
メリルは言葉も出ないほど真っ赤になって俯いた。
その光景を見て、リディアの胸がじわりと熱くなる。
(どうして……こんなに嫌なの?)
クラウスが誰と話そうと関係ないはずなのに、息苦しくなるほど胸がざわつく。
手の甲に、じわっと汗がにじむ。
「リディア?」
アニエスが心配そうに覗き込む。
「……大丈夫よ」
そう言いながらも、胸の奥の痛みは増すばかりだった。
その夜――。
リディアは自室のベッドの上で天井を見上げ、深く息を吐いた。
(どうして……私はあんなにも動揺しているの?)
クラウスとメリル。
ふたりが並んで笑う光景が、何度も脳裏に浮かぶ。
その度に、胸が苦しくなった。
(私は……王妃の座が欲しいわけじゃない。なのに……)
欲しいのは座ではない。
もっと――個人的で、切実な何か。
だが、その“何か”に触れようとするが、触れられない。
「……いやね。まるで何かに蓋をされているみたい」
ため息をつき、目を閉じる。
いつものように眠りに落ちるはずだった。
だが――
◆…………ピコン。
聞いたこともない電子音が、闇の中に響いた。
胃の底をなでられるような不快な音。
同時に、視界に画面のようなものが浮かび上がった。
◆《選択肢:クラウス好感度+5》
◆《メリルルート進行中》
◆《バッドエンドフラグ:発生》
「……え?」
心臓が跳ねる。
これは何?
どこかで見たことがある……?
画面は次々と色を変え、少女――“メリル”が泣いている映像が映る。
さらに、赤く点滅する文字。
◆《悪役令嬢リディア——断罪イベントまであと3章》
「いや……いや……これは……!」
悪役令嬢。
断罪イベント。
選択肢。
好感度。
この世界でそんな言葉……どこから?
胸が締め付けられ、息がうまくできない。
指先が冷たくなる。
(私……これ、知っている……)
でも思い出せない。
画面の内容を認識しているのに、記憶が霧の向こうにあるようで掴めなかった。




