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悪役ですが、ゲームの世界でラスボスを倒すため強くなったら、王太子から告白されました  作者: あいら


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1 入学式と“運命の違和感”

王立アストレイア学園——その名を知らぬ者は、王国にはいない。

 大理石で造られた荘厳な校舎と、魔力を帯びて揺らめく紺碧の塔。

 妖精と契約した者、あるいは選ばれた才を持つ者だけが学べる――王国最高峰の教育機関。


 春の光を受けて白銀色に輝く大広間に、新入生たちが集められていた。

 緊張、期待、羨望、そして競争心。

 さまざまな想いが混ざり合う中、ひときわ目立つ少女がひとりいた。


 リディア・フォン・アーデルハイト。


 名門アーデルハイト侯爵家の令嬢として育ち、完璧な振る舞いを叩き込まれた彼女は、誰が見ても華やかで、そして冷たいほど隙のない存在だった。

 深紅をまとめたシニヨン、深い紅の瞳。毅然とした立ち姿は、すでに貴族令嬢として完成している。


(ふん……あの子たちの視線、ほんとうに分かりやすいわね)


 広間の一角で、リディアはさりげなく周囲を観察していた。

 嫉妬、羨望、敵意。それらに気づかないほど鈍くはない。

 だが、彼女の眼差しはすぐ別の一点へ向けられる。


 メリル・レインウォード。


 平民出身でありながら、妖精の強い加護を持つと噂される少女。

 その能力を認められ、平民から伯爵家の養女となった。


(どうして、あんな平凡な子に……)


 胸の奥にさざ波のような苛立ちが広がる。

 元平民……振る舞いも平民そのまま……なのに貴族として扱わないといけないなんて。


「リディア様、またメリルさんを見ていますの?」

 隣に立つがアニエス、くすりと笑って囁いた。

 アニエス・ド・ラファリエル。

 縦ロールの金糸の髪が揺れるたび、光をまとうように美しい。


 続いて、セレナ・ミルフォードも振り向く。

 冷静沈着な彼女は、青い瞳を細めながら声を落とした。


「リディアが気にする必要はないわ。あの子は……まあ、悪くはないけど、あなたのライバルにはならない」


「アニエスの言う通りよ」


 セレナは嬉しそうに肯定するが、リディアは微かに眉を寄せた。

 クラウス・アストレイア――王太子。

 婚約候補として名前が挙がるのは、貴族なら当然のこととはいえ、やはり複雑な気持ちになる。


(私は……何を期待しているのかしら)


 答えを出せないまま、厳かな鐘の音が響いた。

 広間の空気が張りつめ、新入生たちは一斉に姿勢を正す。


 そして――


 王太子クラウスが、ゆっくりと壇上へ歩み出た。


***


 広間はざわめきと共に、熱を帯びた。

 クラウスの姿を見た瞬間、何人かの女子が息を呑み、頬を赤らめた。

 リディアの胸も、自然と高鳴る。


(……相変わらず完璧)


 濃金色の髪は光を反射し、その横顔は芸術品のように整っている。

 碧眼は知性と冷静さを湛え、気品を保ちながらも人を惹きつける温かさがある。


 そして彼が口を開いた瞬間、大広間全体が静まり返った。


「――新入生の諸君。アストレイア学園への入学、おめでとう」


 澄んだ声は広間を満たし、まるで魔法のように人の心を掴んだ。

 リディアは思わず目を奪われる。まっすぐに未来を見つめる瞳。


「この学園では、魔法、学術、礼儀、そして未来を築くための叡智を学ぶ。

 君たちはこれから、互いに切磋琢磨し、この国を支える存在となるだろう」


 クラウスの視線が、真っ直ぐに新入生たちへ向けられる。

 ――いや、ほんの一瞬だけ、リディアの赤い髪に光が反射したのだろうか。

 彼の視線がこちらへ流れ、目が合った気がした。


「っ……!」


 胸が熱を帯び、リディアは慌てて目をそらす。

 自分でも驚くほど動揺してしまっていた。


「けれど、忘れないでほしい。

 学ぶという行為は、身分や力で決まるものではない。

 心の在り方で、未来は変わる」


 王国を支える者としての誇りと覚悟を秘めたスピーチは、彼らに不思議な安心感を与えた。


 リディアの胸の奥に、ふと温かなものが差し込む。


(クラウス殿下……


どうして


こんなにも……)


 言葉にできない“懐かしさ”のような感覚が、一瞬だけよぎった。

 だがすぐに霧のように消えてしまう。


 スピーチが終わると、広間は拍手の嵐に包まれた。

 クラウスは微笑を浮かべて一礼し、その姿はまるで物語の主人公そのもの。


「やっぱり殿下は素敵ね……」

 セレナがうっとりと呟く。


「……そうね」

 リディアは短く答えたが、心は落ち着かない。


 胸の奥の“違和感”。

 クラウスへの妙な親近感。

 メリルに向けられる理由のない嫌悪。


(何か……大事なことを、忘れている気がする)


 頭を揺さぶるような感覚に戸惑っていると、指先がかすかに震えた。


***


 式典が終わると、新入生たちは魔法担当の教師によって案内されることになった。


「妖精の加護を持つ者は、この後“特別教室”へ向かいなさい」


 その言葉に、ざわつきが広がる。


 妖精の加護。

 この国では、妖精との契約や加護は非常に重要視されている。

 学園では、加護の強さによって受けられる授業が変わるほどだ。


 リディアは前に一歩進む。

 彼女にも“妖精の加護”がある。

 それも、幼い頃から特別視されてきたほど強いものだ。


 ただ、その加護の妖精――“名前だけは覚えているのに姿を思い出せない”という不可解な記憶の空白があった。


(……本当に、私は何かを忘れている)


 胸のざわつきは、先ほどより強くなっている。

 だが、思い出そうとすると霧がかかったように掴めない。


「リディア様、行きましょう」

「ええ」


 アニエスとセレナが側に付き添う。

 メリルもまた、特別教室行きの列にいる。

 その姿を見ただけで、リディアの胸がまたざわついた。


(どうして……あの子を見ると、こんなに苦しくなるの?)


 怒りではない。

 嫉妬ではない。

 もっと深い、暗い底から湧き上がる――説明できない感情。


***


 特別教室は、学園の最奥にある“古の塔”の一室だった。

 青白い魔法陣が床に刻まれ、部屋そのものが妖精の力で守られているような神聖さを放っている。


 教師が穏やかな声で告げる。


「皆さんがこの教室に集められたのは、それぞれが強い加護を持つからです。ここでは“妖精との接続率”を測定します」


 ざわ……


 学生たちの間に緊張が走った。


 リディアは胸の奥で小さく息をつく。

 測定など恐れる必要はない。

 むしろ高い結果が出ることは分かり切っている。


 だがメリルに視線を向けた瞬間、胸を締め付けるような痛みが走った。


(……ほんとうに、何なの?)


 感情の正体を掴めないまま、測定が始まった。


 淡い光が一人ひとりを包み込み、妖精との“絆の強さ”が示される。

 アニエス、セレナ、そして他の貴族たちが順に測定を終え、教室内には一喜一憂の声が混ざる。


 そして――メリルが測定台に立つと、部屋の空気が変わった。


 ぱあああっ……!


 眩い光が彼女を包み、まるで祝福するように舞い散った。

 その光は、誰よりも強く、温かく、優しい。


「っ……!」

 リディアは反射的に息を呑んだ。


 胸が苦しい。

 まるで、何か大切なものが奪われていくような――そんな錯覚。


(クラウス殿下は……あの子を選ぶの?)


 そんな考えがよぎっただけで、喉がきゅっと締め付けられた。


 気づけば、拳を強く握りしめていた。

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