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第四十五話 諦めが早い紗良と諦めのつかない男たち

「――ジョバンニ。あなた、まだそんなこと言っているの? 諦めなさい」


 紗良は、ぴしゃりと突っぱねた。


 彼女は居間のテーブルに向かって筆を走らせている。彼女の隣では赤ちゃんヴォルフがクッションに囲まれながら毛糸のおもちゃで遊んでいた。


 紗良の正面には、テーブルに顎を乗せながら紗良に上目遣いをしているジョバンニがいた。


 彼は、紗良の言葉に不貞腐れながら、それでも話し続けた。


「だって、お前だって、恋しいだろう? 故郷の味ってやつなのに――。なんでそんな簡単に諦められるんだよ」


「バッバは、諦めの多い人生を送って来たのよ。女は、我慢と慎ましさをもって殿方に従うべきっていうふっるーい価値観のおばさま達に囲まれて育った私の諦めスキルレベルは、カンスト状態なの。ふうって息吐いた瞬間、すべてを諦められるわ」


 紗良の言葉に、ジョバンニが眉を顰める。


「また、あっちの世界の話かよ。お前最近、そればっかだな?」


 紗良は、手にしていた筆をテーブルに置きながら遠くの方を眺めた。


ジョバンニの言葉に、そうねと頷きながら、

「確かにね。最近、よくあっちのことを思い出すわ。でも、これはいいことだと思うのよ。

なんていうのかしら、私がこっちの世界に来て、(ここ)での生活はめっちゃくちゃ不便だけと、でも、あなた達との生活はとってもすんごく楽しくて、もうすっかりこの世界に馴染(なじ)んちゃって、そうしたら元の世界の自分のことを客観的にみられるようになったのよ。

冷静に遠巻きから元の世界にいた自分を見たら――あっちの世界の私、不憫すぎん? って思って、なんで私、あんな理不尽に耐えて、黙って暮らしてたのかしら? もしこっちの世界に飛ばされるってあらかじめわかってたら、もっとあっちの世界でやりたい放題して、あいつらに特大ざまぁしてやってたのに――ってそんな感じ?」


「いや、どんな感じか、全くわからん。でも、ま、こっちの方が良いっていうんだったら、ま、それで問題ねぇか。じゃあ、問題ないなら、一緒に蔵に米を取りにいこうぜ?」


 お願いと羊耳を出したジョバンニ。彼の耳を眺めながら紗良は答えた。


「何度も言うように、この天気じゃ無理よ。こんなに雪が降ってて、積もってて、しかも米袋を抱えながら雪をかき分けてあんな道のり不可能よ。

せめて蔵まで雪掻きして道を作らないと。雪に足をとられて、大切なお米をぶちまけましたなんて、そっちの方が洒落にならないわよ」


「あんな遠くまで雪かきして道を作れなんて――普通に無理だろ」


 ジョバンニは、はぁとため息を吐いて机に突っ伏した。


 ――先日、紗良が振舞った炊き立ての白米は、ジョバンニら三人の男達の心を鷲掴みにしていた。


 彼らは毎日のように紗良に白米をせがみ、彼女は彼らに請われるがまま米を炊き続けた。


 朝食に、塩にぎりと味噌汁


 昼食に、焼き魚と紗良が作った葉物野菜の浅漬け、味噌汁


 夜は、干し肉と野菜の甘辛あんかけ丼に味噌汁


 紗良は、米と味噌をふんだんに使った食事を毎食彼らに提供し続けた。


 結果、米はすぐに底をつき、味噌もなくなった。


 味噌は、氷室に備蓄されているものがあるということで、今朝、カイルとアーサーが取りに行った。


「もうそろそろ、カイル達がお味噌を持って帰ってくるんだから、そうしたらお昼ご飯に具沢山のお味噌汁作ってあげるから、それで我慢なさい。それにしても、氷室が塔の近くにあって、本当に良かったわ。お味噌がなくなるとスープのバリエーションが半減するのよね」


 文句を言い続けているジョバンニをよそに、紗良は再び筆を手にした――。





「――ふむ。味噌汁とパンでは、やはり物足りぬな」


 アーサーは、両手で持っている深皿の中を眺めながら呟いた。湯気だった味噌汁を見つめてアーサーは切なそうな表情をしながらため息を吐いている。


 アーサーの呟きに、ジョバンニとカイルが同じように悲しい表情をしながらうんうんと頷いた。


 紗良は、三人がしょぼくれている様子を尻目にヴォルフに離乳食を食べさせようとしている。


 とろとろに煮込んだパン粥にふうふうと息を吹きかけた紗良は、冷めたそれをスプーンで(すく)った。


 ヴォルフの口に近づける。ヴォルフはスプーンに勢いよくしゃぶりついたが、パン粥を口に含むと、しかめっ面でぶるんと身震いした。粥を飲み込むことなく、そのまま大きく口を開いた。


「あ、ヴォルフだめじゃない。遊ばないでちゃんと食べて」


 紗良は、言いながらヴォルフの口周りを拭いた。


 もう一度スプーンをパン粥で満たす。


 ヴォルフに口にスプーンを近づけた。


 ――ばあ!


 ヴォルフが紗良の手を叩いた。スプーンからパン粥がこぼれ落ちる。


「ああ、もう。せっかくのご飯。ヴォルフ、だめよ。ちゃんと食べないと」


 二人のやり取りを見ていたカイルが口を開いた。


「ヴォルフも、パン粥だめっすか? お米の粥なら、今朝のやつまだ残ってるっす。ちょっと待ってて下さいっす」


 カイルが笑顔で立ち上がった――。




「うそでしょ。ヴォルフあなたまで」


 紗良は、目の前の状況に呆然としていた。先ほどまであれほどパン粥を拒否していたヴォルフが、カイルが持ってきた米粥にがっついている。


 カイルの手にしているスプーンをがっしりと握りしめながらヴォルフは、その先端を口にくわえて、ちゅぱちゅぱとひたすら米粥を堪能していた。


 ジョバンニが、紗良を横目で見ながらほらなと言って、

「ヴォルフだって、諦められないんだよ。どうする? ヴォルフ、俺より頑固だからな。一度米に味をしめたら、もう、一生パン粥を食べねぇかもな。どうする? 米、やっぱり必要だろ?」


 紗良は、うーんと腕を組んだ。天井を見つめながら、

「でも、歩いて蔵に行って一日がかりで、みんなで、米一袋ずつ持ってきたとして、雪は降り続けているわけで、雪の中、お米持ち歩いても、濡れちゃうわけだし、そうしたらカビが。うーん。雪、全然やみそうもないし、やんでも数時間でしょ? 数時間でお米濡らさずに帰ってくるの無理だし――」


 困り果てた様子の紗良を見てアーサーが口を開いた。


「紗良、そんなに悩まなくてもよい。米は、諦めよう。無理に雪の中、米を運んで米をだめにするより、春まで待つ方がよい。

春になって、米をまたたらふく、せめて一度だけでも食べることが叶ったなら――私も憂いなく城へ戻れるというものだ。

たったの一度でも、またちんぴらとご飯を食べれるだけで、私は――」


 俯いてしまったアーサー。カイルが話し出した。


「お米、まだ、あと一回分だけ残ってるっす。だから、春までにもう一回は、ほかほかご飯を食べれるっす。

紗良さんが言っていた、くりすますのパーティーの時にまた、最後にみんなでほかほかご飯を楽しむっす。それから春まで、あと二ヵ月ちょっと、頑張って――耐えて、我慢するだけっす」


 無理やりな笑顔を作って言い終えたカイルに、ジョバンニは大きくため息を吐いた。


「春まであと一回しか食えねぇのか」


 腕を組んだまま天井を眺めていた紗良が「クリスマス」と呟いた。彼女は、それからぱあっと顔を明るくした。


「それよ! クリスマス!」


 突然大声をあげた紗良に、皆、驚きながら彼女に視線を移した。


「ソリを作ればいいんだわ! 犬ぞりよ!」


『だめです』


 天井から声が降って来た――。

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