12 フィーアとの対話
夜更けの学園寮は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
窓の外では、風が樹々の葉を揺らし、かすかなさざめきだけが響いている。
リディアはベッドの端に腰かけ、胸に手を当てた。
――クラウス殿下に、告白された。
あの花火の夜景。満天の光の下で、銀髪がきらめいていた。
あの瞬間を思い出すだけで、胸の奥がじわりと熱くなる。
「……なにを考えているの、私」
顔を覆うが、頬の熱はおさまらなかった。
そのときだった。
枕元のランプがふっと揺らぎ、ほのかに赤い火の粉が舞う。
『どうしたの、リディア? 顔が真っ赤よ?』
「フィーア……」
赤い小さな妖精――フィーア=フレアがふわりと浮かびあがり、リディアの胸元に座り込んだ。
いつものように気まぐれで、自由気ままな火の精。
『あ、わかった。殿下のこと考えてたでしょう?』
「な、なんでそうなるの!?」
『その顔で言われても説得力ないわよ? ふふ♪』
小さな妖精のくせに、人の心の変化には恐ろしく敏感だ。
リディアは観念して息を吐く。
「……ねえ、フィーア。少し、相談したいことがあるの」
『うん、なぁに?』
リディアは、これまで起きた“ゲームとの違い”をすべて説明した。
街でのピアスの件、メリルではなく自分に向けられたクラウスの好意。
そして――あの告白。
『ふむふむ……なるほどねぇ』
フィーアは空中でくるりと回り、火の粉を散らしながら腕を組む。
『リディア、あなたはまだ“決定された未来”と“変えられる未来”をごちゃ混ぜにしてるわ』
「……え?」
『まずね、ゲームみたいに“選択肢”なんて存在しないの。
あなたはもう“プレイヤー”じゃなくて、この世界の一人の住人よ』
「つまり……」
『あなたが考えて、動いて、その時に選んだ行動が“現実”になる。
メリルがヒロインになるかどうかだって、固定じゃないわ』
妖精は指先をひらりと振る。
『むしろ、殿下があなたに告白した時点で、ゲームの恋愛ルートは完全に崩壊してるの』
リディアは息を呑んだ。
「でも……私は“悪役令嬢”でしょう? 本来、破滅する……」
『破滅ルートは“あなたが悪役令嬢らしく行動した時”だけよ。
今のあなたを見なさいよ。メリルにも優しいし、セレナを励ますし、街の問題にも目を向けてる。』
フィーアは炎のように揺れる赤い瞳でリディアを覗き込む。
『あなたはもう、ゲームの中の悪役じゃない。
“あなた自身”として生きてるわ』
「……そうなのかしら」
『ただし――』
フィーアの声が少し低くなった。
『ひとつだけ、絶対に変わらない“固定イベント”がある』
リディアの心臓が跳ねる。
『“最後の王妃選定パーティで妖魔が現れる”。
これだけは、どんなに未来が変わっても起こるわ』
「……やっぱり」
リディアは唇を噛んだ。
妖魔を倒せるのは、炎の魔法と氷の魔法だけ。
(なら、私が……あの妖魔を……)
『怖い?』
「……怖くないと言ったら嘘になるわ。でも――」
胸を押さえ、花火の夜の殿下の表情を思い出す。
『あなたのことを、心から選んだ』
フィーアがくすりと笑った。
『ね? 殿下のためにも、国のためにも……“選ばれた炎”として強くなればいいのよ』
「……選ばれた、炎」
『そう。あなたの炎が、未来を焼き切るの』
リディアはまぶたを閉じ、ゆっくりと息を吸った。
不思議と、胸の奥に灯るものがある。
恐怖ではなく、温かい決意の火。
「フィーア……ありがとう。私、逃げないわ」
『うん。その顔よ、リディア。
殿下だってきっと、そんなあなたに惹かれたのよ』
妖精はリディアの頬にそっと触れた。
小さな指先は炎のように暖かかった。
『運命はね……変わるのよ。あなたが望む限り。』
リディアは確かにうなずいた。
――私の手で、この運命を変えてみせる。
――そして……殿下の隣に、立てる人間になりたい。
揺らめく炎の灯りが、彼女の決意を照らしていた。




