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第三十三話 酔いつぶれた紗良

 夕暮れ時に済ませた遅い朝食の(あと)、紗良は居間のテーブルについていた。果実酒が入ったグラスを握りしめている。


 紗良の目の前では、アーサーも果実酒を手にニコニコとしていた。彼らはテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。テーブルの上には、カイルが用意した簡単な軽食が置かれていた。


 先ほどアーサーを良き父親にすると決心した紗良は、しかし、どうやってそのことをアーサーに切り出そうかとずっと考えあぐねていた。


 考えても考えても全く思い浮かばないその答えに、紗良は焦燥感を募らせた。


「アーサーあの――」


「ん? どうした?」


「――い、いえ。なんでもありません」


 ――ぐびぐびぐび


「アーサー」


「ん?」


「いえ、すみません」


 ――ぐびぐびぐびぐび


 一向に進まない会話に、進む酒。紗良は、果実酒をひと瓶飲み干した。


 空になった果実酒の瓶を大事そうに抱きかかえていた紗良は「アーサー」と、最後に呟くとそのままテーブルに突っ伏した。


 ガンと大きな音を立てて額をテーブルに打ち付けた紗良。ごろごろと床に転がる酒瓶。アーサーは飛び上がるようにして立ち上がった。


「紗良、どうした? どうなっておるのだ、大丈夫か?」と、紗良に駆け寄ったアーサーは、紗良の肩を揺すった。


 どんなに力をこめて揺すっても微動だにしない紗良に「お、おぬし、大丈夫か!? しっかりせい! か、カイル!」と、動揺を露わにカイルに助けを求めた。


 アーサーの叫び声に顔を上げたカイルは、紗良に視線を移すと、抱いていたヴォルフをジョバンニに託した。


「大丈夫っす。紗良さん、死んでないっす。眠っただけっす。いつものことっっす。紗良さん、いつもお酒を飲み過ぎると、寝ちゃうっす」


 立ち上がってアーサーにそう言ったカイルは、それから慣れた様子で紗良の肩を叩いた。


「紗良さん、紗良さん、起きてください。ここで寝ると風邪ひくっす」


 カイルは、紗良の耳もとで、紗良さん、紗良さんと何度も彼女の名前を呼びながら、彼女の肩を叩いた。


 カイルの辛抱強い呼びかけに、ようやく目を開けた紗良は、

「カイル、よってない。よってらい。だいじうぶ。らいじょうぶ。よってらいよ。ちょっとねむいらけ」と、手をひらひらとさせた。


 それから「よっこら」と呟いて立ち上がった紗良は、ふらふらと歩き始めた。カイルは、また、慣れた様子で、笑顔を浮かべながら紗良に肩を貸した。


 紗良を支えながら「紗良さん、お便所大丈夫っすか? 寝る前に一緒に行きますか?」と、彼女の顔を覗き込みながら尋ねた。


 紗良は、薄目をあけながらカイルを見てうんうんうんうんと頷いた。


 カイルは、紗良に柔らかな笑みを浮かべながら「じゃあ、お便所いくっす」と、紗良を引きずるようにして居間を後にした。


 紗良とカイルを呆然と眺めながら言葉を失っているアーサーに、ジョバンニが答えた。


「紗良は、大丈夫ですよ。今日は少し飲み過ぎたみたいだから今夜のいびきはすごいことになりそうですけど、うるさかったら鼻を摘まんだり、顔を横にしたら少しは収まりますんで」


 ヴォルフを膝に乗せて彼をゆらゆらと揺らしながら何ともないと言った様子で言うジョバンニに、アーサーは、

「あれが、ばあばの言っていた酔っぱらいというものであるな。――初めて見た」


 その青い瞳をキラキラと輝かせた――。




「――しっかし、どうする?」


 ジョバンニが腰に手を当てながらため息を吐いた。カイルはヴォルフを抱きながら眉尻を下げている。ヴォルフは、カイルの腕の中ですやすやと寝息を立てていた。


「俺ら、これのどこで寝る?」


 彼の視線先には、四つに並べられた巨大なベッドがあった。


 その巨大なベッドは、しかし、紗良とアーサーの二人に占領されていた。


 酔いつぶれた紗良は、ゴーゴーと地響きのようないびきをかきながら大の字で二台分のベッドを占領している。


 アーサーは、紗良のいびきに目を覚ます様子もなくすやすやと寝ているが、時折激しい寝返りを打っていた。


 寝返りを打つたびにアーサーの腕がびたんびたんとベッドを打ち鳴らす。


「この寝返り、かなり攻撃力高いぞ。これもろに食らったら――」


 ジョバンニは、心配そうな表情でヴォルフを見遣った。


「仕方ないっすね。今日は、俺ら三人でサークルで寝るっす」


 カイルの言葉に、ジョバンニは心底嫌そうな顔をしながら、

「紗良、あいつ、もう当分は、酒飲ませねぇ」

 とぼとぼと歩き出した――。




 翌朝、二日酔いの頭痛に顔を歪ませた紗良が、朝食の席でみんなに頭を下げた。


「ごめんなさい。もう当分飲みません」


「お前のいびきで、ほっとんど眠れなかったわ。床で寝て背中も痛えし――」

 どうしてくれるんだよとジョバンニは、不満をあらわにした。


 すみませんと消え入るように肩を丸める紗良に、アーサーが言った。

「よいよい。気にするでない。なかなか面白いものをみせてもらった。私の乳母が昔、言っておった。彼女の父親もよく酒を飲んだそうでな。乳母の言う父親の酔っぱらった時の様子と、おぬしの様子は――、みごとに一致しておった。酔っぱらいの実物を見たのは、初めてだ。これは、みなへの良い土産話になる」


 心底嬉しそうに話すアーサーに、紗良は「良かったです」とだけ答えた。


「もうあんなに飲むなよ。これからは、酒は、一日三杯までな」と釘を刺すジョバンニ。紗良は、消え入るようにはいと小さく呟いた。


 彼らの様子を黙ってみていたカイルが、口を開いた。


「そういえばじいじも飲み過ぎてそれで一日お酒を二杯にするって決めてたっす。それに、おつまみも、一皿にして――、腕が動かなくなってから色々決まりを作ってたっす」


「決まり――」


 紗良は、がばっと顔を上げた。


「そうだわ。これから大人数で生活するんだから、みんなで色々と決まりを作らない? もちろん私のお酒の決まりもちゃんと守るし、それ以外にも、みんなの仕事分担とか、しっかり決めて――」


 紗良は、おずおずとアーサーを見上げた。


 アーサーは、うんうんと頷いて、

「そうであるな。決まりを作るのは、良いことであるな。では――そこに、私が立派な父親になるための決まりも――入れてもらえるかな」


 悪戯な笑みを浮かべながらアーサーは天井を指さした。


「あ、おさるさん――」


 こうして、紗良たちは冬を乗り越えるために様々な決まり(ルール)を作ることとなった。

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― 新着の感想 ―
地響き⁉️ 何やらダメな方向に超進化していますね〜。 (*´ω`*) 図らずもイクメン育成ゲームに持ち込んだ訳ですし、これからバリバリスパルタ指導ですね! (「`・ω・)「
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