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第三話 紗良と番の運命

「あの枝毛召喚士、私が知りたかったこと……結局何も教えてくれなかったわね。」


 紗良は呆然として、呟いた――。


 煤けた窓から差し込む淡い陽光に照らされながら自慢の髭について熱く語り尽くした老人は、紗良に強引に子狼を抱かせ、それからすっきりとした表情で部屋を後にしていた――。


 丸まった背中で窓の外を眺めながらベッドに腰かけている紗良の傍らでは、銀色の子狼がすやすやと寝息を立てている。


 弱々しくも差し込んでいた陽射しは、老人と共にずいぶん前に消え去った。室内を(だいだい)に染めた夕の光もすぐにその姿を消し、元から薄暗かった室内にさらなる闇色が浸食していく。


 折れ曲がったままの紗良を月明かりが照らし出す。子狼に向き合った彼女の影から子狼の寝顔が覗いている。


「あなた――子犬じゃなくて……狼だったのね」


 紗良は、ふふふと笑顔を浮かべながら子狼にやさしく囁いた。おもむろに子狼を撫ではじめたが、その感触に首を傾げる。


 安心した表情で寝入っている子狼の表情とは裏腹に、月夜の青白い光に当てられた子狼の身体には、深く細い影が幾筋も通っていた。


 紗良は、毛に覆われてなおごつごつと触れる感触に、眉を顰めて言った。


「――あなた、ちゃんとご飯食べてる? 子犬なら……もっと――もちもちしているはずよ。成犬よりも、もっとぷくぷくと脂肪があるはずじゃない? 狼の事は、良く知らないけど、でも……こんなにあばらが触れるものなの?」


 おかしいわねと、紗良は、その嫌な予感が間違いであって欲しいと祈るようにして子狼の身体を隈なく擦り続けた。


 子狼は、彼女の忙しなく動き続ける手のひらにくすぐったそうにして頬を擦り寄せた。彼女の温かな手のぬくもりを感じながら子狼は、目は閉じたままで気持ちよさそうに口角を上げた。


 どこまでも無邪気な子狼の姿に紗良は、ようやく肩の力を抜くことができた。


「へぇ。あんたが、ヴォルフの――」


 突然響いた男性の声に、紗良ははっとして子狼を抱き上げると、素早く振り向いた。


 満月を背にして、窓から一人の男性が入って来るところであった。


「あ、あなた。え? 窓から? え!?」


 紗良は、驚きながら男性を見上げた。


「太ったおばさんが召喚されたって聞いたから見に来てみたけど――」


 子狼を抱きしめながら驚き固まっている紗良に、男性は、彼女を品定めするかのように視線を上から下へと這わせた。片眉を吊り上げてふんと鼻を鳴らす。目を細めながら男性は両腕を組んだ。


 月明かりに照らし出された彼の表情は白々と冷たく、暗闇に映し出される彼の姿に、紗良は召喚された時に対峙した白タキシードの事を思い出す。彼よりも一回り以上大きな体躯の目の前の男性が、紗良を見据えるさまは、白タキシードよりも威圧感があった。扇子をぶつけられた額がツキンと痛みだす。


「――な、なんなのよ……」


 絞り出すように言った紗良は、男性の視界から隠すようにして子狼を抱き寄せた。紗良の子狼を抱く手は微かに震えている。


 男性は、怯えながらも彼を睨みつけている紗良と彼女の腕の中で安心した様子で寝入ったままの子狼の様子をしばらく眺め、不意に首を横に振った。組んでいた腕を解きながら男性は、天を仰ぎ口角を上げる。


 視線を戻した男性は、先ほどまでの冷淡な表情から一転、にんまりと満足そうな笑顔を見せていた。


 羽根のように軽々と部屋を横切った男性は、嬉しそうに弾みながらベッドに腰かけ、暖かな笑みを浮かべた。自身の隣をポンポンと叩いて紗良に彼の横に座るように促す。


 男性の変わりように紗良は、眉をしかめ訝し気な表情を浮かべている。紗良は、男性の誘いを無視し彼と距離を取り続けた。警戒しながら辺りを見回す。


 部屋の隅には小さな丸椅子が置いてあった。椅子の方へと移動しながら紗良は、子狼を片腕に抱きかえた。起きる様子のない子狼にほっとしながら紗良は、丸椅子に手をかけた――。


 片手で椅子を引きずりながらベッド際まで戻った紗良は、彼から十分離れた位置に椅子を据えた。彼から目を離さずに手探りで椅子に腰かける。


 男性は、紗良が難しい顔をしながら彼と対峙している様子に困ったように眉尻を下げた。肩を竦めながら彼は、紗良が話し出すのを待ち続けた。


 開け放たれた窓から差し込む青白い月明かり。キンと照らされた室内では子狼の寝息だけがその存在を主張していた。


 押し黙ったままの紗良の腕の中で子狼が寝返りを打った。もぞもぞと彼女の腕に頬を擦り付ける子狼。冷え切った彼女の指先に子狼の腹が触れた。まだ生え揃っていない柔らかな毛の隙間から子狼の体温が直に触れる。そのぬくもりに紗良は、視線を落とした。


 まるで彼女と視線を交わしたかのように子狼は、目を瞑ったまま気持ちよさそうにして口角を上げた。紗良も、彼の表情に釣られるようにして頬を緩ませる。


「――運命の番って、そんな感じなんだ」


 納得した様子で男性が、よかったと小さく呟いた。慈愛の表情を浮かべながら子狼を眺めている男性に、紗良はようやくその緊張を解いて男性に尋ねた。


「この子、ヴォルフっていうの?」


「そうだよ――もしかして、こいつの名前も知らなかった? なんだよ、あのタヌキじじい、一体、何してたんだよ。」


 不満をあらわにした男性に紗良は肩を竦める。きつく締められた紗良の腕の中で子狼がもぞもぞとその体勢を変えた。


「いや、違うんだ。悪いのはあんたじゃない。今の気にしないでくれ。そうだ、俺は、こいつの叔父なんだ。俺の名は、アレックス――俺は……こいつの母親の弟なんだ」


「叔父さんですか。でも、なんで窓から? ん? この子の叔父? この子は第七王子で――でも、それは今はどうでもよくて、いや、どうでもよくはないけど……でも、えと、今聞きたいのは……なんだろ、えと、貴方たちって――獣人?」


 混乱しながら尋ねる紗良に、アレックスは「あのタヌキじじい」とため息を吐いた。また、申し訳なさそうに肩を竦める紗良に、アレックスは、君は悪くないと言いながら、

「君の言う通り、俺たちは、獣人だ。ここは獣人が暮らす世界で、こいつは、この世界で一番大きい国、ディープブラーハ帝国の王位継承第七位、ヴォルフ王子だよ。そして、あんたは――こいつの運命の(つがい)で、まあ、結婚相手ってことになるのかな」


「獣人、帝国、王子――結婚相手……え? 私、この子の嫁?!」


 紗良は、はっとしたように顔を上げ、

「ご、ごめんなさい。異世界とは思っていたけど、(つがい)って言われてたけど、この子、ずっと狼の姿だから、すっかり……え? 私、この子と本当に結婚するの?! だめよだめ! だって、この子まだ赤ちゃんよ? この子が大人になったら……私、しわくちゃおばあちゃんっていうか、生きてるかも怪しいわよ?!――それに、外野が勝手に結婚する相手を決めるとか……いくら異世界だからって……可哀そすぎるじゃない! やっぱり、この召喚は間違ってたんだわ! あの枝毛召喚士さんに元の世界に戻してもらう!!」


 がたっと立ち上がる紗良に子狼が目を覚ました。紗良は、きゅうんと眠そうにしている子狼に「ごめん、起こしちゃった?」と慌てた様子で彼の頭を撫でた。


 よしよしと、子狼をあやしている紗良の手を取ったアレックスは、立ち上がりながらゆっくりと紗良の腕の中から子狼を抱き寄せた。


 子狼を抱きながら窓辺へと移動したアレックスは、子狼を窓の外へと勢いよく突き出す。


「危ない!!」


 叫び声をあげて子狼を取り戻そうと手を伸ばす紗良に、アレックスは、大丈夫だから見ててと言って、子狼を高く掲げた。


 満月の光を浴びた子狼は、みるみるうちにその身体を変化させた。


「――え?」


 呆気に取られている紗良に、アレックスは人間の赤ちゃんを抱かせた。紗良の腕の中で小さな男の子がゆっくりとその目を開いた。


「この子――」


 男の子を抱いている紗良の手は、小刻みに震え出した。彼女の頬に幾筋もの涙が伝う。彼女の涙が男の子の骨ばった体に次々と降り注いだ。


 男性が震える声で話し出した。


「こんなに小さいくて――こんなに痩せて、こいつ、これまで誰にも心を許さなかったんだ。誰にも懐かなかった……でも――見ろよ。こいつの――この笑顔……こいつは――ヴォルフは――正真正銘あんたの運命の(つがい)だ。」


――ヴォルフ、良かったな。本当に……


 赤ちゃんを覗き込みながら掠れた声でそう言い終えたアレックスの目からは、大粒の涙があふれ出した。


 止まることのない二人の涙を腹に受けながらヴォルフは、くすぐったそうにしてその身を捩った。

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― 新着の感想 ―
なるほど。狼男の逆バージョンなんですね〜。 だとしたら寿命も人と同じくらいかな? 年の差の問題が今後どう影響してくるのか楽しみです!
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