第十三話 紗良と現実を受け止められないジョバンニ
「――なんだよ、お前も俺の角にケチつけんのかよ」
ジョバンニは、憎々し気に紗良を見下ろした。
彼の角を見上げながら固まっていた紗良は、ジョバンニの言葉にはっとしながら、
「ご、ごめんなさい。ケチなんて、そんな違うのよ。あなたの角は立派よ。でも、あなた、あんまりにも横柄で、口が悪くて、それで角なんて出すんですものつい――想像しちゃって」
歯切れ悪くしゅんと肩を落とす紗良に、ジョバンニは、「それで謝ったつもりかよ。クソばばあ」と呟いて舌打ちをした。
カイルの紗良を抱く腕に力が入る。
カイルの射貫くような視線に気づいたジョバンニは、面倒だなと呟き頭をガシガシと掻いた。
おろおろとしている紗良に、ジョバンニはイライラしながら言った。
「こんなところでいつまで突っ立っててもしょうがねぇだろ。早く案内すれよ」
「あ、そ、そうね。わかったわ、とりあえず私たちが住んでいる塔に案内するわね――カイル、行きましょう」
紗良は、厳しい表情でジョバンニを見つめているカイルの腕をポンポンと叩いた。
カイルは、はっとして紗良を見た。紗良は、大丈夫よと口を動かすと、柔らかな笑みを浮かべた――。
「――嘘だろ? マジかよ……。なんだよこのクソぼろい建物は。今時平民だってこんな屋敷に住んでいないぞ、なんなんだよ、これは」
紗良たちに連れられて塔の前まで来たジョバンニは、塔を見上げながら大きなため息を吐いた。
「し、失礼ね。私たちは、この塔を気に入っているのよ。ちょっと古いかもしれないけど――見なさい、あの塔のてっぺん。あの赤いとんがり屋根、最高に可愛いじゃない、ねぇ」と、紗良は隣のカイルを見た。
カイルは「そうっす、可愛いっす」と言いながらうんうんと頷いた。カイルは、またジョバンニに鋭い視線を向けた。
紗良は、怒りを滲ませているカイルの肩をぽんぽんと叩いた。彼に穏やかな笑みを向ける。
「さ、次は、塔のなかを案内するわね」
ついて来てと、紗良は笑顔を作り、ジョバンニを塔のなかへと招いた。
「――ここが、厨房よ。ここの責任者はカイルだから、ここで何かするときは、必ず彼に聞いてね。
あと、私たちはみんなここで食事をとっているの。
あなたもこれからここに住むのなら――このテーブルは、ちょっと手狭になるわね。
カイル、どこかにこれより一回り大きなテーブルはあったかしら?」
紗良は、努めて明るい声でカイルに聞いた。
「あるっす。ジョバンニさんの案内が終わったら取りにいくっす」
カイルは、紗良に笑顔を向けながら答えた。
「ほんと? 助かるぅ。あ、私も手伝うからその時は、必ず声をかけてね」
片目を瞑ってみせる紗良に、カイルは笑顔のまま頷いた。
「あ? こんなところでお前たちと飯を食わなきゃなんねぇのかよ。まさか、食事の時間、決まってますとかねぇよな? 俺、執事としてこれから忙しいんだけど、お前らに合わせられるほど暇じゃねえんだわ。
――ったく、クッソ面倒くせえな」
ジョバンニは、いらいらした様子でまたチッと舌打ちした。
紗良は、ジョバンニに愛想笑いを浮かべながら、隣で不満顔をしているカイルの背中を撫でた。
ジョバンニのふくれっ面に小さくため息をもらした紗良は、その視線を落として籠の中を覗いた。そこには、すやすやと丸まっているヴォルフの姿があった。
紗良は、ヴォルフに手を伸ばすと指先で彼の背中を撫でた。彼の柔らかな毛の感触に自然と頬が緩む。
「おい、何やってんだ。ぼけっとしてないで、次だ、次」
胡乱な目つきで紗良を見遣ったジョバンニは、腕を組みながら彼女に言った。
「はい、はい。次ね。次は、えっと、あなたのお部屋とお手洗いと湯あみ場と――全部、一気に行きましょう」
紗良は、不機嫌さを隠さないジョバンニに、また、愛想笑いを浮かべると、すたすたと廊下を歩いた。
「ここが――」
「どういうことだよ!! 何だよ、このクッソ汚い便所は?! こんな古い――」
「うるっせえぇぇえええ!!!」
腹の底から声を張り上げたカイルがうさ耳をビシッと立てた。
怒りで肩を震わせながら、顔を真っ赤にしたカイルは、
「さっきから、黙って聞いていれば、クソ、くそ、クソって、お前ぇええ!!」
カイルは、目に涙を溜めながらジョバンニを睨み上げた。
「俺たちはなぁ、婆様とじいじの大切なクソが大好きで、毎日食ってんだよ!! お前なんて、お前なんて! クソくらえだぁあああ!!!」
ふうふうと興奮冷めやらぬカイルに、紗良は驚きながら手を伸ばした。
「か、カイル、ちょ、ちょっと、落ち着いて。
――えっと、私たち、味噌を食べてはいるけど、ちょっと、違うわよ。これじゃあ、彼に、壮大な誤解を与えちゃうわ。
カイル、あなた、興奮しすぎよ。大丈夫? 興奮しすぎて、ちょっと、わけわからなくなっているわよ。
っそ、それに、あなた、どうしたの? 『す』は? 『す』はつけないの? あれはどこにいっちゃったの?」
目を見開きながら震える手でカイルを宥める紗良。
ジョバンニを睨んだまま無言でふぅふぅと荒い息をして拳を握りしめているカイル。
二人を交互に見ながらジョバンニは、「嘘だろ? お前ら、そんなに苦しい暮らししてんのか? クソって……うそだろ?」
膝から崩れ落ちたジョバンニは、それからしばらく逡巡し、
「いや、すまん。俺が悪かった。そうだよな。お前たちをまとめる立場の俺が、お前たちに文句言っても仕方ないよな。
本当に辛いのは、こんな暮らしを殿下と番様に強いられている――お前達だもんな。
よ、よし、わかった。俺が――言ってやる。
殿下と番様に、俺が使用人代表として、執事の初仕事として、殿下に、し、進言してやる!」
よしっと勢いよく立ち上がったジョバンニは、まっすぐとした眼差しで、
「殿下と番様に合わせてくれ」
――キャン
ちょうど目を覚ましたヴォルフが、元気いっぱいの様子で籠から顔を出した。
彼の艶やかな銀色の毛並みを見たジョバンニは、これでもかと目を見開いた。わなわなと震えながらヴォルフを指さしている。
「この子が、あなたが仕えるヴォルフ殿下よ。それで――」
紗良は、満面の笑みで自身を指さしながら続けた。
「私が、あなたの女神――番様よ。私とあなた、ヴォルフにカイル、この島で四人。みんなで仲良く頑張りましょう。
あ、それと、これは、私、番様からの命令よ。
これからは、乱暴な言葉遣いは禁止ね。特に、クソはだめよ。この子の教育に悪いわ」
にっこりと白い歯を見せてよろしくねと笑顔を見せる紗良。
「――嘘だろ」
ジョバンニは、がっくりと項垂れた――。
人生初の二桁ブクマに、またまた舞い上がりました!! すみません! ひつじの執事ジョバンニのことも、どうぞよろしくお願いします。
今日もたくさんの方に読んでもらえてうれしいです。ありがとうございます!