第三十八話 紗良とトランプ作り
「今日はね、この厚紙を使ってトランプを作ろうと思うの」
紗良は、薄緑色の厚紙を手にしながらカイルに笑顔を見せた。彼女は、厨房のテーブルに向かっていた。テーブルの上には小型ナイフが置かれている。
紗良の向かいに座っているカイルの隣には、ジョバンニがいた。彼の目の前にはいつもより小さなグラスに果実酒がなみなみと注がれている。彼はそれをちびちびと飲みながら、紗良に上目遣いで言った。
「そんなことより、良いのかよ。ヴォルフの人見知り。ヴォルフ、結局今日一日、アーサーの抱っこ拒否し続けて俺らにベッタリだったろ。ご飯も俺たちからしか食わねえし――」
ジョバンニの言葉に続けて、カイルもその表情を暗くして紗良に話した。
「アーサーさん、めちゃくちゃ落ち込んでたっす。何回もお便所に行ってたっす。お便所からため息、めちゃくちゃ聞こえてきたっす」
心配そうに話す二人に紗良は持っていた厚紙を置きながら話し出した。
「大丈夫よ。私も最初、ヴォルフがギャン泣きした時には慌てたけど、よく考えたら、人見知りなんてあるあるなのよ。人見知りされた父親が落ち込むのも想定内。
私があっちの世界にいた時も、職場の同僚が娘の人見知りが激しい、妻にしか懐かないから、手伝うに手伝えないのに、妻には、ワンオペで大変だって愚痴られるって、理不尽だって文句言ってたけど、でも――、それでも、その同僚、何だかんだ楽しそうだったわよ」
それにと紗良は、視線を二人から離すと厨房の隅を眺めながら、
「私が読んだ育児書にも人見知りについて書いてあったわ。
子どもが人見知りをしても、母親はどっしりと構えていなさいって。その本にはね、娘に人見知りされた父親の体験談とかものってて、ふふふ。まさに、今のアーサーみたいな感じだったな――」
ふぅと大きく息を吐いた紗良は、さ、それよりもトランプを作りましょうと厚紙に手を伸ばした。
ジョバンニは、なおも紗良に何か言おうと口を開いたが、彼女が一瞬だけ寂しそうに微笑んだのを見ると、それ以上は何も言わなかった。手元の果実酒をグイっと飲み干す。
「こんな量じゃ、全然酔わねえよ。眠れねぇし、仕方ねえから俺もとらんぷだかを作るわ」
何をすりゃあいいんだ? とジョバンニは、紗良に尋ねた。カイルも「俺も手伝うっす。紗良さん、まずは何をすればいいっすか?」と言って柔らかな笑みを浮かべた――。
「――トランプを作るのって、めっちゃくちゃ大変じゃねぇか」
紗良たちがトランプ制作を始めてから数日がたっていた。
寒さが増してきた夜更け過ぎ、彼らはそれぞれ半纏を着ながら居間の丸テーブルを囲んでいた。
紗良指導のもとはじまったトランプ作りは、同じ大きさの長方形の紙を作るという作業が未だ終わらずにいた。
酒を飲むこともかなわずに、作業に明け暮れる日々を送っているジョバンニの愚痴は止まらない。
「なんで、俺たちの暇つぶし道具を作るだけなのに、こんなに苦労しなきゃなんねぇんだよ」
ジョバンニの目の前には、大量の手のひらサイズの長方形の厚紙があった。
彼の隣に座っていた紗良は、彼の愚痴をはいはいと聞き流しながら、切られた紙を積み重ねていた。
重ねあげた厚紙を真剣な表情で見つめる紗良。
彼女は、その厚紙の中のひとつが他よりもはみだしているのを確認すると、はみ出ているそれの端を摘まんで抜き出した。
「これ、やり直しね。他のより少し大きいわ」
厚紙をジョバンニに渡した。ジョバンニは、うんざりと言った顔をしながら紗良から厚紙を乱暴に取り上げた。
「全部おんなじ大きさって、ちょっとぐらい見逃せよ!」
「面倒でも、この作業を怠ってそれぞれの厚紙に大きさの違いができたら、これで遊ぶ時の面白さが激減するのよ。
隅が折れ曲がっててもだめよ。すべての厚紙がきっちりと同じ大きさ、同じ形であることが最低限の条件なの。ここが踏ん張りどころよ。
今、ようやく四十枚できたから、後は、予備も含めて――、あと二十枚は欲しいわね」
「げ、うそだろ? 二十枚も? マジかよ。これでこのトランプだかが面白くなかったら、お前の果実酒もらうからな」
「なんで、いきなり果実酒の話になるのよ。――でも、そうね。あと二十枚、今夜中に頑張れたら、私の果実酒、小さいのなら一瓶あげるわ」
ぱあっと顔を明るくしたジョバンニは、その夜一睡もせずに残りの二十枚を完成させた――。
「さあ、今度は、これに絵を書き込んでいくわよ」
紗良は、嬉しそうに腕まくりをした。
翌日の夕食後の居間。紗良とカイルがテーブルを挟んで座っている。
サークル内では、ヴォルフが紗良が作ったおもちゃ片手にキャッキャと楽しそうに声を上げながら一人遊びをしていた。ヴォルフの隣でジョバンニは、羊の姿ですやすやと寝息を立てている。
アーサーは、柵に手をかけながら困り顔でヴォルフを眺めていた。
「紗良さん、この厚紙には何を書くっすか?」
興味津々と言った様子のカイルが紗良に尋ねた。
紗良は、カイルに笑顔で答えた。
「これにね。四種類の記号と三種類の絵と一から十までの数字を書くのよ」
「記号と、絵と、数字っすか」
首を傾げるカイルに紗良は、傍らにあった紙を取り出して彼に見せた。紙には、スペード、クローバー、ダイヤ、ハートの形が描かれている。それぞれを指さしながら、
「この四種類の記号と、あと一から十までの数字を厚紙に書き込んでいくの。これは、私が担当するわ。カイルには、これとは別に、絵を描いて欲しいわ。私よりもあなたの方が絵を描くの上手だから」
ニコリと笑顔を見せてお願いねと紗良は、言った。カイルは、照れ笑いを浮かべながら、紗良に尋ねた。
「そんなことないっすけど――、でも、嬉しいっす。頑張って描くっす。それで、何を描いたらいいっすか?」
「まずは、キングね」
紗良の言葉に、カイルが首を傾げた。カイルの表情を見た紗良が説明をしようと口を開いたところで、
「キング――」
ヴォルフを眺めていたアーサーが突然呟いた。
「キングとは、王のことであろう」
「え? アーサー、キングの意味わかるんですか?」
驚いて目を見開く紗良にアーサーは、
「知っておる。婆様が教えてくれた。婆様の世界の異国の言葉であると。当時は、異世界の異国とはどういうことかとそちらの方に興味があったのだがな」
「え? じゃあ、クイーンもジャックも、ジョーカーも知ってるんですか?」
アーサーは、首を横に振りながら、
「婆様が教えてくれた異国の言葉は、私に馴染みのあるものだけであったから、私が知るのは、キングとクイーンのみだ。だが、キングにクイーンか、懐かしいのう」
目を細めて笑顔浮かべたアーサーは、紗良に尋ねた。
「――紗良、良かったら、私にもそのトランプ作りを手伝わせてくれないかの。そのキングとクイーンの絵とやらを私に描かさせては、もらえないだろうか。――実は、私は小さい頃から絵を描くのが好きでの」
アーサーの言葉に、紗良はちらりとカイルを見た。カイルは、笑顔で頷いている。
「ぜひお願いします!」
紗良は、笑顔で答えた――。
それからまた数日後。
ようやく完成したトランプを眺めながら紗良は、満面の笑みを浮かべていた。
アーサーが描いたキングは、彼にそっくりだった。クイーンとして描かれた柔らかな笑みを浮かべている女性の顔は、どことなくヴォルフに似ていた。
ジャックの絵は、ジャックについては紗良もアーサーも知らなかったため、誰の絵にしようかと話し合あった結果、最終的にカイルの提案が通り、ヴォルフを描くこととなった。ヴォルフを遠くから眺めながらアーサーは何時間もかけて彼の絵を完成させた。
アーサーが黙って絵を描いている姿を、ヴォルフが、時折、不思議そうにしながら見つめた。ヴォルフに見つめられたアーサーは、頬を緩めて、嬉しそうに筆を握りしめた。
ジョーカーは、紗良がジョーカーについて、ババとも呼ばれると口を滑らせたことから、ジョバンニによって紗良の似顔絵が描かれたものが二枚出来上がった。完成したのもを見た紗良は顔を真っ赤にしながら、全然似てない! 書き直してと彼を追いかけまわした。
結局そのままとなったジョーカーに苦い顔をしながらも紗良は、彼らにババ抜きの遊び方を教えた。
彼らはそれから毎晩、ババ抜きをして楽しんだ――。




