第十一話 じいじの薬草畑とちんぴら
「これが、切り傷に効く薬草で、これが、熱が出た時に使う薬草っす――」
カイルは楽しそうに声を弾ませて、ひとつひとつの薬草を指さしながら紗良に説明していた。
紗良は、籠を抱きながら感心した様子でうんうんと頷きながらカイルの話を聞いている。
紗良たちは、塔の裏手に来ていた。山の中にある野菜畑よりも小さくこじんまりとした薬草畑は、しかし、太陽の光をたくさん浴びて青々と生い茂っていた。
紗良は、畑の中心部分を指さしながらカイルに尋ねた。
「そこの真ん中に生えている薬草、可愛い小さなお花を咲かせるのね。それは、なにに効くの?」
カイルは、紗良の指さす方向に歩きながら、
「この黄色い花のやつっすか? これは、この島にしか生えていないじいじの薬草っす。でも、俺にはまだ必要ないって、じいじ、詳しくは教えてくれなかったっす」
「そうなの、それは残念ね。でも、本当に可愛いお花ね。薬に使えなくても見ているだけで十分だわ。じいじの薬草、私も手伝うから大事にしましょう」
紗良は、カイルに微笑みかけた。カイルは、嬉しそうに頷いた。
籠の中でヴォルフが寝相を変えながら鼻をひくひくとさせた。目を開けたヴォルフは、不安そうにきゅうんと顔をあげて紗良を見た。
「ヴォルフ、起こしちゃった? ごめんね。今、カイルにお庭をみせてもらったのよ。あなたも、お散歩ができるようになったら見せてあげるわね」
紗良は、そう言うとヴォルフを抱き上げた。ヴォルフをぎゅっと抱きしめる。ヴォルフは、紗良の胸に顔を埋めて紗良の匂いを確かめると、またすやすやと眠りについた。
紗良とヴォルフの様子を遠くから眺めていたカイルは、あっと思い出したように駆け出すと、畑の隅でしゃがみ込んだ。
紗良さん、こっち来てくださいっすと、満面の笑みで手招きをしている。
紗良は、無邪気に笑うカイルに柔らかな眼差しを向けながら、今、行くわとヴォルフを胸に抱いたまま彼のもとへと向かった。
「――これ、侍婆様とじいじが好物の葉っぱっす」
「あ! これ大葉じゃない?! あ、そっか、これも薬草ってことなのね。これ、じいじの好物だったの?」
紗良は、カイルに尋ねた。カイルは、嬉しそうに頷きながら、
「そうっす。じいじ、これを揚げたちんぴらがすっごい好きだったっす。俺もこれ好きっす。今日は、昨日畑で採った野菜もたっぷりあるし、野菜とこれを揚げて、たっくさんちんぴらをつくるっす!」
「大葉と野菜を揚げるって――ちんぴら、きんぴら、あ、てんぷらね。
え? 天ぷら! うそ! 私も食べたい! 私も大好物よ! あー、揚げたての天ぷらと一緒に、お酒も飲みたかった―。
でもだめよね。私、ダイエット中だもの」
がっくりと肩を落とす紗良に、カイルはニコニコとしながら言った。
「大丈夫っす。じいじも、太ってたっす。紗良さんと同じで、じいじも、えっと、だいえっとするために頑張ってったっす。
でも、ときどき、今日は、太らないから大丈夫だって言って、お酒飲んでたっす。紗良さんも今日は、太らない日っす」
ぴこんとうさ耳を出したカイルは、片目を瞑って見せた。
「――っカイル、あなた、そんなに私を甘やかして、私、一生じいじの服を卒業できないじゃない。
――でも、ちんぴらと太らないお酒……よしっ! じゃあ、今日を最後ってことで! 今日は、ちんぴらパーティよ! とことん楽しみましょう!
その代わり明日は、朝から浜辺をダッシュをするわよ! それで今日のカロリー帳消しにするわ!」
「はいっす! 一緒に俺も浜辺にいくっす。協力するっす!」
笑顔で手を取り合った二人は、それから大量の大葉を収穫した。厨房に並んで、二人でたくさん野菜を揚げた。
厨房の丸テーブルを囲んで夜遅くまで楽しく過ごした二人は翌朝、紗良の宣言通りに浜辺にいた――。
「船、まだ来ないのよね?」
紗良は、隣のカイルに確認した。カイルは、来ないっすと短く答えた。
「じゃあ、あれは、なに?」
二人が見つめる先には、ボートが一艘。
ボートには、屈強な体躯の男性が一人乗っていた。必死にオールを漕いでいた男性は、不意に顔を上げた。
男性の視線の先には、何が起きているのかわからず呆然としている紗良とカイルがいる。
二人の姿を見つけた男性は、オールから手を離すと、はちきれんばかりの笑顔でぶんぶんと手を振った。