10 学園祭
学園の朝はいつも騒がしい。
けれど、今日の慌ただしさはいつもとは全く違っていた。
──年に一度の“学園祭”。
魔法科も騎士科も一般科も、そして街の住民までもが訪れる大イベント。
学園の敷地全体が市のように活気づき、屋台が何百と並ぶ。
(さて……学園祭か)
朝、鏡に向かいながら、リディアは小さくため息をついた。
整った金髪をゆるく巻いて、白と薄青のワンピースを身に着ける。
「はぁ……ついに来てしまったわね、学園祭……」
このイベントも、本来はヒロインであるメリルが人気を集め、
クラウスと距離を縮める重要なルートの一つだ。
(でも……私は悪役令嬢なのよ? 目立つわけにはいかないのに)
心の準備が整わないまま、ドアのノックが聞こえた。
「リディア様! あの……いいですか……?」
扉を開けると、そこにはメリルがいた。
淡いピンクのワンピースに、胸元には小さな妖精の刺繍。
ふわりと微笑むその姿は、まるで春の妖精のようだ。
「もちろん、いいわよ。どうしたの?」
「よかった……! あの……! リディア様と、学園祭を回りたくて……!」
メリルは頬を赤らめ、両手をぎゅっと握りしめている。
(かわいすぎるでしょう……もう……)
リディアは思わず笑みをこぼし、頷いた。
「喜んでお付き合いするわ、メリル」
「はいっ!」
二人は手を繋ぎ、学園祭へ向かった。
校舎を抜けると、そこには人、人、人。
「わぁぁ……! すごい……!」
メリルの目はキラキラと輝き、完全にお祭りモードだ。
魔法研究科の屋台では、魔法で作る光る風船やホバースイーツが並び、
騎士科の模擬戦会場では歓声が上がる。
「……賑やかね」
「初めてで……胸がいっぱいです……!」
メリルの手は少し震えていた。
緊張もあるが、楽しさが勝っているらしい。
リディアの胸に、ふっと温かい気持ちが広がる。
(こうして見ると……本当に、ヒロインね)
素直で、可愛らしくて、誰からも好かれる存在。
そんな彼女に手を引かれながら、リディアは屋台の間を歩いた。
昼頃になると、香ばしい匂いが学園街に漂いはじめた。
「リディア様……! あれ……すごくいい匂いが……」
メリルが指差す先には、ホットドッグの屋台。
ジュワァッと焼ける音が響き、ソースが湯気を上げている。
「食べたいの?」
「……はい……ちょっとだけ……!」
「ちょっとじゃなくていいわよ。行きましょう」
二人は列に並び、少し待ってから手に入れた。
「わぁ……! お、おいしそう……!」
「熱いから気をつけて」
リディアが言うと、メリルはこくりと頷き――
ぱくっ。
「…………っ、お、おいしい……!!」
目を見開き、頬を染める。
幸せそのものの表情に、リディアは思わず笑った。
「そんなに美味しいの?」
「はいっ……! リディア様もどうぞ!」
「私は……」
遠慮しようとしたが、メリルがホットドッグを差し出すと、
自然と口をつけてしまった。
「……美味しいわね」
「ですよねっ!」
メリルは嬉しそうに笑う。
その笑顔に、ほんの少し胸が痛んだ。
(……こんなに良い子なのに。
私は悪役令嬢で、いずれメリルを追い詰める“はず”の存在……)
だが今のメリルに、そんな影はない。
ただ、心からリディアを慕っている。
昼食の後、アクセサリー店の前でメリルが立ち止まった。
「リディア様……これ……!」
棚には、小さな妖精の羽を模したブレスレットが並んでいる。
色は青、桃、白などさまざま。
「可愛いわね」
「……あの……その……」
メリルは少し頬を赤らめ、しどろもどろに言った。
「り、リディア様……お揃いの……買ってもいいですか……?」
リディアは思わず固まった。
(お、お揃い……? ヒロインと、悪役令嬢の……??)
ゲームではあり得ない展開だ。
でも――メリルの瞳は、期待に輝いている。
断れるはずがなかった。
「ええ、一緒に選びましょう」
「わぁ……! ありがとうございます!!」
メリルは嬉しそうに白いブレスレットを取り、
リディアには淡い青のものを選んだ。
「これ、絶対リディア様に似合います……!」
「そうかしら?」
「はいっ!」
支払いを済ませると、メリルはそっとリディアの手首を取った。
「…………っ」
「動かないでくださいね……結びますから……」
メリルの白い指が、リディアの手首の上で丁寧にリボンを通す。
指先が触れるたびに、くすぐったくて胸が熱くなる。
結び終えると、メリルは満面の笑みで言った。
「お揃いです……! 嬉しい……!」
「ふふ……大切にするわ、メリル」
その時――
メリルが、ぎゅっとリディアに抱きついた。
「リディア様……大好きです!!」
その言葉は、まっすぐで、純粋で――
リディアの胸に深く刺さった。
「えっ……あ、あの……!」
少女のように抱きつかれ、視界が揺れる。
(ど、どうしてこんなことに……私は“悪役”なのに……
メリルに慕われるなんて……ゲームには絶対なかった展開よ……!)
けれど、メリルの抱擁は温かかった。
拒むなんてできるはずがない。
「ありがとう、メリル。……私も、大切に思っているわ」
そう言うと、メリルは嬉しさのあまり涙まで浮かべた。
学園祭の喧騒の中、二人はそっと抱き合った。




