15 ダンジョン攻略②
湿った空気が肌にまとわりつく。
王立アストレイア学園の地下深くに広がるダンジョンは、灯りの届かぬ闇が支配し、妖たちの気配が絶えず漂っていた。
先頭を進むクラウスの背に、リディアはそっと視線を向ける。
――彼は、もう迷っていない。
補助魔法に特化するという決断をしてから、クラウスの動きは変わった。剣を握る指が揺るぎなく、魔力の流れは澄んで安定している。
一行は三階層を目指して降りていく。後方では、セレナとメリルが緊張を隠せず、それぞれの妖精が小さく羽音を鳴らしていた。
「はぁ……はぁ……。走り込み、もっとしておけばよかった……」
セレナが膝に手をつき、肩で息をする。
リディアの胸に嫌な予感が広がった瞬間だった。
「来るぞ!」
クラウスの声と同時に、闇の隙間から黒い影が飛びかかってきた。兎型の妖――目だけが白熱したように光り、獲物を見つけたとばかりに突撃してくる。
セレナの水弾が放たれる。しかし、魔力が定まらず、妖の足元をかすめるだけ。
「きゃっ……!」
避けきれなかった反動でセレナが尻もちをついた。
「セレナさん、危ない!」
メリルが駆け寄り、小さな体で彼女を庇う。
妖が跳びかかった――その刹那。
クラウスの風撃が妖の進路を逸らし、その頭上を剣が正確に捉えた。
白銀の刃が妖を裂き、闇に還す。
セレナは震えていた。
「む、無理……もう、無理よ……っ。足が……足が動かない……!」
涙がぽろぽろと零れる。
ここでセレナは脱落。
魔力量ではなく、体力と精神の限界で。
リディアは胸が痛くなった。
これで水から氷への攻撃力アップは不可能となる。
つまり、妖魔にとどめを刺せるのは私だけになるという事……
「セレナ。ここで無理をして前に進んでも、君の魔法は力を発揮できない。」
クラウスがそっと手を差し出す。
「引き返すべきだ。」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……! みんなと一緒に、進みたかった……!」
セレナの涙に、リディアも言葉を失った。
「セレナさん、戻りましょう。怪我だけは……」
メリルが寄り添い、優しく手を握る。
妖精アクア=ドロップも、しゅんとしながら彼女の肩に降りた。
こうして――セレナはパーティを離脱し、
救済措置として設置されている、転移盤で地上に戻った。
残された三人は、より深い階層へと進む。
◇
四階層に足を踏み入れた瞬間、気配が変わった。
冷えた空気と、うごめく複数の妖たち。
「メリル、下がって!」
「は、はいっ!」
小型の妖が三体、メリルに狙いを定めて突っ込んでくる。
――ゲームの“クラウスがメリルを庇う”イベント!!!
リディアは手を伸ばしかけた。
でも、その前にクラウスが風魔法で攻撃する。
クラウスが身体ごとメリルを抱き寄せる。
妖が霧のように消えた。
「だ、大丈夫か……?」
クラウスの声は優しい。
メリルの頬が、一瞬赤く染まり――だがすぐに首を振った。
「す、すみません……私……」
「謝る必要はない。」
クラウスが微笑む。
「守るのは当然だ。」
――イベントが……そのまま起きた。
心臓がどくどくと音を立てる、
クラウス様は私の事を好きだと言ってくださったし、
私もクラウス様を信じている。
それでも、ヒロインとクラウス様の好感度が上がるイベントを
目の前にして、動揺してしまった。
クラウス様がメリルを私以上に好きになってしまったらどうしよう・・・
そんな思いに囚われる。
ゲームのスチルそのままのシーンの再現が、
そんな気持ちを湧き起こさせてしまった。
この世界は、どこまでゲームに従おうとするのか。
けれど、クラウスの視線がリディアに向いた瞬間、
彼の目はまったく違う意思を宿していた。
クラウスは――リディアだけを見ている。
◇
5階、最下層――。
巨大な石扉が円を描くように光り、中から光の粒が舞い上がった。
『よくぞ辿りついた、契約者たちよ』
荘厳な声とともに姿を現したのは、妖精王の幻影だった。
フィーアがリディアの肩で小さく震える。
『そなたらに力を与えよう。来たる災厄に備えるために……』
光が三人を包み、体が温かく満たされる。
リディアの炎はさらに強く。
クラウスの補助魔法は形を変えるほど純度を増し。
アニエスの結界は更に強固となり。
メリルの回復魔法は、輝きを帯びて。
『選べ。守りたいものがあるなら、迷うことなく進め――』
光が収まった時、四人の妖精はふわりと舞い上がり、喜びの声を上げた。
「……すごい。身体が、軽い……!」
「魔力の流れが全然違います……!」
クラウスが剣を肩に担ぎ、リディアと目を合わせる。
「リディア。ここから先は――一緒に未来を変えよう。」
リディアの胸が熱くなる。
セレナが倒れた未来も。
本来のイベントも。
ゲームの強制力も。
――全部、壊してみせる。
「ええ。必ず。」
リディアは静かに頷いた。
こうして四人は、強くなった妖精たちとともに地上へ戻っていく。
確かな足取りで、己の選んだ未来へ向けて。




