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第十七話 紗良の能力と禁忌の薬草畑

「カイル、ジョバンニはまだ起きてこないの?」


 紗良は腰に手を当てながら、不満顔で塔を眺めた。紗良とヴォルフ、カイルの三人は、朝食後、裏庭に来ていた。


 カイルは、申し訳なさそうにしながら、

「さっき部屋にジョバンニさんを起こしにいったんすけど、彼、揺すっても全然起きなかったっす。多分、ジョバンニさん、昨日、お酒を飲み過ぎたっす。部屋がお酒臭かったっす」


 紗良は、カイルの言葉に目を吊り上げた。


「え?! あの子、一人でお酒を飲んでいたの? 私は、ちんぴらを前に、あんなに、あんなにお酒を我慢したってのに? ジョバンニだけ?! ずるっ!」


 紗良の言葉に、カイルは「え? そこっすか?」と小さく呟き戸惑いの表情を見せた。


 紗良は、カイルの呟きにはっとして、

「ち、違うのよ。ジョバンニに、お酒を取られたからとかじゃなくって、私を差し置いて一人で飲んだから、というわけでも、いえ、それはあるけど……。と、とにかく、あの子執事よね? あの子、執事なのに全然働いてないじゃない。ぐうたらして――カイル、ちょっと待ってて。私、これからジョバンニを叩き起こしてくるわ!」


 ヴォルフのことをお願いと紗良は肩にかけていた(かご)をカイルに渡すと、(かご)の中を覗き込みながら、

「ヴォルフ、ちょっと待っててね。あなたのだるだる執事に喝をいれてくるわね」


 塔へと駆け出した――。




「あー、まだ頭がガンガンする――普通、あんな大声出すか? しかも、耳もとで。あー、くっそ。耳までぐわんぐわんいってるぜ」


 紗良に叩き起こされたジョバンニは、くそばばあと紗良を睨みつけながら芝生に胡坐をかいていた。彼の傍らには、(かご)が置かれている。


「紗良さん、いいんっすか? ジョバンニさん、めっちゃくちゃ不機嫌ですよ」


「いいのよ。放っておきなさい。それに、あんなんでも――いないよりはましよ」


 しゃがみながら作業をしていた紗良はカイルにそう答えると、それからくわっと顔を上げた。


「ジョバンニ! あなた、ヴォルフの執事兼護衛なんだから、私達の作業が終わるまでちゃんとヴォルフのことを見ているのよ!! 少しでも目を離したら、お昼抜きよ!」


 声を張り上げた彼女の鋭い視線の先でジョバンニは「昼飯なんていらねえよ」と、大きなあくびをしてみせている。


「ったく、あいつ、全然反省していないわね。まあ、いいわ。とにかく今は、作業に集中ね。

――カイル、大体これくらいの大きさで大丈夫かしら」


 麻ひもを芝生に這わせながら紗良が尋ねると、カイルは、紗良の麻ひもに囲われたまるいスペースを眺めて「いいっす!」と、元気よく頷いて見せた。


 ジョバンニは、彼らを見ながら、

「今度は、お前ら何を作ってるんだ?」


 訝し気な表情で尋ねるジョバンニに、カイルは汗をぬぐいながら笑顔で答えた。


「外用のサークルっす。ヴォルフ殿下の散歩の練習用っす」


「なんだよ、また、サークルかよ。ヴォルフ、散歩もできないのか? 練習って――そこらの芝生に放っておきゃ、いつかは歩くだろ。俺がこいつ放ってやろうか?」


 (かご)に手をかけたジョバンニに、紗良は慌てた様子で声を上げた。


「ダメよ! ヴォルフは、外が苦手なのよ。地に足をつけたがらないの。ちょっと、あなた余計なことしないでよ。そのまま寝かせておいてあげて!」


 ジョバンニを睨みつける紗良。


 ジョバンニは、やれやれといった表情で、

「はいはい。仰せの通り、もうなんにもしませんよ」と、芝生の上に仰向けになった。


 紗良とカイルが、麻ひもに沿ってざくざくと板を地面に突き刺していると、寝返りを打ったジョバンニが薬草畑の方を眺めながら口を開いた。


「なあ、なんでお前らあそこの日当たりの良いところに、サークルを作らないんだ? あの畑のせいか? あんな小さいの必要か? あれくらいなら、どっかに移動できないか?」


 ジョバンニの言葉に紗良は作業の手を止めることなく答えた。


「ああ、あれは、薬草畑なの。じいじが大切に育てていたものだし、それに、あそこの薬草には、何度も助けられているから――」


 がばっと起き上がったジョバンニは、顔を真っ青にしながらカイルと紗良を見た。


「お前ら、薬草って、もしかして先々代の(つがい)様の薬草か?」


「先々代って、侍婆様(さむらいばあさま)のことよね?」


 紗良は、首を傾げながらカイルに尋ねた。カイルは、何事かと驚いた顔をしながらも「そうっす」と答える。


 きょとんとしながらジョバンニを見つめる二人に、彼は大きくため息を吐いた。


「お前ら、何にも知らないのな。先々代の(つがい)様の薬草は、扱いが難しくて栽培方法を間違えたり、容量を間違えたりしたら危険な毒に変わったりする恐れがあるんだよ。だから、先代の(つがい)様がこの薬草の栽培と使用を禁止したんだ。」


「え? この薬草って栽培しちゃいけないものだったの? でも、そしたら、みんな怪我した時とか、熱を出した時にどうしてるのよ?」


「先代の(つがい)様の(ちから)で新しい安全な薬がこの世界にもたらされたからな。みんなそれを使っている」


「え? 先代の(つがい)様の(ちから)って? え? そんなのあったの?」


 紗良は、カイルと目を合わせた。カイルも困惑した表情をしている。


「はぁー。そこからかよ。お前ら、本当に大丈夫か?」


 ジョバンニは、呆れた様子でやれやれと話し始めた。


「今まで召喚された(つがい)様の中にはな、特殊な(ちから)を持っている方が何人かおられたんだ。

先々代の(つがい)様は、その(ちから)で薬草をこの世界に与えて下さった。で、当時、病に苦しんでいた先々代の命を助けたんだ。

先代の(つがい)様は、薬草よりもより安全で効能が高い薬をこの世界に与えてくださり、それがこの世界全体に普及した。

(つがい)様の(ちから)は、この世界を豊かにしてくださるんだ。」


「豊かに……。え? じゃあ、私、私も、あなたたちの世界を豊かにする(ちから)があるってこと? どうやってその(ちから)を使うのよ? 魔法陣とか? 召喚された時にそんなの描かれてたような気がするけど、それか、あなたの女神に祈りをささげるとか? 儀式?」


「そんなこと俺らが知るわけないだろ。そんなことを公にしちまったら、それが悪用されたり、(つがい)様にだって危険が及ぶことになるかも知れないだろ? ――すべてが秘匿されてるんだよ。

本当は、お前がここに放置されているのも異例なんだけどな――。

俺らが知り得るのは、薬草も、薬も、全部(つがい)様が与えて下さったっていう事実だけ。

で、その薬草や薬を扱えるのも上のお偉いさんに認められたごく一部の人間だけだ。

――それなのに、そんな大層なもんをお前らは勝手に育てて、しかも、これはもう既に栽培すらも禁止されてるもんなんだぞ――こんなこと、他のやつらに知られたら、カイル、お前死ぬぞ」


 顔面蒼白のカイルの背中を大丈夫よと言って擦った紗良は、

「ちょっと、ジョバンニ、カイルを不安にさせるのは、やめてよ。死ぬんなら、私も同じよ。私だって、毎日この薬草に水をあげているし、それに、もう何回もこの薬草のお世話になっちゃってるのよ――この薬草以外に、ここには、薬なんてないのよ」


 紗良は、そっと尻をさすった。カイルは、暗い表情で俯いている。


 ジョバンニは、二人を眺めながらふうと息を吐いて、

「――ま、(さいわ)い、この島には、俺らしかしないしな。お前らが何もない環境で生きているのも事実だし。

とりあえず、このことは、三人だけの秘密ってことで良いな。

お前ら、間違ってもこの裏庭に、他人を招き入れるんじゃねぇぞ」


 彼の視線の先で、紗良とカイルはコクコクと頷いている。


「ったく、お前ら、俺がいねえと、本当どうしようもねえな。とりあえず、この畑のことはまた今度どうするか、話し合うとして――そろそろ昼飯にしようぜ。ヴォルフのサークルも、もう出来たんだろう?」


 ジョバンニは、立ち上がりながら(かご)を持ち上げた。


――キャン


「お、起きたか」


 白い歯を見せてジョバンニを見上げるヴォルフに、ジョバンニは柔らかな笑みを浮かべた。


 ほら、早く帰るぞと落ち込んでいる紗良とカイルに声をかけたジョバンニは、彼らを振り返らずに(かご)を抱きながらすたすたと歩き始めた。


 ジョバンニに、とぼとぼとついていくカイル。


 彼らの背中をぼうっと眺めながら歩いていた紗良は、ふいに立ち止まった。


 小さな声で、

「す、ステータスオープン」


 彼女の声に反応するものは、何もなかった――。

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― 新着の感想 ―
昔、薬として扱われていたのに、今は栽培も禁止されているんですね。 (*´ω`*) 大麻のような位置付けなのかな?
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