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東方二次創作(短篇)

夜祭【東方二次創作】

作者: 遠野なつめ

幻想郷の人間の里で、夜祭が開かれた。


里の民の多くは日が暮れたら家に戻り、入れ替わるように妖怪が歩き出すのだが。今宵は人妖が入り交じり、子どもから老人までが外に繰り出していた。


稗田家と博麗神社の後ろ盾もあって、夜に歩いても妖怪に襲われることはないという。里の門を出なければ安全である。


藤原妹紅は、日が落ちる頃に門をくぐって里に入った。道中は夜風が吹いていたが、里に入ると人の往来が増えて熱気が感じられる。赤い提灯が軒下に吊るされ、どこかから祭囃子が聞こえていた。


寺子屋の裏手で、友人の上白沢慧音と合流した。慧音はこちらの姿を認めると、欠けた月を見上げて、祭りの夜が満月でなくて助かった、と呟いた。


満月の夜には角が生え、徹夜で山のような書き物を片付けねばならないという。書き物の内容までは妹紅は知らない。寺子屋の宿題の採点だろうと勝手に思っている。


慧音の後について、妹紅は賑わう通りに出た。


「祭りは久しぶりだろう」

「そうだな。慧音が誘ってくれたし、夜雀が楽器をやると聞いたから」


夜雀のミスティアは、山彦の歌声に合わせて祭りでギターを弾くらしい。竹林に棲む者のよしみで、一度聴いてみようと思っていた。普段は避けがちな人混みに足を運んだのもそのためだ。


夜雀の話を出すと、慧音は眉をひそめた。


「あの歌は好かん。何度か里まで聞こえてきたが、皆が寝静まった頃に叫び出すから堪らない。パンクロック、だったか。あれは歌じゃなくて騒音だ」

「そんなに五月蠅いのか」

「ああ。近くに行くと耳が悪くなるから、気をつけたほうが良い」



(やぐら)に向かう途中で、唐傘お化けのびっくり屋敷に立ち寄った。大きな傘を持った付喪神の少女が、片足で飛び跳ねて客を驚かす見世物だった。唐傘から大きな舌が生えていて、慧音の首筋をべろりと舐めた。


「べろべろ。びっくりしたか!」

「まあ、不意を突かれたな」


慧音は表情を変えずに暗幕をくぐって出ていった。思いがけない場所から出てくるから驚くのであって、屋敷の中で待ち構えていても驚きはしない、と理屈めいた評を述べる。


後から入った子供たちの歓声が聞こえてくると、慧音は頬を緩めて「子供の遊びにはちょうど良い」と付け加えた。


屋敷を出てから、河童の屋台で冷やし胡瓜を買った。


「まいど。実はこの胡瓜、河城工業の浄水器の水で洗って、冷蔵庫で冷やしたんですよ。良かったら一台ご購入を……」


値段の手頃な胡瓜で人を集めて、浄水器や冷蔵庫を売りつける魂胆らしい。適当なところで断って、妹紅と慧音は胡瓜をかじりながら歩き出した。確かによく冷えていた。


うどんげの後ろ姿を見かけたが、鉄砲を構えて射的に熱中していたので、声はかけずに通り過ぎた。



櫓の周りには人だかりができていた。夜雀のライブにはまだ早かったようで、人間が櫓に上がって、威勢の良い声で喋っている。声のするほうに目をやって、妹紅は言葉を失った。


「さあさあお立合い、竹林に隠れ棲む忍びの末裔、不尽の炎で妖怪を焼き祓う、その名は」


櫓の上には、腰までの白髪のかつらを被り、赤いもんぺを履いた人間の姿があった。


「藤原妹紅ここに見参!」


櫓の上で啖呵を切っているのは、妹紅のような服に身を包んだ中年の男だった。遠目には本物に見えなくもないが、口を開けば違いは明白だ。


「……は。なに勝手に名乗ってんだあのおっさん!」

「そういや知らなかったのか。あれは藤原()紅、通称もどき紅だ」

「もどき!? 何だそれ!」


呆然とする妹紅の前で、もどき紅は小瓶の液体を口に含み、口から火を吹き出した。舞台の上で中空にぱっと火柱が上がり、細かい火の粉を散らしながら消える。


観衆の間で、野次と拍手が入り交じった。観衆の中には妖怪も交ざっているが、本気で怒る様子はなく、わいわいと声を上げていた。


「一昨年から祭りに現れて火を吹いてるんだ」

「そんなに前から!」


目を丸くする妹紅に、慧音は説明を足した。


「ああ。一昨年の春、竹林で足を挫いた子供を助けただろう。夕暮れに子供を背負って里まで送っていく途中、妖怪が寄らないように火を撒いたらしいな」

「一昨年のことなんか覚えてない」


そっけない返事に、慧音はどこか愉快そうに答える。


「そうか。噂が人づてに広まって、ちょっとした有名人だ。子供たちの妖怪退治ごっこでは、博麗の巫女の次ぐらいに人気だよ」


里の流行をよく知らないし、しばらく祭りにも行っていない。自分がそんなに──偽者が出るほど目立っているとは思いもしなかった。頬が熱いのは、たぶん人いきれのせいだろう。


妹紅は「もういい」と顔を背けて、足先で土をつついた。もどき紅は櫓の上で飛び跳ねて立ち回りを演じると、観衆に一礼して櫓を降りた。


入れ替わりに夜雀と山彦が現れたところで、慧音がすっと距離を取った。


「先に失礼するよ。布団を敷いて待ってるから、ライブが終わったら帰ってくると良い」


妹紅は頷いて、櫓のほうを見上げた。山彦の妖怪に備わった力なのか、拡声器がなくても声がよく響く。このぶんだと寺子屋まで響くかもしれない。


演奏が始まると、爆音が足元を揺らして体の奥を揺すった。初めて聞く類の音楽で、音ばかり大きくて歌詞は聞き取れない。


弾を撃たれたときに似ていて、妙に愉しい──そう言ったら、慧音はきっと嫌な顔をするだろう。


偽者に出会うのは想定外だったけれど、祭りに誘われて良かったと思う。竹林の自分の家ではなく、慧音の私宅で枕を並べて眠れるのもありがたい。祭りの夜はもう少しだけ続く。

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