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第一話 アラフォー派遣OL 犬養 紗良の嘘みたいな異世界転移

「はぁ。久しぶりの再派遣、行きたくないわぁ。あの会社、イベントが近くなると社員さんたちの余裕がなくなって、雰囲気が極悪になるのよね。ま、余裕があれば派遣なんて呼ばないんだけどね。」


 古びたアパートの一室。犬養(いぬかい) 紗良(さら)は、玄関横の姿見に映っている自分に愚痴をこぼし始めた。


「見てよ、この頬のへこみと縦皺、目の下の隈のこのどす黒さ。コンシーラーとは? って感じよね。 重ねるほど老けた顔になるってどういうこと?

はぁ。仕方ないわね。これも昨日眠れなくて深酒したせいだものね。すぐ肌にでちゃう。加齢って怖いわ。

若い時なんてどんなに上司に揉まれても、同僚にいびられても、寝不足でも、飲み過ぎても、お肌も体もぴんぴんしてたのに、

これがアラフォーの洗礼ってやつかしら。辛いわー」


 紗良は鏡に向かいながら、にんまりと口角を上げたり、目を細めて無理やり笑顔を作っては、その度に深くなる目尻の皺やほうれい線を指でこすった。


 何をしてもすぐに元通りになる深い皺としばらく格闘した彼女は、諦めたように仕方ないわね。と呟いて、背筋を伸ばして全身を検めた。


 背筋を伸ばしても変わらぬ丸いシルエットを眺めて、また諦めた表情をした紗良は、それからがっくりと肩を落として視線を足元に移した。傍らには、黒い通勤鞄が無造作に置かれていた。


 鞄を眺めながらよしっと気合を入れた紗良は、通勤鞄の上でぐったりとしているグレーのジャケットを手に取ると、えいっと勢いよく羽織った。


 視線を再び姿見に戻した紗良は、驚いた表情で声を上げた。


「うそでしょ? ぱっつぱつなんだけど、肩、やばくない? 二の腕こんなに太くなってたの? うそでしょ? これ、わきの下に穴空いたり裂けたりしないわよね。こわっ。今日はもう何があっても、腕を上げられないじゃない。

――くっ、盲点だったわ。前回の職場の服装が自由だったから、つい油断してしまっていたのね。

ジャケットでお腹を隠そうと思っていたのに、これじゃあ、ボタンすら閉められないじゃない......こんな浮き輪肉を曝して一日過ごせっていうの? どうしよう、もう着替えている時間もないし――。」


 紗良は、はぁとため息を吐きながら、ジャケットの三つボタンの真ん中だけを閉めた。


 すっと息を吸い、背筋を伸ばしながら彼女は、呼吸を止めた。


 そのままの状態で、姿見に映る全身を検める。しばらくして、苦しそうな表情をした紗良は、止めていた息をゆっくりと吐きだした。再開した呼吸と同時に、ぼよんと戻ってきた腹部を憎々し気につまむ。


 しばらく、腹部を睨みつけていた彼女は、それから深いため息を吐き、仕方ないわと言い聞かせるようにして呟いた。


 ――ピピピ


 携帯電話のアラームが鳴り響く。


「あ、やばい。もう行かなきゃ、初日から遅刻なんて怖すぎる!」


 叫ぶようにして勢いよく玄関扉を開いた――。


「――?!」


 扉の向こうで紗良が目にしたのは、いつものアパートの外壁ではなく、シャンデリアのまばゆい光を反射した大きなホールであった。


 通勤鞄を肩にかけたまま呆けた表情でへたり込んでいる彼女の頭上に、冷たい声音が降りそそいだ。


「俺の(つがい)ってばばあなの? 聞いてないんだけど、いや、無理無理。いくらなんでも、絶対無理」


 反射的に顔を上げた紗良が目にしたのは、冷たい表情で彼女を見下ろす美麗な銀髪の男性であった。


 真っ白なタキシードに身を包んでいるその男性は、不機嫌に腕を組みながら、これでもかというほどに顔を歪ませていた。


 男性の横には、驚いた表情をした老人がその手のひらを紗良に向けたまま固まっている。老人は、濃紺のローブを羽織っていた。伸ばした手をぷるぷると震わせながら「いや、こんなはずでは……」と、掠れた声で呟いている。


「イヤーー!!」


 黙って彼らを眺めていた紗良は、背後から聞こえた甲高い声にびくりと肩を震わせた。


「一体、どういうことですの?! お兄様の(つがい)なのよね!? 聞いてないわよ!! 私のお義姉様になる人が――、こんな、ずんぐりむっくりなんて!! ありえない!! 認めないわ! どうするのよ! こんなの召喚して!」


 キーーー!という女性の金切り声を背に浴びながら、紗良は、恐る恐る振り返った。女性は、紗良の顔を見ると鬼の形相で彼女を睨みつけ、


「しかも、おばさんじゃない!!!!」


 女性は、興奮しながら勢いよく紗良に扇子を突きつけた。


「あっ」


 気の抜けた声とともに、女性の手から扇子が勢いよく飛び出した。


 ガツンという鈍い音と同時に頭に割れるような衝撃を受けた紗良は、そのままなすすべなく床に倒れた。


 後頭部を床に激しく打ちつけた紗良は、呆然として天井を仰いだ。キラキラと光り輝くシャンデリアを眺めながら、彼女がその意識を失う瞬間、彼女の狭まる視界に小さな銀色の塊が覆いかぶさった。


「ふわふわ」


 それは、紗良が、異世界転移して初めて口にした言葉だった――。

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― 新着の感想 ―
自由な服装の職場から転職した時に、同じくパツパツになってスーツを買い替えたのを思い出しました。(苦笑) 今後、どうなるのかが楽しみです。
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