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第二話 復讐に燃えた召喚士とのすれ違いの会話

「いや、この天井は――」


 紗良は、ふたたび、きつく目を閉じた。目を瞑ったまま、ふぅと呼吸を整えるとゆっくりと目を開ける。


 眼前に映し出された光景を見て紗良は、諦めた表情をしながらがっくりと肩を落とした。


「あーー、だめ。やっぱり変わらないわ。この天井――(うち)のじゃない」


 大きなため息を吐き、薄暗い部屋を見渡しながら紗良は、気を失う前に起きた出来事を思い出していた――。


 自宅で仕事に向かうため身なりを整えた紗良は、出勤しようと玄関扉を開けた途端、異世界に飛ばされた。転移先の煌びやかなホールで、お前じゃないと拒絶された彼女は、金切り声をあげて紗良を非難した女性の扇子を受け、床に倒れ気を失う。


 意識を取り戻し紗良が最初に目にした光景は、レンガ造りの古びた天井であった。年季の入った木製のベッドに彼女は、通勤スーツ姿のまま放置されていた。


 紗良は、彼女がどれくらい気を失っていたのか、誰が彼女をここまで運んだのか、そもそもここは、どこなのか。誰にも何も知らされずに、この薄暗い部屋に一人取り残されていた。

 

 紗良は気を失った振りを続け、しばらく様子を窺っていたが、彼女が耳にしたのは彼女自身の呼吸音と彼女が着ているスーツの衣擦れの音だけであった。いつまでも続く静寂に、紗良はついに警戒を解き肩の力を抜きながら長く深く息を吐いた。仰向けになり、大きく手足を伸ばす。凝り固まった体がゆっくりと解れていった。


 無機質な白い壁紙に囲まれたアパートの一室とは程遠い、ちぐはぐなレンガに覆われた部屋を眺めながら、記憶を頼りに紗良は自身の置かれた状況を整理し始める。


 老人の怯えた表情、彼の隣で怒りに震える白タキシードの男性、老人と紗良に対する白タキシードの男性の暴言、すべてを思い出しながら――


「この部屋、あの白タキシードが言っていた(つがい)ってやつと、あの扇子女が言っていた召喚……ここ、異世界ってやつよね。私、あの老人に召喚されて異世界転移したのよね。これは、確か転生じゃなくって……転移ってやつ――」


 紗良は一転不敵に口角を上げた。


「ふふふ。私、ラノベにどっぷりとはまってて本当に良かったわ。オタク気質の私、異世界系恋愛、ざまぁ、両片想い、すれ違い、シリアスもハピエンも、ビターエンドだって、読んだわ。なんならエタッてても……とにかく片っ端から読み漁って、そっち系の知識たんまり詰め込んで――あぁ良かったわ。この世に無駄な知識なんてひとつもなかったのね。リア充たち、異世界は――存在したわよ。ふふふ」


 言い終えてもしばらくニヤニヤとしていた紗良は、突然思い出したようにはっと、目を見開いた。


「違う、違う! 全然良くないわよ! なんで私? しかもなんで初出勤の日に飛ばされたの? 今、派遣先どうなってんの? 初日にとんだ……わ、私、派遣、クビじゃないわよね……もう!! なんでこんな大事な日に異世界に来させられたのよ!」


 天井に叫んだ紗良は、頭を抱えながらごろごろと寝返りを打ち始めた。


 紗良に追いやられるようにしてベッドの上に置かれていたブランケットが床にずり落ちる。


 いけないと、ブランケットに手を伸ばした紗良は、衣擦れとは程遠い音を耳にした。ブチブチッと糸がちぎれる音を聞きつけて、紗良は慌てて身体を起こした。皺くちゃのジャケットの脇には大きな穴が開いていた。


 うそでしょ? と驚いた声をあげた紗良は、ジャケットを素早く脱ぐとその大きな裂け目を覗き込みながら不満そうにして口を開いた。


「あーあ、穴が開いちゃったじゃない。こんな豪快に裂けちゃって……縫ってごまかせる大きさじゃないわよ。これ……どうしよう。転移するならせめて、この贅肉は置いてきて欲しかったわ。召喚する人間は間違えるくせに、きっちりと原型は留める正確さはあるのよね。ここは、もっと美補正とかしてくれても良かったんじゃない?」


 スラックスからだるんとはみ出ている贅肉を摘まみながら「贅肉(これ)まで転移させる必要あった? ご都合主義は、どうなってるのよ。大体やつらが求めていたのは、若くてきれいな人なのよね。だって、召喚したのって(つがい)なんでしょ? あの銀髪の白タキシード、もろ嫁を待ってましたって顔してたし。」


 握り締めていたジャケットに視線を落とした紗良は、諦めたように首を左右に振ると、ジャケットを手放し再び仰向けになった。


 勢いよくベッドに寝転がった紗良は、痛みに顔を歪めた。


「いたたたた。あのキンキン女に扇子をぶん投げられてから、ずいぶん経つはずなのに、頭はまだ痛いし、しかも腰まで痛くなってきたわ。寝すぎると、腰が痛むようになったのよね……ばばあの身体は、長時間睡眠に対応していないのよ。」


 よっこらしょと紗良は体を起こした。ベッドに座りながら腰を叩いて腰痛をやわらげた彼女は、ベッドから出ようと両手をついて四つん這いの状態でベッドの端まで移動した。恐る恐る床を覗き込んだ紗良は、意を決してつま先を床に落とした。


「冷たっ! やばっ。こんなとこ歩いたら、速攻、下痢よ、下痢」


 こわっと身震いした紗良は、ベッドに足を戻すと手を伸ばして床に落ちていたブランケットを取り上げた。ブランケットをぐるぐると腹に巻き付けながらベッドに四つん這いになり、床に視線を漂わせながら、靴を探し始める。


「――お探しの物は、これかね」


 年老いた男性の声を聞き、紗良は、はっとして素早く顔を上げた。目の前には、濃紺のフードをかぶった老人が黒いパンプスを掲げていた。


「あ! あの時の魔法使い」


 紗良は、四つん這いの状態で答えた。老人は、丁寧にパンプスを床に置き、楽しそうに笑った。


「ふぉふぉふぉ。魔法使いか。近からず、遠からず。ふぉふぉふぉ。おぬし、勘が良いのう」


 ふぉふぉふぉと笑いながら老人は、部屋の隅の椅子に手をかけた。よっこらしょと言いながら、老人は椅子をベッド脇まで移動すると、彼は紗良を見てなぜか納得した様子で椅子に腰かけた。


 訳が分からないまま紗良も、とりあえずと彼に倣うようにしてベッドに正座した。


 先日の怯えた表情の老人からは想像もできないほどに朗らかとしている彼を見つめながら紗良は、おそるおそる尋ねた。


「あの、それで、私はいつ戻されるのでしょうか」


 老人は、紗良の問いに意外そうな顔をすると彼女の言葉を否定した。


「戻しはせんよ。五年に一度の大事な王子の(つがい)様じゃからのう」


「え? (つがい)? でも、私、あの、おばさんですよ? あの白タキシードさんが言っていたように、私、召喚に失敗したんですよね?」


 私を見てくださいと紗良は、老人に近づいた。紗良を目の前にしても老人は、慌てる様子なくただ不敵に片眉を上げて答えた。


「わしをなめてもらっちゃ困るよ。失敗なんてしとらんよ。わしが召喚したのは、おぬしで間違いない。」


「え? でも、私、可愛くも美しくもない、ただのずんぐりむっくりのおばさんですけど」


 不満げな表情の紗良に、老人は、ふぉふぉふぉと眉尻を下げながら、

「ずんぐりむっくり、ふぉふぉふぉ。おぬしも、なかなか根に持つタイプじゃの。まぁ。よいよい――この国ではな、五年に一度、王族の(つがい)を異世界から召喚するのじゃ。昨日の召喚がそれ。だから――次は、五年後じゃな。」


 片目を瞑りながらおちゃめに答えた老人に紗良は、目を見開いた。


「え?! 五年!? え? ご……じゃあ、もしかして、あの白タキシード、次の(つがい)を迎えるまで五年も待たないといけないんですか? それまで――まさか、私も戻れないってこと?!」


 ひっと怯えるように尋ねた紗良に老人は、手をひらひらと振りながら言った。


「違う、違う。あやつが勝手に自分の(つがい)だと勘違いして召喚に立ち会っただけじゃ。あやつの(つがい)を召喚した覚えは、ないわい」


「え? じゃあなんで、あの人、白タキシード着て――」


 理解できないと困惑した表情の紗良は、老人を見つめた。


 老人は、意地悪そうな笑顔を見せると、


「この国の第一王子、第二王子の番は、十年前と、五年前に召喚済みだからの。本来なら、第三王子である、あやつの番を召喚をするのが、順当であろうが、そんな決まりは一切ない。誰の番を召喚するのかを決めるのは、王族の誰でもない、このわしだけじゃ。それを奴は、勝手に自分の番を召喚したんだと勘違いしたのじゃ」


「――それじゃあ、あの時のあなたの、間違えました、そんなはずじゃみたいな、あの狼狽えようって演技?」


「もちろん」


 自慢げに髭をさする老人に、紗良は呆れた様子で尋ねた。


「そこまでして、なんで? なんでそんな人を騙すようなことをわざわざしたの?」


 老人は、黒い笑みを浮かべながら言った。


「復讐じゃよ」


「復讐」


 ごくりと唾を飲む紗良。老人は目を細めながらゆっくりと口を開いた。


「あやつめ、わしの自慢のこの髭にな――」


「髭に」


「――枝毛があると言いふらしたんじゃ」


 真剣な表情でそう伝える老人に、紗良は拍子抜けした様子で尋ねた。


「は、え? 枝毛?」


「そうじゃ、しかもその枝毛、三つ股(みつまた)だったと。あやつ、みなの前で、わしの自慢の髭を侮辱しおった!」


 悔しい、あやつの罪、万死に値する! と老人は、目尻に涙を滲ませながら拳を握った。


「え? ただ枝毛があるってだけで、私、召喚されたの?」


 紗良は、信じられないと呆けながら言った。


「そうじゃ、ただの枝毛ではないぞ。()()()()、三本に割れていたと――そんな侮辱! 誰が許せるというのじゃ!」


 老人は、また悔しいと言いながら、地団太を踏んだ。椅子がガタガタと揺れている。


 紗良は、思わず叫んだ、


「はぁ?! 三つ股(みつまた)枝毛ぐらい、私の年齢になれば日常茶飯事よ!! このご時世、枝分かれしてない毛を見つける方が難しいわよ! しかも、分かれるくらいならまだしも、もっと歳をとると――縮れるのよ!!! 縮れた毛がぴょんぴょんって出てくるの!? わかる?! そう言うことなのよおばさんはっ!! それが普通よ! それくらい言いふらされたって、白タキは、ただ事実を伝えただけなのよ!! 侮辱でもなんでもないわ! それなのに、あなた――、私よりもうんと年取ってるくせに!!! 枝毛くらいで、――無駄に人を召喚するんじゃないわよ!!」


 ふぅふぅと肩で息しながらそう言った紗良は、ベッドに仁王立ちしていた。


 怒り心頭の紗良は、「武士の平均寿命超えた私、なめんなよ!!」と腕を組みながら、

「で、ずんぐりばばあの私を、あの白タキシードの目の前に曝して、あなたのくだらない復讐劇は終わったのよね。だったら、もう私に用はないじゃない。次の召喚までって、五年も待ってられないわ。さっさと、私を元の世界に戻してくれる?」


 ――キャン


 突然響いた場違いに可愛らしい鳴き声に、へ? と振り向いた紗良の足元には、小さな銀色の子狼がいた。


 引きちぎれんばかりに尻尾をぶんぶんと振ったその子狼は、つぶらな瞳をキラキラとさせながら、もう一度嬉しそうに声を出した。


 ――キャン


 呆けて微動だにしない紗良をすり抜けるようにして手を伸ばした老人は、子狼をそっと抱き寄せた。


 よしよしと柔らかい笑みを浮かべながら、子狼を撫でた老人は笑顔を浮かべながら言った。


「この子が、おぬしの運命の(つがい)じゃ。わしが、召喚すると決めたのは、第三王子の(つがい)ではなく、第七王子のじゃよ――。」


 老人の腕の中で、ブンブンと尻尾を振っている銀色の子狼は、紗良を見上げながら、はっはっと、笑顔で可愛らしい犬歯を覗かせた。


 ――キャン


「うそでしょ」


 紗良は、力なくベッドに座り込んだ。

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― 新着の感想 ―
え? 枝毛? そんな情報だけで? いやぁ……世の中は、何が琴線に触れるか分からないもんですねぇ。
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