14 ダンジョン攻略①
王立アストレイア学園の敷地のさらに下。
古い文献にもほとんど記載されていない、学園地下ダンジョンが、静かにその口を開けていた。
石造りの階段を降りるたび、湿った空気が肌にまとわりつく。
かすかに魔力の波が揺れており、妖精たちがそわそわと落ち着かない気配を見せた。
「……ここが、レベルアップのための“試練場”か」
クラウスが低く呟く。
王太子であり、学園屈指の実力者であっても、初めて足を踏み入れる場所だという緊張が声に滲んでいた。
「気を付けてくださいね、殿下。
ここ、ゲームだと“操作を間違えると即全滅”だったはず……」
リディアは内心で青ざめた。
つい前世の知識を引き合いに出してしまい、慌てて言葉を飲み込む。
(ダメよ、そんな言い方……! あくまで“学んだ本の知識”ということにしなきゃ)
隣では、ピンクの髪を揺らしながらメリルがきょろきょろと周囲を見回していた。
その肩には、小さな回復妖精――ルミナ=ピルクが乗っている。
「リディア様、怖く……ないんですか?」
「怖いわよ。でも、知識があるのとないのとじゃ全然違うもの」
メリルの不安をそっと撫でるように声をかける。
するとその隣で、クラウスがふっと表情を和らげた。
「君がいると、皆落ち着くな。……頼りにしている」
(お願いだからそんな顔しないで、イベントフラグが……)
胸を押さえる間もなく、急に空気が変わった。
――コココッ。
「出るわよ。第一層の定番、“ラビィ”たち」
薄暗い通路の奥から、うさぎの形をした小さな妖がぽこぽこと現れた。
可愛い見た目とは裏腹に、動きは素早く、初級者を仕留める危険な存在だ。
「くっ……!」
メリルが身をすくめた瞬間、リディアは迷いなく前へ出た。
「フィーア、お願い!」
赤い光が閃き、肩に宿る妖精フィーア=フレアが羽を震わせる。
リディアの手のひらに、ぽっと朱色の魔力が集まり――
火の矢が、最前列のラビィたちを正確に貫いた。
小さな爆ぜる音。ラビィたちは抵抗する間もなく霧散していく。
――沈黙。
クラウス、メリル、そして護衛カインまで、ぽかんと口を開けた。
「……あ、あれ? 威力、強すぎた?」
「強すぎるというか……」
カインが絶句している。
クラウスは逆に、嬉しそうに微笑んだ。
「君の炎は本当に美しいな。
そして……強い。やはり、僕は補助に徹するべきかもしれない」
「クラウス殿下……?」
彼は剣を抜いた。
が、魔力で攻撃せず、風で刃を包むだけにとどめる。
「僕の魔法攻撃は弱い。だが、魔力を温存しておけば、君の炎を更に何倍にも強化できる」
そう言った瞬間、クラウスの風がリディアの周囲にそっと流れ込んだ。
ふわりと、胸元まで届く微かな風。
それはまるで、リディアの炎を優しく抱き上げるような魔力の流れだった。
「試してみて、リディア」
その声に促され、リディアは次のラビィに向かって手を掲げる。
「……いくわよ、フィーア!」
放たれた炎は、先ほどの倍以上の速度で一直線に走り――
一瞬で、通路の奥まで炎の道を描き出した。
「「「っ!!」」」
爆ぜる光、熱風。
そして数秒遅れて、消えゆくラビィの残光。
メリルは目を輝かせた。
「す、すごい……これが、殿下とリディア様の連携……!」
クラウスは、どこか誇らしげに横目でリディアを見る。
「――これが、僕の“役目”なのだと気づいた。
君の力を、最大まで引き出すこと。
僕は……そのためにいる」
胸がどくんと熱くなる。
(そんな……そんな顔で言わないでよ。
またイベントの流れが……全部私に向いてしまう……)
だが、リディアの頬が赤く染まるのを、クラウスは確かに見ていた。
その時だった。
――ギィ……。
通路の奥で、重い扉の開く音がした。
「次のフロアか。行こう」
クラウスの声は落ち着き、だがどこか弾んでいた。
彼にとっても、この戦いが“ふたりで歩む未来の予兆”のように感じられていたのかもしれない。




