第三十話 紗良とほぼ同い年の舅、アーサー
「おぬしら、そんなに緊張せずともよい。これから長いんだ。私のことも陛下ではなく、アーサーと呼んでくれないか」
丸テーブルの前に座り完璧な笑みを浮かべながらそう言ったアーサーに、紗良たちは動揺を隠せずにいた。
紗良の両脇には、それぞれジョバンニとカイルが正座している。三人は、お互いを守るようにぴったりと肩を寄せ合っていた。
紗良の左隣のジョバンニは、視線を漂わせながら冷や汗をかいている。右に座っているカイルは、不安げに何かを考えている様子だった。
「あの、冬の間をずっと、島で私たちと一緒に過ごすということですか?」
紗良の言葉に、アーサーはゆっくりと頷いた。
「陛下あの――」
紗良の言葉に、アーサーは口をパクパクと動かした。彼は、自身を指さしながら、「あーー。さーーー」
「へ?」
「あーーーーーー。さーーーー」
彼は目と口を大きく開けて紗良に言った。紗良は、ハッとして、
「あ、アーサー様、えと」
「様はいらぬ」
不服そうに口を尖らせたアーサーに、紗良は慌てて訂正した。
「あ、申し訳ありません! あ、アーサー」
うんうんと満足そうに頷いたアーサーは、それから紗良の言葉を待った。
紗良は、戸惑いながら続けた。
「えっと、アーサーは、ここで暮らすと仰いますが、その、あちらのことは大丈夫なんですか?」
紗良は、あちらと言いながら窓の外に視線を送った。窓の外には城の一部が小さく見えた。
「アレックスがなんとかしてくれる。問題ない」
涼しい顔でアーサーがさらりと答えた。
「――わかりました。あちらは――、問題ないと。では、あの、アーサーご自身のことですが、アーサーはこの国の王様でいらっしゃるのに、でも、ここには、護衛らしきとっても未熟なものが一人いるだけで、アーサーの御身を守れるほどの熟練の屈強なものが、一人もおりませんし――、警備上、ものすごく問題があるのではないかと――」
紗良の言葉に、ジョバンニは一瞬眉を吊り上げたが、アーサーを見てすぐにその気配を消した。
「護衛は、おるではないか」
アーサーの言葉に、ジョバンニはピクリと肩を揺らした。紗良はジョバンニを横目で見た。彼の頬は少しだけ上気していた。
「おぬしも会ったであろう。あのおさるさんじゃ」
彼は、グラスの水を飲みながら言った。
「おさるさん――」
ハッと顔を上げた紗良は、隣に座っているカイルを見た。カイルも今思い出したと焦りながら紗良と視線を交わした。
「彼女は、私の影だ。あやつがおれば、私は死なん」
何ともないといった様子でアーサーは答えると、また、グラスに口をつける。
紗良の隣でジョバンニがひっそりとその肩を落とした。
「そうですか。でも、ここは本当に何もありませんし、アーサーにもご不便をおかけすると思いますので、もし、まだ、天候が、その間にあうのであれば――」
何とか言葉を絞り出した紗良に、アーサーは、
「帰らぬ。ひと冬は絶対にここにおる。我が息子と過ごす。血のつながった息子とな」
ニヤリと歯を見せて笑うアーサーに紗良は、ごくりと息を飲んだ。
「――仕方ないわね。カイル、塔の一番上の部屋に上等な家具を全部運び入れてちょうだい」
紗良は、カイルに耳打ちした。アーサーの揺るぎない決意に負けた紗良は、ヴォルフとアーサーをジョバンニに託して居間を後にしていた。
ヴォルフをジョバンニに抱かせながら二人をお願いと無言で伝える紗良に、ジョバンニは、今にも泣きそうな顔をしていた。
縋るような目で紗良に訴えかけるジョバンニを振り切るようにして廊下に出た紗良は、それからカイルと一緒に空き部屋に入った――。
「――上等な家具を一番上の部屋にっすか?」
困惑した様子で尋ねるカイルに、紗良は、
「そうよ。一番上。そこに、ここの塔にある一番良いものを全部集めて、アーサーの特別室としましょう」
「一番上って結構居間から遠いっすよ。陛下、毎回移動するの大変じゃないっすか? 寂しくないっすか? それに、薪も――」
カイルの言葉に紗良は、必死の形相で、
「大丈夫よ! 絶対平気。だって、王様よ。舅よ。二世帯同居よ。子どものようなあなた達と住むのとは訳が違うのよ。
私と同じ年の男性と、一緒に暮らさなきゃいけない。彼は、大人の男なのよ。お互いのプライバシーを確保するのは、必須なのよ。ヴォルフと父親が一緒に暮らすのはすっごく嬉しいけど――、でもとにかく、いろいろ複雑なのよ。
親子みたいに年の離れたあなた達に私のお便所事情を知られるのは、受け入れられるけど――。いびきも、痔の持病も、あなた達には、――もう平気だけど。
でも、アーサーは、彼は、だめよ。絶対に知られたくない!
薪なんてなくたって、四人でくっついて寝れば平気よ。半纏着て、布団かぶって、薪なしで冬を越しましょう、私、頑張るわ!」
彼女の剣幕に負けたカイルは、すぐに部屋を整えに走った。ほどなくして塔の最上階にアーサー専用室を作った紗良たちは意気揚々と居間に戻った。
「アーサー、お部屋の準備が整いました。ご案内します」
サークルに手をかけて中のヴォルフを眺めていたアーサーの背中に紗良が声をかけた。
ジョバンニは、先ほどの表情とは一変して得意げにヴォルフの傍らに立っている。
紗良の言葉を聞いたアーサーは、彼女の方に振り向き、手をひらひらとさせて言った。
「部屋? よいよいいらん。そんなに気を遣わなくともよい。私もここでみなと一緒に夜を過ごす。――薪が足らんのだろう? ジョバンニが教えてくれた。ジョバンニは、色々とこの島の状況をわかっておるのう、感心したよ。さすが、息子の執事だ」
ちらとジョバンニに視線を移しながらアーサーは言った。ジョバンニは、アーサーの言葉に嬉しそうに頬を染めた。
――ジョバンニ、お前、余計なことを、許さん
紗良の心の叫びは、彼女がきつく握りしめる拳を盗み見たカイルにだけ届いた。




