第八話 紗良と純真無垢な青年のリアルな夕食会
「うそ! カイルって兎の獣人なの?!」
紗良は、興奮しながらカイルに尋ねた。カイルは「そうっす」と答えながら頭を指さした。
カイルのふわふわとカールがかった頭髪から、真っ黒なうさぎの耳があらわれた――。
紗良が島に来てから、四回目の夜を迎えていた。
昨夜から食事をともにしている紗良とカイルは、厨房の隅の小さなテーブルで夕食をとっていた。
先にご飯を食べ終わったヴォルフは、紗良の膝の上ですやすやと眠っている。
カイルの露わになったうさ耳を前に、紗良はゆっくりとフォークを置くと、震える手を差し伸べながら「さ、さわ、触ってもいいかしら」と目を輝かせた。
「どうぞっす」
カイルは、紗良に耳を向けた。
「ふわっふわじゃない。うそ、あったかい。柔らかい。うわー、これがリアルうさみみなのね」
かわいい、最高と何度も言いながら耳を撫でる紗良に、カイルは得意げな表情で「この耳、自由に動かせるっす」と、自身の耳を動かしながら、いろんな表情をして見せた。
嬉しそうな表情でぴくぴくと耳を動かし、驚いた表情をしながら耳をピンと立たせ、悲しい表情をしながら耳をしゅんと垂れさせるカイル。
紗良は、わなわなと震えながら、
「はわわわわ。かわ、かわ、かわ、え? カイル、私をどうしようっての? はわわわ」と口に手を当てて興奮した。
「え? はわわわってなんすか? かわって、侍の言葉っすか?」
不思議そうに尋ねるカイルに、紗良はようやく正気を取り戻した。
「危なかったわ。カイルが可愛すぎて、ごめんなさいね。あまりにも、あなたが現実離れした可愛さで、私の理性、どっかにぶっ飛んじゃってたわ。
私、自分が、ばばあだってこと、すっかり忘れてた。『はわわわ』なんて言葉使っちゃって――すっかり自分を見失ってた」
肩をすぼめる紗良に「よくわからないっすけど、戻ってこれたならよかったっす」と、カイルは、無邪気な笑顔で答えた。
紗良はカイルの眩しすぎる笑顔に「え、ええ、私も、よかったわ、戻ってこれて」と、恥ずかしそうにして目を逸らすと、テーブルの上のグラスに視線を移した。
慣れた様子でグラスを手に取った紗良は、グラスに満たされている液体を眺めながら笑顔を浮かべた。
グラスに口をつけると同時に一気にそれを飲み干した紗良は、美味しいわねと目を細めて、上機嫌で話し始めた。
「そういえば、ここの暮らしって本当に快適で、最高よね。この果実酒だって、この夕食に使われている食糧だって、全部あちらから無料で送って下さるのでしょう?」
紗良は、窓の向こうを見遣った。海辺が顔を覗かせている。
「そうっす。大体の食糧は、船に乗せて持ってきてくれるっす。でも、今回のは、今日でほとんど食べきったっす。
だから、明日、俺、畑に行って、野菜とかとってこようと思ってるっす。島で俺が作った野菜も美味しいっす。
紗良さんにも畑を見てもらいたいっす、明日一緒に行ってほしいっす」
カイルは、耳を少し傾げながらうるうるの瞳で紗良に言った。
紗良は「もちろんよ。ぜひついていくわ」と答えて「はぁ。カイル、そのうさちゃん、最高に可愛いわ」とため息をもらした。
それから、ふと思い出したように紗良は、
「ん? ちょっと待って――もう食糧ないの? 確か、このあいだ船が来たばかりだから当分は来ないって、カイル言ってたわよね。それなのに……もしかして、はっ。私、食べ過ぎた?」
「ち、ちがうっす。多分、間違えたっす。じいちゃん、紗良さんが来たの忘れてたっす」
「――でも、あなた、お酒飲まないじゃない」
紗良は、手にしていた空のグラスを眺めながら「ごめんね」と呟いた。
カイルは、首をぶんぶんと振って、
「気にしないでくださいっす。俺、本当に嬉しいっす。昼も、夜も一人じゃなくて、みんないてくれて賑やかで――」
「え? 本当? 私、食べ過ぎて迷惑かけちゃってるけど、賑やかになった? 楽しい?」
紗良は、カイルの言葉にぱあッと顔を明るくした。
「はい! とっても、昼は三人でこうやってご飯食べたり、掃除したり、それに――夜ももう寂しくないっす」
「夜も? でも、カイル、あなた、私たちと結構離れた部屋に寝てるじゃない。
階も違うし、一人で寝てるのと変わらないじゃない。
あなた、そんなに寂しかったなら、私たちの部屋の近くのところに移動してきても良いのよ。私たちもう家族なんだし――遠慮はなしよ」
紗良は、眉尻を下げながらカイルに言った。
紗良の言葉に、カイルは、自身の顔の前でブンブンと手を横に振りながら、
「全然大丈夫っす。紗良さん、ここの管理してたじいじと同じくらいっす。十分聞こえるっす。だから、懐かしいっす。」
「え? え? どういうことじいじ?」
紗良は、突然出てきたじいじという言葉に理解が追いつかずに、困惑した表情を見せた。
「そうっす。じいじと同じ寝息っす」
カイルは、人懐っこい笑みを見せながら答える。
「え、ね、寝息、それってもしかして――」
紗良は、おそるおそるカイルに尋ねた。
カイルは、口を大きく開けながら「がーがーってやつっす。寝息であってるっすか? 俺、また言い間違えたっすか?」とカイルは、不安そうにした。
「あ、いえ、間違えてないわ。あっているわよ。寝息よ、寝息。
そっか、私、えっとここにいたじいじみたいに、その――元気な寝息なのね、
そっか、そっか。私の寝息が、とっても元気だから、カイルも寂しくないと。カイル、うさぎさんだもんね。耳――とっても、いいもんね。そっか、私の寝息、元気なんだ」
遠い目をしながら呟く紗良に、カイルは、ニコリと笑顔を見せながら、
「――でも、紗良さんのは、じいじより揺れないっすよ。じいじの揺れ、懐かしいな」
目を細めながら窓の外を眺めるカイル。
紗良は戸惑いを隠せないと言った様子で尋ねた。
「え? え? ゆ、揺れ?」
「そうっす。じいじの寝息は、ごごごって揺れるっす。
でも、紗良さんのは、そこまでじゃなくて、ずずずって小さいっす。
じいじの揺れはすごかったなぁ、懐かしいなぁ。あ、でも紗良さんのずずずも、好きっす」
満面の笑みで言うカイルに、
「う、うさぎさんって、振動とかにも敏感なのね、カイル、あなた、本当にすごいわ」と、紗良は、抑揚のない声で答えた。
その声音とは反対に、紗良の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「紗良さん、大丈夫っすか? 顔、赤いっすよ。酔ったっすか? じいじより顔赤いっす」
心配そうに紗良の顔を覗くカイルに、紗良は、「だ、大丈夫よ。これくらい、大丈夫よ、平気よ。うん平気、だって私、元気がとりえだもの」と小さく答えた。